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9章⑨

 翌日から修業が始まった。朝起きて参拝してから近くの滝へ行き、滝の中で祝詞を唱える。初日は凍りつくような水の冷たさで意識を半ば失いかけたが、滝行によってこれまでの記憶が飛び、いままでの何もかもが洗い流されるような気がした。

 朝食をとったあとは洗濯、そうじ。電気は、自家発電機があるが、ほぼ電灯のみにしか使えないため、手作業でやらなければならない。家事をひと通り終えると、たましいに活力を与える「みたまふり」、離れていこうとするたましいを招き返す「みたましずめ」の儀式を教わった。この儀式が生霊を扱う上での基本であり、生霊に関する秘儀はすべてこの応用だった。

 昼過ぎからは畑の手入れと夕食の準備。食事は一日二食で、米とみそ汁のほかは畑の野菜と漬物しかない。食事後、五右衛門風呂を沸かし入浴。その後は師匠の蔵書を借りて読み、就寝という生活を送った。

 二年ほど経ち、生霊はかなり扱えるようになったが、死霊については手がかりすらつかめなかった。蔵書を読み尽くしたあと、呪法関連の本を取り寄せて読み漁るようになったが、これといった成果がないまま四年が過ぎ、師匠が亡くなった。

 その後も信明は山にこもり、修業をしながら霊魂の研究を独学で続けた。加えて山を一時間ほど下ったところにある密教の寺で、密教呪法の手ほどきも受けた。

 そして、師匠の死からさらに五年が経ったころ、鴻上の父親から「君はこんなところで人生を終わらせてはいけない」とさとされ、信明は山を下りた。

 その後は稲苗神社に戻り、市井で占いをして日銭を稼ぎながら、死者の魂を呼び寄せるタマヨバイや、霊を召喚し憑依させる口寄せという呪術を学ぶため、全国各地に行っては、名の知れた呪術師や霊能力者に教えを乞うた。だが、対価を払い、実際に早苗の霊魂を呼んでもらっても、呪法の心得もあり、いっぱしの霊能力者になっていた信明を満足させるものはなかった。みな遺品から霊気を感じ取り、生前の情報を得て、早苗を上手に装ってはいたが、死霊自体は降臨していなかった。


 諦めるなんて選択肢はない。そう思っていた。

 だが、時は無情だった。

 早苗が亡くなってから十年以上経ったころ、信明は早苗への再会というよりも、早苗のために何もできなかった自分の人生そのものに諦めを抱くようになった。

 そのころ各地で行っていた占いがある政界の要人の目にとまり、政財界や芸能人の間で口コミが広がっていった。その後、誘われるがままに全国ネットのテレビ番組で一コーナーをもたされると、ゆるく適当な会話と当たりまくる占いがうけて一躍時の人となった。

 だがもともと占いは、小遣い稼ぎとちょっとした人助けのつもりでやっていただけで、名声や権力や金に興味もなかったので、父親が亡くなり稲苗神社を継ぐと、テレビやその他マスコミの仕事はあらかた降りた。占いもいまではよほど気が向いたときか以前からのなじみの人にしかやっていない。

 うたが早苗の両親、恩田家で育てられていることは、大学の同期から聞いてはいた。ただ早苗の母親は数年前に亡くなったらしく、それ以後は早苗の父親がひとりでうたを育てていた。だが早苗の父親、つまりうたの祖父も昨年亡くなり、ほかに身寄りがなかったため、うたは裕哉のもとにきたが、裕哉の家族とうまくいかず、ひとりで裕哉の経営する中古車屋の事務所に住むようになった。

 信明はこのような一連の話を亮太にかいつまんで話した。

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