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8章①
信明は亮太が帰ると着替えて、ガレージにあるブラックパールのドイツ車に乗り込んだ。
亮太には「ちょっと」といったが、信明はその中古車屋のことをよく知っていた。
この世でもっとも憎いと思っていた男がいるのだから。
滑るように住宅地を抜けて、信明は中古車屋の前で車を停めた。事務所には明かりがついていた。
事務所の薄い戸をノックしたが、反応はない。もう一度ノックすると、横の窓が開き、女の子が顔を出した。
「はい」
「夜分すみません。樫木といいますが、裕哉さんいますか?」
「いえ、帰りました」
「そっか。ごめんね、驚かせて」
「いえ」
その言葉とともに窓が閉まった。
「彼女がうたちゃんか」




