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7章②

 うたを見送ったあと、亮太の心には寂莫感だけが残った。

 一週間待ち焦がれたのに、話せたのはほんのわずかな時間だけ。来週もきっと今日借りた本の感想を軽くいい合い、また本を借りて、それで終わってしまうに違いない。

 それだけでは大いに不満なのだが、かといってそれ以上踏み出す勇気が亮太にはなかった。せっかくこうして話せるようになったのに、デートとかに誘って断られたらこの淡い関係が終わってしまうし、そもそもうたが自分のことをどう思っているのか亮太にはわからなかった。

 携帯の連絡先も交換したし、こうやって会ってくれてるわけだから嫌いってわけじゃないとは思うんだけど……。

 亮太は稲苗神社公園の前にあるタバコ屋の自動販売機でコーラを買い、公園のベンチに座った。

 ああもう、どうしたらいい?

 こういうのって焦らずチャンスを待つべきなのかな?

 でも、毎日悶々とするんだよな。

 亮太はコーラをひと息で三分の一ほど飲み干す。

 そのとき聞き慣れた声がした。

「さては恋の悩みだね」

 信明がうしろにいた。

「あ、のぶさん。いつの間に?」

「這い寄る混沌、ニャルラト……」

 信明がぶつぶついう。

「え? いや、その……なんでわかったの?」

「この公園には恋する者を引き寄せる力があるんだ」

「え、そうなの?」

「僕を誰だと思ってるんだい?」

「インキチ占い師でしょ?」

「インキチとは失礼だな。せめていかがわしいといってよ」

「たいして変わんないし」

「ねえねえ亮太くん、あなたがいかがわしい占い師? ってちょっといってみて」

「あなたが、いかがわしい、占い師?」

「ええ、おっしゃる通りです」

「何それ?」

「いやね、文節の頭が『あ』『い』『う』『え』『お』になったなと思って」

「はあ? なんなの? まじめに付き合ってあげたのに」

「ごめんごめん。面白さの誘惑には勝てなくてね」

「まったく面白くないから」

「でも、いかがわしさでいえば、僕の大学時代の先輩のほうが格段に上だったなあ。うさんくさいという枕言葉を背負うために生まれてきたような人だった」

「のぶさんよりうさんくさいってどんだけ?」

「僕の師匠の孫なんだよ」

「えっ、のぶさんに師匠なんているんだ? 初耳」

「もう亡くなってしまったけどね。すべて独学なんて到底無理だよ。占いももとは大学時代に入った陰陽道研究会って部活で学んだものだしね。亮太くん書道教室入るまで僕のこと知らなかったでしょ?」

「あ、うん。でもそれはそうじゃない? つながりなかったし、幼いころの記憶もあんまりないし」

「まあそうだけど、僕はここにいなかったんだよ。四年間師匠のもとで修行して、さらにもう五年そこで山ごもりしてたから」

「へえ、そうなんだ。はじめて聞いた」

「そこで主に儀式、まあ秘儀といってもいいかな、を学んだんだ」

「すげえ、秘儀ってどんなの?」

「まあ、いろいろだよ」

 信明は言葉を濁し、タバコに火をつけた。

「それより亮太くんのことだよ。どうしたんだい?」

「なんかもやもやするなって」

「なんで?」

「どうしていいかわからなくて。ね、のぶさんどうしたらいいか占ってくれない?」

「それは話を聞いてみないとなんともいえないなあ」

「……」

 亮太は話そうかどうか逡巡した。自分の恋の話なんていままでしたことがなく、純粋に恥ずかしかった。だが、占ってもらうならたしかに話さなくてはならない。

 結局迷った末亮太は話すことにした。信明のことは信用していたし、人気占い師が聞いてくれるというのだから断る手はない。

「実は、気になっている女の子がいて、週に一回図書館で会っているんだけど、毎週本を借りて、ほんの少し話しただけで終わっちゃうからこれでいいのかな? と思って」

「うーん……」

 亮太はしばらく待ったが、信明はそれ以上何もいわない。

「なんかいってよ」

「とりあえずキャッチボールしよう」

 信明はタバコを地面に落とし、足でもみ消してから拾った。

「えっ?」

「ちょっと待ってて」

 せっかく話したのに何もいわないし、なぜ突然キャッチボール? と思いはしたが、ひさしぶりに信明とキャッチボールするのも悪くないかなと思った。なんだかんだいっても亮太は野球が好きだった。

 数分後信明はグラブとキャッチャーミットを持って戻ってきた。

「硬球でやろう」

「ここ硬球でやっていいの?」

 フェンスはあるがそう大きくはない公園だ。

「こまけえことはいいんだよ。この公園うちの土地だし」

「そうなんだ?」

「そう。地主がいいっていえばいいんだよ。たぶん。打つわけじゃないし」

「あ、でもおれ硬球投げたことほとんどないんだ」

「大丈夫だって、ほらっ」

 信明の放った硬式球を亮太がグラブで取る。手に重さが伝わる。それは投げても同じで指先や手首にかかる力が明らかに軟式球とは違う。

「しっとりしている。こんな硬球はじめて握った」

「試合球だからね、これ。縫い目にしっかりと指をかけてごらん」

 いわれた通りに投げると、自分でもわかるほどいい回転の球がいく。ズバーンと景気のいいキャッチャーミットの音がする。

「いい音」

 亮太の気分も昂揚する。

「僕もまだ現役だからね」

 信明はいまも仲間と草野球をやっていた。

「なんだっけ? チーム名?」

「ぐーじーず」

「それそれ、ウケる」

「宮司が僕ともう一人、ほかに神主が一人いて、あと郡司ぐんじって名前のやつもいるからね。宝さがしも捗りそうだろう?」

「山にこもってたときも野球やってたの?」

「さすがにそのときはやってないよ。老人とたぬきしかいなかったし」

「僻地だったんだ?」

「木と山と空と雲しかないところだったよ」

「へえ」

「もっと思い切り投げていいよ」

 信明は座ってキャッチャーミットをかまえた。

「制服だし、革靴だし無理」

 亮太はそういいつつも上着を脱いだ。

 全力とはいかなかったが、それでも力を込めて投げる。

 真ん中へのストレートがミットに吸い込まれる。

「ナイスボール」

 次の球は、右打者のインコース側へそれる。

「はい、もう一球。次でラスト」

 亮太はノーワインドアップでストレートを投げる。

 ど真ん中へ決まる。

「OK」

 信明が歩み寄ってくる。そして話を戻した。

「たとえば、僕が占いをしてその女の子と亮太くんは合わないからやめたほうがいいよといったとする。それで亮太くんは諦められる?」

「いや、それは……納得できないかも」

「そうでしょ。自分でいうのもなんだけど、僕が本気で占うと、まあたいてい当たる。もし占いで彼女に振られるよ、付き合うことができてもすぐにうまくいかなくなるよと聞いたら、亮太くん余計迷ってしまうと思わない?」

「まあ、そうかも」

「うまくいかないという占い結果が出て、じゃあ諦めるべき? と聞かれたら僕にもわからない。うまくいくように変える方法なんてそうそうないからね。そんなことできたら、みんな人生バラ色だよ。スポーツや受験なんかもそうだけど、世の中結果だけがすべてじゃない。日々の練習や勉強の積み重ねで得られるものも数多くある。恋だって同じだよ。片思いに悩む日々が実は人生にとって素晴らしい時間だったり、うまくいかなくても勇気を出して相手に想いを伝えた経験が未来を変えることだってある。未来を知ることでいまを台なしにしてしまう可能性がある以上、むやみやたらと占わないほうがいいかなって思うんだ」

「そっかあ……ごめん、そこまで考えてなかった。なんだかんだで、のぶさんもいろいろ考えてるんだね」

「うんにゃ、あんまり考えないでやっちゃうときもあるなあ。この前も、よかれと思ってやったことがあるんだけど、やらないほうがよかったかもしれない」

 信明は頭をかいた。

「えっ? それってどうなの」

「もちろん反省はしてるよ。次からはやるかやらないか、占うかどうかを占ったほうがいいかも、なんて」

「なんてって……まったく反省しているように見えないんだけど」

「亮太くんの球は、たぶん亮太くん自身が思っているよりもずっといいよ。もう少し鍛えれば並の高校生じゃそう簡単には打てないはず。もっと自信を持って。亮太くんに足りないのは自信と踏み出す勇気だよ」

「うん……そうかも」

「また困ったらいつでもおいで。本当に必要だったら占ってあげるから」

「わかった」

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