12章
二月の節分が終わり、うたが稲苗神社にきてから二カ月が経った。
うたは料理が好きで、信明の母と交代で食事をつくるようになっていた。
信明の母のうたへの溺愛ぶりは相変わらずで、信明も苦笑いするほどだった。
夕食時、信明の母がいった。
「うたちゃん、明日誕生日でしょ? 何かほしいものは? なんでも買ってあげるわよ」
「え、えっと……」
うたが少し考えたあと、信明を見た。
ホッケの開きを食べていた信明がそれに気づき、顔を上げた。
「うん?」
「ほしいものじゃないんですけど、私、長野に行きたいです」
「長野?」
信明の母が声を上げた。
「おかあさんに報告したいんです。のぶさんとおばさんのもとで暮らすようになったってことを。きっと喜んでくれると思うんです」
信明は察した。うたの誕生日は、早苗の命日でもあるのだ。
「うん、いいよ。明日は外せない用もないしね。ちょうどいい、その前に役所へ行こう」
信明はうたを見た。
「はい」
先日家庭裁判所から通知がきて、正式に養子縁組の許可が下りた。あとは役所で手続きをするだけだった。
「というわけで、かあさんは留守番ね」
「んまあ……仕方ないわね」
「ごめんなさい」
「ううん、いいわよ。そのかわり夜はごちそう用意しておくわ。何食べたい? あ、そうそうケーキも買ってこなくっちゃねえ」
翌朝、信明は拝殿で朝のお参りを終えたあと、直会殿の地下の部屋に入り、部屋のものを片づけていった。
この部屋はもともと早苗との再会のためにつくったものだった。
だが、その戦いを信明は終わらせることにした。
片づけが終わったあと、大学の入学式で撮った早苗の写真を長い間見つめた。
写真は以前より色あせていたが、早苗の笑顔はいまもむかしのままだった。
「ごめんね」
そういうと信明は戸を閉め、お札を貼り、部屋を封印した。
そのあと自室で服を着替え、車にうたを乗せて役所に寄った。
「手続き終わったよ。これで僕らは正式な家族だ」
ドアを開け、乗り込むなり、車内で待っていたうたにそういった。
「じゃあ、今日から私は、樫木うたですね」
「うん、そうだよ。じゃあ長野に行こうか。でもせっかくの誕生日なんだから遠慮しないで、ほしいものとか行きたいところとか食べたいものあれば聞くよ。正式に、家族になった記念日でもあるんだし」
「じゃあ……お願いしてもいいですか」
「うん」
「おかあさんのお話、たくさん聞かせてください」
「そんなのでいいの?」
「はい」
「……うん、わかった。長いよ、とても」
「長い話ドンとこいです」
「ようし」
信明はルームミラーで自分の顔を見た。
お墓に行ったら早苗にいおう。
うたと家族になったということを。
きっと、早苗は悔しがるだろうなあ。
「ずるーい。なんでのぶくんとうたが家族になるのに私はいないの?」
でも、結局こういうんだ。
「のぶくん、うたをお願いね」
信明は答える。
「うん、まかせて」
そのあと城跡公園でうたに教えてあげよう。
早苗にいえなかった言葉を。
黒光りしたドイツ車が走り出す。
「僕が早苗にはじめて会ったのは、中学一年生のときで……」
この前亮太に話したときより、もっと詳しく、もっと感情をこめて。
ずっと、ずっと大好きだった女性の、長い、長い話を、信明は語り始めた。




