3章④
亮太が二年B組の教室の前に戻ると、制服姿のうたが入口近くに立っていた。
「あ、ごめん待った?」
「いえ、大丈夫です。あ、あの高木さんだけなんですね。みなさんご一緒だと思っていました」
「あ、そう、ごめん……。嫌だった?」
亮太は不安げに聞いた。
「いえ、そういうわけじゃ……」
「棚橋さん、どっか行きたいところある?」
「いえ、特には……」
「じゃあさっき、ストライクアウトってわかる? 的にボールをあてるやつ。それをやって景品もらったんだ。トロピカルジュース。それ一緒に飲みに行かない?」
「あ、はい」
ジュース無料券は三年E組のものだったので、亮太はうたと並んで三階の三年生の教室まで歩いた。やはり自校の生徒が男子と歩いているということで、あちらこちらから視線を感じる。目立ちたくないのか、うたはうつむきながら歩いている。
三年E組の教室には『南国カフェ』と書いてあった。
「アロハー。お、これはお二人さんいらっしゃーい。こちらのお席へどぞどぞ」
教室に入ると、テンション高めの面白メガネ女子がひらひらした南国風衣装で出てきた。
「君も高校生?」
メガネ女子が亮太を吟味するように見ながら聞いた。
「あ、はい。東高の二年です」
「ほほう。じゃあ私のほうが年上だね。蒔絵おねえたんと呼んで。うんうんなるほどー。ときに君たちは、そのー、お付き合いしてるのかね? ん? ん?」
「ええっ? いきなりなんですか? そ、そんなんじゃないですよ」
なんてことを聞くんだ、この人は。亮太は動揺した。うたはずっとうつむいている。
「いやいやごめん。気になっちゃったんでね。あたしも含めてうしろの下々も。ふふん」
そういうと、店員全員がコントのようにうんうんうなずいた。
「なんだかなーもう。あの、これ、使えますか?」
亮太はチケットを渡した。
「うん、もちろんだよ」
「これ、二人分って書いてますけど、二つってことですか?」
「ちょっと違うなー。ま、ちょっと待っててよ。すぐ持ってくるからさ」
そういうと、蒔絵は奥に下がっていった。
店内は紙でつくったヤシの木やハイビスカスの造花、エキゾチックなテーブルクロスなどで装飾され、ハワイアンなBGMが流れている。メニューを見ると、タコライスやロコモコ、マンゴープリンなどがあった。
「おまたせしましたっ。これがジャンボトロピカルジュースだっ」
蒔絵が戻ってきてテーブルにドンと巨大なグラス、というかビールジョッキを置いた。青と黄色とオレンジのグラデーションのジュースが入っている。
「えっ、これで飲むんですか?」
ジョッキには長い、飲み口の二つある渦巻きストローが一本ささっていた。
「もちろんだとも。二人同時に飲むといいよ」
「二人同時って……ムリです」
「あ、そうそう。これは蒔絵おねえたんからのサービスだ」
そういうと彼女は生クリームとバナナがのったパンケーキをテーブルに置いた。
「いいんですか?」
「おうよっ。邪魔して悪かったね。ごゆっくりー」
手を振り彼女は去っていった。
「にぎやかなひとだったね」
「あ、はい。でも楽しい人でした」
うたが顔を上げてそういった。
うたはきっと不快に思っているだろうなとやきもきしていたので、この言葉は亮太には意外だった。さっきまで蒔絵おねえたんウザいと思っていたのに、急に蒔絵おねえたんありがとうといいたくなった。
「うん、ホント面白い人だった。そうだ、これ飲んでよ」
亮太はトロピカルジュースをうたのほうに押した。
「順番に飲もうよ。大きいし、ひとりじゃ飲めないからさ」
うたは少し考えていたが、やがて決心して「あ、はい」と、トロピカルジュースを飲み始めた。液体がするするストローを上り、渦巻きのところで円を描いていく。亮太はじっとその様子を観察していた。
「あ、あの、じっと見られると飲みづらいです……」
「あ、ごめん。つい、ストロー見るの面白かったから。味はどう?」
「ふぇっと味ですか? 甘いです。でもときどき酸味も感じます。高木さんも飲んでみてください」
「あ、うん」
うたが使っていたのと別の飲み口を使って亮太はジュースを吸い上げた。
「わ、あまっ。でもうまい。こんなストローはじめてだけど、結構飲むのきついね」
「私、肺活量ないから大変です」
「これも食べようよ」
亮太はパンケーキの皿をうたの前に置いた。
「これ、フォークとナイフが一つしかないので、高木さん食べてください」
そういわれて亮太はもう一組フォークとナイフをもらおうとしたが、あいにく店員はみな忙しそうだった。
「あ、いや、大丈夫。棚橋さんこそ食べて」
「いえ、そんな」
「じゃあ切ってもらえないかな? おれは手でつまむから」
「えっ大丈夫ですか?」
「うん」
うたが小さなパンケーキを丁寧に四つに切り分ける。
「棚橋さんって好き嫌いあるの?」
「辛いものが苦手です」
「甘いものは? こういうデザートとか?」
「大好きです」とうたの口元がゆるんだ。
亮太はうたが切ってくれたパンケーキの一片を口に入れた。
「あ、うまい」
「おいしいですね」
この前、亮太は図書館で生まれてはじめて若者向けの男性雑誌を読んだ。
そのなかに、デートで食事をすることがなぜ大事なのか? という記事があって、食事は二人だけの空間であり必然的に言葉がはずみ親密になれる、どのような食べ物が好きなのかなど相手の嗜好がわかる、マナーや気配りなど相手の生活や育ちを知る機会になる、といった理由が書いてあった。たしかにこうして一緒に食事すると、何気ない会話やちょっとした仕草からうたのことが少しずつわかってくる気がしてうれしかった。
これがデートなのかどうかはともかく、亮太はうたと出会うまで自分が誰かとデートをするなんて考えたこともなかった。図書館でもそうだったが、何を話すか、どうすれば相手も楽しいと思ってもらえるか、そんなことさえ意識したこともなく、うたとやることなすことすべてが新鮮に感じた。
「棚橋さんって何か部活入ってないの?」
「部活には入ってないです。私、一年の冬に転校してきたので。でも、図書委員やってます」
「なんで転校してきたの?」
「あ、はい……家庭の事情で」
「そうなんだ……」
深く聞かないほうがいいような気がして亮太は話題を変えた。
「図書委員って貸出とかするの?」
「はい、そうです。でもどちらかというと返却された本を棚に戻すほうが大変です」
「借りる人って結構いるの?」
「そんなには……。同じ人が多いです」
「そうなんだ。まあ本をよく読む人って限られてるもんね。ね、棚橋さんこのあと何か見たいもの、ない?」
「いえ、特には……」
「そっか……」
亮太は考えこんだ。
「あっ……じゃあ」
「ん? 何かある?」
「あるかどうかも、何部なのかもわからないんですけど、絵とかイラストがあれば見てみたいです」
「いいね。じゃあ、ちょっといろいろ回ってみようよ」
「はい」




