9章④
早苗は妊娠後もそれまでと変わらず大学にきた。
早苗は彼女の両親や裕哉を説き伏せ、最終的にひとりで産むという決断をした。
だが信明にとっては、この事実はあまりにも受け入れがたく、なかなか消化できずにいた。早苗が悪いわけではないと思っていても、どうにかできなかったのだろうかと心のどこかで彼女を非難する醜い自分がいた。
早苗には裕哉をはじめみんなが気を遣った。そのため早苗はいつも誰かと一緒で、信明は容易には話しかけられなかったし、せっかく話す機会ができても、どこかぎこちなかった。中学・高校のときの、顔を見ると真っ先に駆け寄り、何も考えずともおたがい笑い合えたころが懐かしかった。
早苗のおなかが大きくなっていくのを見るたび、信明の後悔と自責の念は募っていった。
なぜ彼女を守れなかったのか。
それはおまえに守る気がなかったからだ。
そもそも彼女を受け入れなかったのはおまえだろ。
なぜ、おまえは彼女に寄り添ってやらなかったのか。
彼女の手を取り、離さなければこんなことにはならなかったはずだ。
悪いのはおまえだ。
そうだ。
早苗はおまえに会わなければこんな過酷な人生を歩まずに、いまでもその人懐こい笑顔でまわりの人とともに明るい日々が送れたはずだ。
悪いのはそう、樫木信明だ。
自問自答を繰り返すうちに、信明はそう思い至るようになった。
だが不思議なことに、それでかえって信明の気が楽になった。自分のこれまでのすべての業を受け入れられるようになった。
やがて信明は決意する。
早苗が出産し、大学を卒業したら、早苗と生まれてくる子どもと一緒に暮そう。
自宅から通える大きな神社で修練を積み、いつか稲苗神社を継ぐ。
そこには微笑む早苗がいて、かわいい子どもがいる。
信明はそんな未来を思い描いた。
そう思うと、これまでのすべてが天命であり、思い描く未来へ行き着くために必要なプロセスだと思えた。
信明から迷いが消えた。
出産して落ち着いたころ、早苗にいおう。
早苗が多少ごねたとしても押し切ってやろう、そう決めた。




