6章④
「ウエィッ!」
大声が耳元で低く響く。
「千香ちゃん、千香ちゃん……。大丈夫かい?」
気づくと天井が見えた。
千香はろうそくのぼんやりとした光に包まれた室内で、大きな座布団を枕にして寝ていた。
信明が憂いを帯びた表情で千香を見つめている。
「あ、のぶさん。そっか……」
「ひどい夢だったのかい?」
「うん……」
「ごめんね。こんなことになるならやるべきじゃなかった」
千香は信明の「もしもの世界を見るかい?」という誘いに応じて、次の日の放課後稲苗神社にやってきた。以前から信明の占いに興味があったし、見られるものなら見てみたいじゃない、という安易な気持ちだった。
信明は社務所で紺色の装束をまとい、千香を待っていた。
千香も亮太と同じく、例祭や初詣のときに神社でアルバイトしているので、信明の装束姿はこれまでに何度も見ているが、自分のためにわざわざ用意してくれているのだと思ったら、軽い気持ちで来てしまったことを申し訳なく思った。
「お待たせしました」
千香はせめてと思い、深くお辞儀をした。
「やあ。じゃあ、こっちへ」
信明に従い社務所の外へ出て、直会殿という建物へ入った。ここには以前、書道教室をやっていた参集殿という建物があったが、信明が跡をついだときに大きく建て直した。
入ると正面に大きな和室があり、左には小部屋、右奥には調理場があった。
「占いはそっちの小部屋でやってるんだ」
「へえ、ここに入るのはじめて」
「直会という宴会や結婚式、町内会の集会とかにも使うけど、基本ここは占いのためにつくったところだからね。こっちだよ」
信明は鍵束を取り出し調理場のさらに奥へと進み、扉を開けた。そこには地下への階段があった。
「地下もあるの?」
「千香ちゃんにぴったりでしょ」
「うん? どういうこと?」
「千香と地下ってこと」
「うわあ、つまんない……」
「ここはいわば秘密の部屋なんだ。僕もたまにしか入らない」
階段を下り、引き戸を開け、千香の家の居間くらいの大きさの部屋に入った。床はフローリングで、部屋の正面には祭壇があった。
「その座布団に座って。足は崩していいから」
信明はそういうと、部屋の外へ出ていった。
千香はバッグを横に置いていわれた通り座る。電気はついているが、白熱灯による間接照明だけなので薄暗い。
少し経ってから信明が急須と湯呑みを持ってきた。
「これ飲んで待ってて。いまから準備するから。漢方がまざってるからちょっとだけ苦いけど、落ち着くお茶だよ」
そういって信明が湯呑みにお茶を入れ、千香の前に置いた。
千香がお茶をすすると、少し苦いほうじ茶のようだった。
その間信明が部屋の四隅と祭壇にある燭台のろうそくに次々と火をつけていく。すべてにつけたあと、部屋の電気を消した。ほのかな灯が部屋を照らす。
続いて信明はいくつかある香炉のお香にも火をつけていった。煙が出るタイプのものらしく、部屋が薄っすら白ずんでいく。普通の線香と違い、ほのかに甘い香りがする。
信明は最後に部屋の何箇所かにお札を貼って千香の前で正座した。
「千香ちゃん、君はこれから夢を見る。千香ちゃんのもしもの未来だよ。目をつむってリラックスして、見たいことを想像して」
千香はうなずいた。
「じゃあ始めるよ」
千香は亮太のことを思い浮かべ、それから牧人が告白してくれた場面を思い出した。
「高天原に神留ります……」
信明が祝詞を奏上していく。それと連動するように千香の意識が靄がかって混濁し、薄れていく。
眠くなってきた……。
そう思ったときにはすでに千香は眠りに落ちていた。




