9章②
高三の夏休みが終わり、本格的に進路や志望校を決める時期になった。
信明は積極的に神社を継ごうとも思っていなかったが、ほかの文系学部に進むくらいならとりあえず神職の資格が取れる大学へ行こうと考えていた。
早苗も、英語の教員免許が取れる大学という条件はあったが、特にここと決めている大学はなかった。だが、早苗の父親が近々長野の本社に戻ることになり、早苗も長野の大学を受験することになった。一緒に長野へ帰らないか、と両親から勧められたらしい。
「ねえ、どう思う?」
信明はそう聞かれて迷った。
早苗は早苗の望む道へと進むのがいちばんで、余計なことを口出ししないほうがいいと思ったし、引き止めるようなことをいう資格が自分にあるとも思えなかった。
それでも、ただ指をくわえて早苗が去っていくのを黙認することもできなかった。
「たんに先生になりたいんなら長野の大学はいいと思うけど、より英語を学びたいんならこっちの大学のほうがいろいろと機会があるんじゃないかな」
信明は素直になり切れなかった。こうやっていつもそれっぽい偽善めいたことをいってしまった。
「うん、そうだよね。長野だと外国人少ないしね」
早苗もそうはいったが、声に力はなかった。きっと聞きたかった言葉はそういうことではなかったのだろう。
「でももし早苗が長野へ行くんなら、僕も行こうかな」
信明は先ほどの不本意な発言を少しでも取り返すため冗談めかしてそういった。
実際信明は大学にこだわりはなかったし、本当にそうしてもいいかなと思った。神職の資格だって別に大学で取れなくてもかまわなかった。
「ホント? うれしい。でも無理しなくていいからね。私だってまだどうするか決めてないし」
結局、信明は神職の資格が得られる私立の総合大学へ進み、早苗も長野の大学を受けて合格したものの、両親を説得して信明と同じ大学を選び、大学近くでひとり暮らしをすることになった。
信明にとって早苗のその選択はもちろんうれしかったが、同時に心苦しくもあった。高校時代の早苗の成績は信明よりはるかによく、長野の大学をはじめもっと早苗に合った大学に行けたはずだし、自分のせいで早苗の大きな可能性をつぶしてしまったような気がしたからだ。
「僕のことなんて気にしないで、自分の好きな道へ進みなよ」
受験前に思い切ってこういえば、早苗の人生はもっと違ったものになっていたはずだと信明は思う。だが、いうことができなかった。その勇気もなかったし、結局のところ早苗と離れたくないという気持ちのほうが強かったからだ。
信明と早苗は同じ文学部だったが、信明が日本神道学科で、早苗は英米文学科と学科は別だった。ただ一年次は教養科目中心なので、授業で顔を合わせることは多かった。
サークルは、信明は以前から興味のあった陰陽道研究会という部に入り、早苗は英会話サークル(ESS)に入った。でも、かけもちしようかという話になって、一緒に野球サークルにも入った。そこで出会ったのが棚橋裕哉という男だった。
彼は同学年だが、一浪していたので年齢は一つ上だった。出身中学は信明たちの隣の学校で、高校も同じエリアの強豪校・二高のエースピッチャーだったので、公式戦での対戦こそなかったが、一度練習試合をしたことがあり、信明も以前から顔と名前は知っていた。
投げる球は、もう少し鍛えれば大学野球でも通用しそうなものだったが、ウェーブのかかった茶髪にチャラい服装、自分本位の考えや実家の中古車屋が儲かっていて金遣いが荒いことなど、人間的に信明は彼を好かなかったし、なれなれしく早苗に話かけるのも気に入らなかった。
野球サークルの活動は学食の決まった席でダベるというのが基本で、あとは週一回練習し、たまに地域の大学の野球サークルを集めた大会に出るといったものだった。はじめのころこそ信明も顔を出していたが、気合を入れて野球をやるという感じでもなかったし、ほかのメンバーともいまひとつ肌が合わなかったので次第に足が遠のいていった。
一方、陰陽道研究会は居心地がよかった。活動内容は、一年次は先輩たちから陰陽道について手ほどきを受け、二年からは各々研究テーマを決めて、年に二回の発表会で内容を報告し、部誌をつくって学校祭で格安で売るというのがメインだったが、実際はゆるゆるで、普段はたんに部室に行っては遊んでいた。
文化棟にある部室に行くとたいてい誰かがいるので、話をしたり、将棋をしたり、ゲームをしたり、マンガを読んだり。昼飯時にはみなで学食へ行ったり、五限後暇な人は定食屋やラーメン屋、金があるときには飲みに行ったりと、そんな日常だった。
陰陽道研究会の一年上には、三歳児のような気まぐれとインド人の客引きばりのインチキさを兼ね備えた鴻上岳臣という先輩がいた。名前こそ剱岳の閃緑岩のようにかたそうだが、頭の中は絹ごし豆腐並みにやわらかかった。
会話が適当過ぎて、研究会の中でも浮いた存在だったが、信明とは不思議と馬が合い、よくつるむようになった。鴻上の占いはたいてい下駄を飛ばすだけのおそろしく前時代的なものだったが、実のところ陰陽道や呪術への知識は研究会の中でもずば抜けていて、信明は一緒に遊びに行く一方で、教えも乞い、陰陽道の力をつけていった。図書館で書物を読み、学食で鴻上にラーメンや定食をおごり、陰陽道について談議し、鴻上の部屋や場末の小汚いスナックでくだらない話をつまみに飲みに飲んだ。
二年になると、授業で早苗と顔を合わせることはほとんどなくなっていた。信明は車が好きだったので、自動車の教習所に通って免許を取り、ガソリンスタンドでバイトして、中古のスポーツワゴンを買った。部内で車を持っている人は少なかったので、海や山や寺や牛久大仏など、どこか遠出しようとなると、たいてい信明が運転した。
一方早苗は早苗で、イタリアンレストランでバイトしたり、ESSの大会に出たり、長期休みにはフィリピンやカンボジアでボランティア活動をしたりと、大学時代を少しも無駄にしたくないとでもいうように精力的に活動していた。からだが多少気がかりではあったが、彼女が充実した日々を送っていること自体はよいことだと思っていた。
早苗を忘れたことはなかったが、信明にもいろいろやりたいこと、やるべきことがあって、時間が合ったときには昼食を一緒にとったりはしたが、優先順位的に早苗のことは後回しになっていた。
その日までは。




