3章②
地下鉄の駅の階段を上ると、透き通るような秋空が広がっていた。
白川女子高校は古くからある名門女子高で、雰囲気のある瀟洒な西洋風の門を抜けると、制服姿の女子生徒が次々と亮太と牧人の前に集まってきた。
「こんにちはー演劇部でーす。13時から講堂でお芝居やるんでよかったら観に来てください」
「軽音楽部のライブは講堂で15時からですよー。ぜひぜひ」
「あのぅ手芸部です。展示やっていますのでよろしくお願いします」
玄関にたどり着くまでに二人の手は多くのビラで埋まった。
牧人がにやける。
「生きててよかったー」
「ただの宣伝だろ」
「うわさでしか聞いたことがなかったハーレムがいまここにあるんだぞ。この一瞬が永遠に続けばいいのに」
「大げさすぎる」
千香がいっていたように受付で自分たちと千香の氏名を書くだけで入場することができた。横には中学生用の受付があったが、女子中学生は招待なしでも入れるようだった。
「なんか注目されてるよな」
牧人がいうように廊下を歩くと亮太はまわりの視線を感じた。来場者はそれなりにいたが、生徒の父母や女子中学生ばかりで男子高校生はほとんど見ない。先ほど、なぜ自分たちにビラ配りが集まってきたのかわかった気がする。
二年生の教室は二階だった。エレベーターもあったが、階段を上った。
「聞いてなかったけど、千香ちゃんのクラスは何やってるんだ?」
「喫茶店らしいよ」
千香のクラス二年B組の前には『動物カフェ』と書いてあった。
「わ、こんにちは! ぜひ入っていってくださーい」
入口前にいる快活な女子生徒と目が合ったので、「あ、はい」と亮太が返事をすると、「イケメン男子二名様入りまーす」とその女子生徒は振り返って大きな声でいった。教室の中から歓声があがった。
「ちょっ」
なんてことを……。亮太は思った。
「おいおい、オレらイケメンだって。亮太やべえ、どうするよ?」
さしもの牧人もあせっている。だが、坊主頭と軽い言動でマイナスされてはいるが、牧人はイケメンといってもいい容姿だ。亮太はむしろ自分に自信がなく恥ずかしかった。
教室に入ると見事に視線が集まっていた。あまりの注目ぶりに亮太は羞恥心を感じた。
その場で立ち尽くしていると、フードのついたかわいらしいネコの着ぐるみを着た店員が近づいてきた。
「いらっしゃいませにゃん。お客様にゃん名様ですか?」
亮太と目が合った。
千香だった。
「り、亮太!?」
「千香? おまえその格好……にゃんだ?」
「よっ千香ちゃん。ちょーかわいいにゃん」
「わ、な、牧人くんも」
千香は顔を赤らめながら「いいからこちらのお席へどうぞ」と二人を案内した。
「もう、約束の時間より30分も早いよ。その間に交代するつもりだったのに」
千香は水を二つ置きながらそういった。
「ねえ、千香ちゃんもう一回やってよ、あれ」
「頼むにゃん」
ひとりのときと違い、牧人といると亮太もついつい悪ノリしてしまう。
「バカッ。で、にゃんにしますか? お客様!」
「千香ちゃんのオススメはにゃに?」
牧人がメニューを見た。
「うーんじゃあオムライスは? わたしがケチャップで何か描いてあげるよ」
「じゃあカレー」と亮太。
「オレもカレー」と牧人も続く。
「むう、バカッ」
「冗談だよ、オレは千香ちゃんに描いてもらいたいからオムライスにするよ」
「じゃあおれ焼うどん。で、千香」亮太は小声になった。「棚橋さんは?」
「……うん、いま裏で仕事している。あとで呼んでくるよ」
そういうと、千香はパーテーションの奥へと退いていった。
「棚橋さんっていうのが図書館の彼女か」
「うん、そう」
店内のテーブルはすべて埋まっている。保護者らしき夫婦と女子中学生三人組のほかは白女の生徒で、男性客は亮太たちだけだ。
他のテーブルやパーテーション奥の調理スペースから頻繁にチラチラ、チラ見されている気がして亮太は落ち着かないが、牧人は逆にまわりを観察していた。チラ見どころか、レーザービーム的ガン見だ。なんというメンタルの強さ。
「女子校に来る機会なんてもう二度とないかもしれないからな。野球部のやつらみんなうらやましがってた。ホントは写真撮りまくってみんなに見せたいところだけど、追い出されたら困るからな。野球部のやつらの分まで目に焼きつけておく」
友だち思いなのか自己満足なのかさっぱりわからない。
五分くらいすると、制服に着替えた千香がやってきた。
「もう仕事いいのか?」
亮太は聞いた。
「うん、どうせもうすぐ交代の予定だったし」
「千香ちゃん着替えちゃったの? 猫コスの写真撮りたかったのに」
「ムリムリ、ムリ」
「くうー残念。すげえかわいかったのに。な、亮太?」
「うん、かわいかった」
「な、」
千香は席につき、顔を赤らめてうつむいた。
そのときカエルの着ぐるみを着た女の子が静かに料理を運んできた。
「おまたせしました……ケロ。こちらオムライスで……ケロ。渡部さん、ケチャップでケロ」
抑揚の少ない小さな声で彼女はそういった。
「こちら焼うどんで、ケロ」
焼うどんがテーブルに置かれようとするところで、亮太は着ぐるみの彼女の顔を見た。
「棚橋さん?」
彼女も亮太の顔を見た。
「高木さん……?」
驚きの表情を見せる。
「うん、こんにちは」
「な、なんでいるんですか……?」
「あ、うん。千香とは幼なじみで文化祭に誘われていたんだ。棚橋さん、千香と同じクラスみたいだったからいるかなと思って」
「えっ……そ、そうなんですね」
「かわいいね、そのカエル」
「たしかにかわいいし、似合っている」と牧人も相槌を打った。
「あ、こちらは同じ学校の中村牧人」
「はじめまして、よろしく」
「はい、た、棚橋うたです。こちらこそよろしくお願いします。……ありがとうございます。でも恥ずかしいです……」
「ほら、早く食べないと冷めちゃうよ。棚橋さん邪魔してごめんね」と千香が割って入ってきた。
「いえ、じゃあ私はこれで」
カエルコスチュームの棚橋さんが一礼してよちよち下がっていった。
「彼女かわいいな」
「あ、うん、カエル似合ってた」
「あ、な、牧人くんオムライスになんて書く?」
「そうだなー、じゃ『まきと♡』で」
「えっ……。わかった、ちょっとまって」
千香がケチャップを手に文字を書き始めた。だが、残念なことに千香はあまり器用ではない。微妙に手も震えていて、案の定見ているものを情緒不安定にさせるバランスの『まきと♡』ができた。
「わっ、なんかきたねー。プルプルしてたし」
亮太が焼うどんを食べながら感想を述べた。
「むう。そんなに悪くないと思うけど」
「だぞ、亮太。気持ちがこもってる感じするじゃん。千香ちゃんありがとう」
「いえ、どういたしまして」
千香は先ほど何か食べたらしくアイスティーを飲んでいた。いつもと違い、静かだった。自分のクラスだからあまり目立ちたくないのかもしれない。
亮太は焼うどんを食べたあと、配膳しているうたに声をかけた。
「あの、棚橋さんって何時にその仕事終わるの?」
「12時までです」
「じゃあさ、そのあと一緒に文化祭見て回らない?」
「えっ? あ……」
「棚橋さん、わたしからもお願い。ねっ」
千香がいった。
ナイス千香。亮太は感謝した。
「あ、はい、じゃあ……」
「わ、ありがとう。じゃあ12時過ぎにまた来るね」
「あ、はい」
亮太はこぶしを握った。




