2章①
帰りのホームルームが終わると、教室中が騒がしくなる。だが、そのにぎやかさはほんの一時的なことで、多くの生徒はすぐに部活へと行き、教室は閑散となる。
亮太の通う東高校は部活をしている生徒が多い。帰宅部なのは全体の二割くらいだ。そしてその帰宅部の半分程度はカラオケやらなんやらで頻繁に繁華街に遊びに行く連中なので、亮太のようにまっすぐ帰路に着く人はそう多くない。
放課後教室に取り残されたときや16時過ぎの駅のホームで毎回同じ顔ぶれとともに電車を待っているときなど、亮太は部活をしている人たちをうらやましく思う。
実際二年の春、文化系の部にでも入ろうかなと考えてはみたのだが、何をいまさら? という気がして結局部室の戸を叩く勇気が生まれないまま、いつの間にか夏は過ぎ、二年の二学期も半ばを過ぎようとしていた。写真部でも天文部でも誰か誘ってくれたら喜んで入ったのになーと思うのだが、あいにく亮太にはそのような都合のよい部活に入っている友人がいなかった。
地下鉄に乗って自宅の最寄駅で降りると、近くにある市立図書館に寄った。
亮太は小学二年のときに野球を始め、中学でも野球部だった。野球をやっていたとき亮太の頭の中を占めていたのは野球半分、遊び二割、勉強二割、その他一割といった感じで、読書など読書感想文の宿題以外ほとんどしたことがなかった。
だが、亮太の高校には毎日10分間、朝読書の時間があり、本を読まざるを得ない状況になった。はじめは家にあった適当な流行りの本を持っていっていたのだが、あるとき隣の席の男子が読んでいた『シャーロック・ホームズの冒険』が気になった。ホームズの名前と名探偵ということは知っていたが、実際にどのような人物でどんな物語なのか漠然としか知らなかったからだ。
そこで亮太は彼に「ホームズって面白い?」と聞いてみた。
「うん、面白いよ。ただ現代のミステリーと違って謎解きを楽しむっていうよりホームズやワトソンのキャラを楽しむような物語だと思う」
彼はそういって翌日ホームズシリーズの最初の長編『緋色の研究』を貸してくれた。
たしかに彼のいう通りだった。犯人逮捕のくだりは「えっ?」と思ったが、読み終えたときにはホームズという人物をもっと知りたくなった。『緋色の研究』を読み終えたあと、図書館に行ってカードをつくり、ホームズシリーズを次々と読みつぶしていった。『バスカヴィル家の犬』や『四つの署名』など、長編はどれも面白かったし、『最後の事件』で驚き、『最後の挨拶』や『事件簿』のころには、読み切るのが惜しくなっていた。
読後しばらくはホームズやコナン・ドイルに関する解説本を読んでいたが、ほかの探偵ものやミステリーにも興味が湧くようになり、ルパンやポワロ、ブラウン神父、エラリー・クイーンなどの代表作を読んでいった。部活に入っていない亮太には時間があったし、ほかにこれといった趣味もなかったので朝夕の通学時間、放課後、寝る前と本を読み続けているうちに、いつしか読書が習慣になっていた。
市立図書館の入口横にはガラス張りの広い新聞雑誌コーナーがあって、いつも同じシニアの面々が時間をつぶしている。暗黙のルールがあるのか、常連はだいたいいつも同じ席に座っていた。
彼らをわき目に亮太は借りていた本を返却し、ノベルスのコーナーに行った。最近は西村京太郎の作品を読んでいて、先日『十津川警部の挑戦』の上巻を借りて読んだので、下巻を借りたいと思っていたが、今日もこの前同様貸出中だった。
やっぱり上下巻あるときに借りればよかった――。
途中で同作者の別の本を読むのも気乗りしなかったので、赤川次郎の三毛猫ホームズシリーズでも借りようと文庫コーナーに向かった。
文庫コーナーに近づくと、ちょうど目当ての本棚の前で、制服姿の女の子が真剣に本を探していた。彼女の制服は千香の通う白川女子高校のもので、学年を表すリボンも千香と同じ二年生の赤だった。
あ、これ読みたい、あ、やっぱりこっちの本もいいな、というように、彼女は次々と本を手に取っていく。背はやや低めで、やわらかそうな黒髪が彼女の動きに合わせてふわふわ踊っていた。本が好き、というのがこちらにまで伝わってくる。
見ていて飽きなかったが、横から女の子を見続けている姿は、傍から見ると純度100%のあやしさで、まだしばらく時間がかかりそうだったし、「おまわりさん、この人です」と通報される前に亮太は別のコーナーで時間をつぶすことにした。
新聞雑誌コーナーの空いている席で15分ほどスポーツ雑誌を読んでから再び文庫コーナーに戻ると、彼女の姿はすでになくなっていた。
だがその代わり、床に白いものが落ちていた。
拾い上げるとそれは、厚手の上質な紙でできた栞だった。
ミントと思われる葉の絵が描いてあって白色がくすんでいる。かなり使いこまれているようだった。
さっきの女の子が落としたものかな?
受付に落し物です、といって渡すことも考えたが、せっかくなら自分で渡したいと思い、亮太は栞を曲げないように国語の教科書にはさんでスクールバッグに入れた。




