6章⑥
千香はしばらく放心していたが、やがて決心し、牧人にメッセージを送った。ちょうど外でやっている部活が終わる時刻だった。
すぐに牧人から電話がきた。
「千香ちゃんいまどこにいるの?」
「稲苗神社」
「じゃあいまから行く。まだ学校だから、ゴメンちょっと待ってて」
「うん、わかった。待ってる」
千香は牧人が来るまでのあいだ、眠る信明の寝顔を見ていた。口のまわりとあごには無精ひげが生えている。少しタバコのにおいがする。
むかしはもっとやせていて、精悍な顔をしていた気がするが、いまではふっくらとしている。なんか鮭をとるのに疲れて眠っちゃったクマみたい、そんなことを思ってひとり微笑んだ。
40分ほどして牧人から着いたというメールがきた。
直会殿を出ると、陽はすでに沈んでいた。
社務所の前に、息を切らした牧人がいた。
「おまたせ」
牧人はそういうが、表情がない。緊張しているのかもしれない。
千香はまっすぐ牧人を見た。あらためて素敵な男子だと思う。
ああ、こんな機会もうないかもしれないのに、もったいないなー。
自嘲気味にそんなことを思ってから千香はいった。
「ごめんなさい」
深く頭を下げた。
「……そっか」牧人は笑顔をつくった。「いや、いいんだ。わかってたからさ。オレのほうこそごめんね。千香ちゃんを困らせちゃって」
「ううん。わたしうれしかったの。牧人くんから好きといってもらえて。付き合ってみようかなとも考えた」
「なら……」
「ううん、ダメ。わたしが牧人くんと付き合ってみようかなと思ったのは、結局それをきっかけに亮太の嫉妬心をあおって、振り向いてほしかったからなんだって、はっきり気づいちゃったの。わたしね、普段はまわりに対してあれしなさいとか、こうしないとダメだよとか、えらそうなことばかりいってるくせに、本当はわたしのほうが誰よりもずるくてきたない人間なんだってわかっちゃった。これといっていいところのない人間だし、好きな人に好きといえない憶病者だし、優柔不断だし、女の子ぽくないし」
牧人は強くかぶりを振る。
「いいの、わかってるから。ごめんね牧人くん。でも最後にこれだけはいわせて」
「……」
「こんなわたしでも、好きになってくれて、ありがと」
「……」
牧人は言葉を失った。
しばしの沈黙のあと、牧人はトーンを上げていった。
「あーあ、なんかさ、オレにもいいたいことはいろいろあったはずなんだけど、千香ちゃんの話聞いたらもう何もいえなくなっちゃった」
「ごめんね、一方的で」
「そんな、あやまんないでよ。これまではオレが一方的にいってたわけだし、ま、これでおあいこでしょ。それでさ、亮太にいうの?」
「告白するってこと? ううん、いわないよ。亮太、棚橋さんのことが好きなんだもん。邪魔したくないから」
「じゃあ、どうするの?」
「待つの」
「振り向いてくれるまで?」
「ううん、わたしの気がすむまで」
「そんな、はじめから諦めたような言い方……」
「いいの。亮太はきっと振り向いてくれない。でも待ちたいの」
さっきの夢でも亮太は千香には関心がないようだった。認めるのはつらいけど、きっとそれは正しい。
「じゃあオレも待つ」
「えっ……いつまで?」
「オレの気がすむまで」
「わたし、意外と気が長いよ」
そういって千香は微笑んだ。
「奇遇。オレも気が長いんだ」
牧人も笑った。
「でも、無理はしないでね。気持ちが変わらないってカッコよく感じるし、逆に心変わりって以前の自分を否定してしまうようなことに感じるけれど、気持ちが移ろいゆくことを認めないで、過去の自分に縛られるのはもっとよくないなって思うの。いいたいことわかる?」
「うん、わかるよ」
「少しずつ朽ちていく建物や色あせていく思い出とか、移ろいゆくものもそれはそれで美しいと思うの。だからわたしはむかしからずっと亮太のことが好きだけれど、もし気持ちが変わるときがきたら、そのときはじたばたせずに素直に受け入れようと思うの」
「……うん、わかる。その考えに賛成。オレももし自分の中で気持ちが変わったときには素直にそれを受け止めるよ。でもいまはもう少しだけ好きなようにさせて」
「うん、わかった」
牧人がいなくなったあと、暗い神社の境内に千香はひとり残った。木々の葉の揺れる音がする。
あんなこといったけれど、本当に、わたしもいつか亮太ではない誰かを好きになったりするのかな。
千香は静かな秋の夜空を見上げた。
南には秋の一等星フォーマルハウトが輝いていた。
でも、やっぱりいまはまだ想像できないや。




