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6章③

 千香は鏡の前で着ていく服を悩んでいた。

 野球の応援へ行く前とまったく同じ光景だった。新しい服を買っておくんだったと思うが、いまさら遅い。いろいろ悩んでは見たものの、めぐり巡って結局この前と同じ服をまた着ていくことにした。

 亮太も褒めてくれたし、牧人くんこの格好見たことないからいいよね。

 臨海地区の中心駅に着くと、牧人がすでに待っていた。

「あ、ごめん。待った?」

「いや、全然。今日の千香ちゃん一段とかわいいね」

「えっ、いや」千香の頬が赤く染まった。「わたしいつもあんなんだから、服とか全然持ってなくて」

「じゃあさ、これから見に行こうよ。服」

「えっ?」

「選んであげるよ。というか選ばせて。ウチのねえちゃん、いっつもこの服どう思う? とか聞いてくるんだよね。それで女性誌とか見ているうちに選んだりするの楽しくなっちゃって、ネットショッピングとかでねえちゃんの服選んだりしてるんだ。だから千香ちゃんの服も選んであげたいなって思ってさ」

「おねえさんって大学生だよね?」

「そう、いま二年」

「じゃお願いしちゃおうかな」

「よしきた」

 駅から人波に沿って歩き、大きな商業施設に入った。案内図を見てエスカレーターで上の階へ上る。

「ここに入ろ」といって、牧人は臆することもなく女子高生や若い女性に人気のファストファッションの店に入っていく。

「千香ちゃんってジーンズとかパンツルック多いじゃん。でもさ、今日みたいやわらかい格好も結構似合うと思うんだよね。これとかどう?」

 牧人はパステルカラーのフレアスカートを千香に見せた。

「かわいいけど……」

「着てみてよ」

「えっ」

「絶対似合うから、ほらほらあっち」

 そういって牧人は千香の肩を押して試着室へ連れていく。

「どう?」

 おずおずと牧人に見せる。

「うん、すっごく似合う。上はこれなんてどう? 合わせてみて」

 千香がいままで着たことのないフリルのついた白いブラウスを手渡される。

 なんかこのシチュエーション、次はこちらをお召しになってみてくださいといわれるお姫さまみたい、千香はそんなことを思うが、まんざらでもない。

「どう、かな?」

「いい! すごくいいよ。清楚なおねえさんっぽい。想像以上」

「そっ、かな。値段も安いね」

「イエス! お買い得ですよ、奥さん」

「じゃあ……買っちゃおうかな」

 千香は牧人の勧めてくれた服を買った。

「次はさ、オレの帽子選んでよ。帽子好きなんだ。坊主頭だから」

「東高の野球部って坊主にしなきゃダメなの?」

「ある程度短くすることにはなってるけど、坊主じゃなきゃダメってわけではないよ」

「じゃ、なんで?」

「坊主頭のほうがなんか潔い気がしてさ。それに高校時代だけだろうし、坊主頭にするの」

「へえ、でも牧人くん似合うよね、坊主頭」

「ありがと」

 この商業施設には帽子専門店もあって二人はそこに入った。

「どんなのがいい?」

「どんなのでもいいよ」

「じゃあこんなのはどうかな? こういうのってなんていうんだっけ?」

「キャスケット」

「そうそうキャスケット。これかぶってみて」

「うっし。どう?」

「いいね。でもこっちもいいかも」

 千香はグレー&ブラックのチェックのキャスケットを渡す。

「うん、いい。それが第一候補かな。キャップも見てみようよ」

 千香がキャップコーナーへ行く。一角にメジャーリーグのコーナーがあった。

「千香ちゃんメジャー見る?」

「ダイジェストとかならたまに」

「BSのMLBの番組?」

「うん、それ」

「あれ、面白いよね」

 結局三十分ほどいろいろ見て回って、牧人は千香が第一候補といっていたチェックのキャスケットを買った。

 ランチは港が見渡せるイタリア料理店に入った。カジュアルな感じなので高校生でも入れるような雰囲気と値段の店だった。

「素敵な店だね。何食べよ」千香はメニューをめくる。「うーん、難しいな。牧人くんは何にする?」

「オレ、ミートソース好きなんだ。ボロネーゼっていうのがミートソースだよね?」

「たぶんそう」

「なら、それの大盛ランチセットにしよっかな」

「わたしはえっと……」

 千香はナポリタンが好きだったが、せっかくこういう店にきたのだし、ちょっと女の子っぽいところ見せようと、ホタテとほうれん草のクリームパスタのランチセットを頼んだ。

 ちょっと背伸びしたような食事が終わったあと、牧人がトイレに行ったので、千香は窓から港を見下ろした。

 これが初デートか。むかしからこういうデートにあこがれていたんだ。でも、なんか気持ちがふわふわしていて実感できないや。

 眼下には遊園地エリアがあってコーヒーカップとメリーゴーランドがくるくる回っている。円形の広場の中央では大道芸人が芸を披露していて、カップルや家族連れの輪ができている。

「これからどこ行く? 映画か遊園地がいいかなと思うんだけど、千香ちゃんどっちがいい?」

 牧人は戻ってくるなりそう聞いた。

「映画ってどんなの?」

「恋愛ものとファンタジー要素のある刑事もののどっちかがいいと思うけど、千香ちゃん映画好き?」

「そんなには観ないかな」

「そっか、実はオレもあまり観ないんだ。じゃっ遊園地にしよっか?」

「うん、そうしよ」

 二人はおばけ屋敷に入り、なんか期待外れだったねといい合い、小型のジェットコースターに乗って遠心力に振られ、ベンチで少し休もうという話になった。

「ソフトクリーム買ってくるから、そこで待ってて」

 牧人が売店に向かったので、千香はひとりベンチに座った。

 ソフトクリーム、デートの定番だよね。そういえば、いまってソフトクリームの季節だっけ? 暑くも寒くもないけど。

 千香がまわりの人たちの服装を見るために周囲を見渡すと、見知った顔と目が合った。

「あれ? 千香」

「亮太……」

 そこへ牧人がソフトクリームを持って戻ってくる。

「あっ、亮太じゃん」

「えっ? 二人? どうしたの? ひょっとしてデート?」

「そっ」

「へえ、いつの間に」

 さらっと亮太がいう。

 千香はその何気ない口調に胸が痛む。

 なんでそんなに平然としていられるの?

 もっと驚いて、残念がってよ。

「いや、これはその、違うの」

 千香は思わずそう口走ってしまう。それを聞いて牧人の顔がかげる。

「何が違うの? デートじゃないの?」

「あっいや……」

 亮太の背後にはいつの間にかうたがいた。

「実は、おれらもデートなんだ。一緒に回る?」

 亮太が顔を紅潮させていう。

 何これ? なんなの?

 気づくと千香はその場を逃げ出していた。

 なんで?

 なんでこんなことになっちゃったの?

「千香ちゃん待って。待ってよ」

 牧人が追いかけてくる。

 千香は人波をかきわけていくが、やがて通行人にぶつかり転んでしまう。

 とたんに涙がにじみ、あふれてくる。

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