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転結

 雨の中を、傘を差して歩く。

 体育館の女子トイレを訪れてみたが、当然のように、そこにみっちゃんの姿は無かった。彼女本来の居場所は、そこと決まっているわけではないようだ。それはもちろん、僕自身が「体育館の女子トイレで人が死んだのを聞いたことが無い」と言ったように、彼女の死に場所がそこではないことを意味している。元々彼らも、そこに居たいから居る、というのがほとんどで、そこから動けない、というのとは同義ではない。なぜ彼女がそこに居たかと言えば、日向葵の通う高校だから、というその程度で、細かい場所はどうでもよかったのではないか。

 となると、まるで見当も付かなかった。まず僕は、みっちゃんが美津子という名前である以外、何も知らない。苗字も、生きていれば今何歳になるのかも、何もだ。探し出せるほうが気味が悪い。

 二人の間に何があったのかを考えることは、確かに余計なお世話というやつなのかもしれない。それこそ、僕はこの件に何も関係が無い。でも、知りたいと思うのが人情だろう。どうして復讐したいと思うのか。どうしてそれを受け入れるのか。それも、あんな簡単に。それほどの何かが、二人にはあったのだろうか。

 一年のころ同じクラスだった友人にメールを送る。この学校で、誰かが死んだと言う話はあるか、という内容だ。幽霊研究会に勤しんでいるのかと馬鹿にされたあと、それでも「聞いたことが無い」と返してくれた。こういうとき、近衛智也の連絡先を知っていれば楽だったが、僕と彼の間にそのような関係性はなかった。

 仕方なく、同じ友人に、そのまま電話を掛けた。もし知っている人が居たら教えて欲しい。情報を拡散して、収集して欲しい。そう言うと、彼は呆れながらも引き受けてくれた。いいやつだった。

 歴史の古い学校ではあったが、何も創立当初からの全てを洗う必要はない。大きくとっても日向葵の生きている十七年。小さく見れば、中学時代からの友人らしい近衛智也がみっちゃんの存在を知っていた以上、ここ数年に的を絞ってもよかろう。中学以前から日向葵とみっちゃんが知り合いで、その後日向葵経由で近衛智也とも知り合ったと言う可能性もあるが、彼らは元々三人それぞれが中学時代に知り合ったと考えたほうが合点がいく。それは、僕が日向葵と言う人物を知っているから導かれる推測に過ぎないが。彼女は自分を神か何かだと思っている、いや、少なからず周囲の人間を下に見ている節がある。それが、誰かのために誰かを紹介すると言うのは、考えにくかった。

 そうだとすれば、この高校に死者が居るのか居ないのか、これは幽霊の存在を証明するよりも簡単な話だ。第一、某かの記録は残るのだから。

 一方で僕も、図書館に向かい過去の新聞を捲り、「美津子」という名前を持った十五、六歳程度の女の子が近辺で亡くなった事故や事件が無かったかを調べていく。しかし数が膨大で、一日やそこらでは終わらなかった。

 どこと無く気まずく、研究会に顔を出さなくなり、一週間。みっちゃんは依然行方を眩ませたまま。梅雨も明けてはおらず、雨はやはり降っている。

 友人のほうでの調査は空と同じく晴れなかったが、僕のほうでは成果がちゃんと出た。

 みっちゃんの本名は、三枝美津子。享年は十六だった。去年のこの時期の新聞に載っていたことだ。強姦致死。夕暮れ時、帰宅途中を襲われ、そのまま帰らぬ人となった。犯人は二六歳の公務員だった。一報まで遡ると、警察は、発見時彼女が自身の通う学校の制服を着用していなかった点も含め捜査を行うと言っていたらしい。

 こうなれば、馬鹿でも理解できる。

 日向葵は三枝美津子に制服を貸した。これが二人の関係である。そして、言い草からして、それを起因とし、彼女は強姦、殺害された。

 じゃあ犯人はこの高校の生徒なら誰でも良かったのか。それは違うだろう。なぜと言って、日向葵の美貌である。実際犯行動機の掲載された記事では「別人と勘違いした」と明記されている。

 恐らく手順としては、学校からの帰り道、三枝美津子は日向葵宅に寄り、制服を借りた。そこにどんな意味や意図があったのかはともかく、日向葵宅から出てくる、背格好の似た女の子の姿を認め、犯人はそれを日向葵だと勘違いした。顔の別も付かない薄闇の中だったのか、途中で気付いたが止めなかったのかは定かではない。確かに三枝美津子も容姿端麗であった。

 もちろん、新聞に「日向葵」の文字や、「友人に制服を借り」などというような、それを示唆させるような記述は一切無い。慮った結果だろう。近衛智也でなくとも、「死んだ三枝美津子」は知っていても、そこに「日向葵に制服を借りたから」という注釈は無いはずだ。制服を貸し借りする仲なのだから、当時は噂でも立ったのかもしれないが、噂は大抵嘘で、いずれは風化する。今現在何の気苦労もなさそうな日向葵の態度を見れば、嘘ではなくともこの噂はすでに破棄されているのだろう。

 ただ、彼女自身の中にはしこりが残った。

 だからこそ、復讐されてもいいと言わしめるのだ。

 

 結果からすると、僕の推測はほとんど正解だった。

 放課後、近衛智也の居ない場面でその推論を披露すると、やはり彼女は微笑を浮かべ、僕を賞賛さえした。嬉しいことのはずなのに素直に喜べない自分の心中を察することは、できなかった。

「彼女は私になりたかった」

 その言葉がどのような感情を載せているのかも、判然としない。

 彼女は誰の目も気にしてなどいない。

「結果を見れば、一時的には私になれた。でもそれは、とても喜べるものではなかった。結局は、私になったのではなく、私の身代わりになっただけなのだから」

「だからと言って、復讐されても構わないだなんて」

 言うと、彼女は微笑を崩さないまま首を振る。

 何が可笑しいのか、何が違うのかなど、何もわからない。

「野々村くんは、神様という概念を認識しているわね。居ると思う?」

 唐突な質問に驚きながらも、

「少なくとも、見たことは無いです」

 そう答える僕に、彼女は満足したようだった。

「もう君には神様の存在に関して言及することはできない」

「見れば、できます」

「幽霊のように?」くすくすと、不気味な声を漏らす。「野々村くん、本当に、幽霊や神様は見ないと居るかどうか判断ができないと、そう思う?」

 最初、その意味が理解できなかった。

 ただ、僕は、彼女の考えを読み取ることに長けていた。

 それが、今は、悔しかった。

「そういうことですか……。じゃあ、死んだ人間にまで恨まれているのかどうか知りたい、と言ったのは、みっちゃんの存在が確かにあると信じていて、僕にはそれが見えていて、あの場に居ることも理解した上での発言だったんですね」僕は日向葵を見た。「あれは、嘘だった。どうしてですか?」

 それは、嘘を吐いた理由を尋ねるものではない。

 彼女も、それを理解してくれた。

「簡単な話よ。私は、私のせいで人が死んだことを知っている。そして、幽霊に興味がある。それだけの話なのよ」

「居るのか、居ないのかを知りたい。そういう欲求でしかないんですね」

「そう。だから、見れるか、殺されるか、どちらかの選択を取る」

「でもなぜ居るかどうかもわからないみっちゃんを頼りに?」

「今言ったわよ。私を殺す正当な理由を持っている人間は、生きていようと死んでいようと彼女だけだから。それ以外の、それこそ見ず知らずの男に殺されるなんて未来は、私には相応しくない。君なら理解できるでしょう。きっとね」

「わかりません。わかりませんけど、無駄なようですね」

 僕は話をしている日向葵の背後に、みっちゃんの姿を見た。

 この話を聞いたみっちゃんが今、何を思っているのかはわからない。大体、生きていようと死んでいようと、人の思考なんてものには手を触れることなどできない。それは、「幽霊を見ることができる能力」を備えるかどうかの可能性よりもずっと低い、言わば当たり前の話だ。

「僕には止めることはできないんですね、どちらをも」

「そうね」みっちゃんも、背後で、力強く頷いている。「君にそんな権利は、存在しないのよ」

「わかりました」

「智也にどう説明するかだけ、考えておいて。彼はきっと私の存在を気にするわ」

「二人は、付き合っているんですか?」

 こんな場面で、こんな質問をしている僕自身に、呆れかえる。

「さて。それは、私が幽霊として君とご対面できたときにでも、教えるわ。それができなければ、私を思い出すための材料にでも使ってよ。少しの間だけど、君にとって私はかけがえのない存在となったでしょう」

 そんな言い振りには、却って呆れることもできないのに。

 彼女は、ニコリと微笑んだ。作り物のようで、本当に作り物なのかもしれないと疑うことが止められない。それは、全てが作り物であればよかったのにという願望だったかもしれない。

「さあ、行って」


 結局その後、日向葵の姿も、みっちゃんの姿もこの目では見ていない。彼女たちがどうなったのか、知ることは無い。とりあえず事実として言えることは、学校内に二人の姿は無い、それだけだ。

 近衛智也は、日向葵の心配するように、僕に質問を繰り出してくることは無かった。そもそも前に言った通り連絡先も知らないような、日向葵という存在が居なければ話もしないタイプだ。僕に訊ねてこなくとも、あるいは彼だって、馬鹿なりに考え、納得したのかもしれないが、実際のところの真実はわからない。

 ただ、一つ言えることは、彼らが恋人同士だったのかどうかなどというどうだっていい疑問を残さずとも、僕は夏になると彼女のことを思い出す、ということだ。奇しくも近衛智也が呼ぶように、「ヒマワリ」の姿を見ると。周囲が嘯く「幽霊」の話を聞くと。

 悲しいような、寂しいような、もしくは憤りのような感情を抱くが、そんなものを抱え込んだって意味など無い。それくらいは僕にだってわかる。

 だから、夏になると「彼女たち」を思い出すのだ、とそれだけを考え、僕はこれからも生きていく。

 夏は、「彼女」の季節だ。

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