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4章①

 亮太と牧人が文化祭に来るのは11時の約束だったので、千香はその15分前に接客係を交代するつもりだった。

 クラスの催しが動物の着ぐるみカフェに決まったとき、千香は料理担当をやるつもりだった。着ぐるみを着たい人が多いからこれになったのだろうと思っていたし、千香自身は接客係にたいして興味もなかったからだ。

 ところが担当を決めるくだりになって千香を接客係へと推す声が出た。

「千香みたいのが着てこそギャップ萌えが成立するのよ」

「私も千香のネコ見てみたい。にゃんってやってほしい」

「わ、それいい! 賛成」

 せっかく推してくれるんだし、特に断る理由もなかったので「ま、いっか」と千香は接客係を引き受けたのだが、どうせ来ないと思っていた亮太が急遽牧人を連れて来ることになり、うろたえた。来てくれるのはうれしかったが、亮太に着ぐるみ姿を見せるわけにはいかない。

 ただ衣装は千香のイメージしていた遊園地の、頭をすっぽりかぶるような着ぐるみとは違い、ネコ耳フードのついたネコパジャマみたいなかわいいものだったので、亮太がもしかわいいといってくれるなら、着てみてもいいかなと思い始めた。そのへんが自分でも意志が弱いとは思うのだけれど、でも「なに、そのカッコ」とかいわれたら恥ずかしいし、やっぱりやめておこうかなと延々迷ったあげく、結局二人が来る時間には接客しないことにした。

 文化祭当日の朝、接客係が一人風邪で休むことになった。

 千香は名案を思いついて、うたに声をかけた。

「今日、接客係の山村さん休んじゃって一人足りなくなっちゃったんだ。悪いんだけど、棚橋さんお願いできないかな? 動物の衣装を着て、注文を聞いたり、料理を運んだりするだけでいいんだけど」

「わ、私ですか? えっ、そんな……」

「棚橋さん、サイズも山村さんと同じくらいだし、このカエル似合うと思うんだ」

 千香は風邪で休んだ子が着る予定だったカエルの衣装をうたに見せた。

「あ、これ、かわいいですね」

「でしょ? ね、お願い」

「え、あ……はい」

「接客は語尾に動物の鳴き声入れるの。カエルは――たしかケロね。じゃあ11時から1時間よろしくケロ」

 強引に頼んじゃって悪いなとは思ったが、かわいいのはたしかだし、亮太を驚かせたいという気持ちが上回った。

 それにしても、棚橋さんか――。

 千香はうたの斜めうしろの席だったので、亮太に話を聞いてからよく彼女のことを見るようになった。

 見た目は小さくかわいい。そしてどこかはかなげ。

 高校で転校なんて珍しい。千香の学年ではたぶんうただけだ。転入してきたとき別のクラスだったので理由は詳しく知らないが、家庭の事情だと聞いた。きっと親の転勤とか離婚とかそういうのだろう。

 四月から同じクラスになり、はじめはうたに話かける人も結構いたと思うが、彼女がやんわりと拒絶するような空気を出していたので、次第に用がないかぎり話かける人はいなくなった。うたのほうから誰かに話かけることもなかった。

 授業はしっかり聞いているけれど、たまにノートやプリントの裏に絵を描いている。休み時間は本を読んだり、図書室へ行ったりしている。本はたいてい文庫本を持っているが、ブックカバーをしているので何を読んでいるかはわからない。

 これまで亮太から女子の話をしてきたことはなかった。今日の文化祭も千香が誘ったからではなく、うたに会いたいがために来るのだと感じていた。だから千香はうれしさよりも、亮太がうたのことをどう思っているのか気になって仕方がなかった。

 9時半から文化祭の模擬店が始まり、千香はネコの着ぐるみで接客した。

 はじめは緊張したが(特に「にゃー」とか「にゃん」とつけるのが)みな一様に「かわいいー」と好意的な反応をしてくれるので、千香もやっていて楽しくなってきた。

「ご注文にゃんにしますか?」

「お会計500円ににゃりますにゃ」というように、次第に「にゃん」をにゃんにでもつけるようににゃっていた。

 そんなとき予定より30分も早く亮太と牧人がやってきた。

「り、亮太!?」

 千香は驚いたし、着ぐるみ姿やネコ語が恥ずかしかったので、思わず「バカッ」を連呼してしまったが、一方で二人がかわいいとほめてくれてうれしくもあった。

 この姿見せられてよかったかも――。

「ねっ棚橋さん、ちょっと早いんだけど、代わってもらってもいいかな? 知り合いきちゃったから」

 二人の注文をとったあと、パーテーションで区切られた調理スペースに入り、調理の手伝いをしていたうたに声をかけると、みんなが群がってきた。

「なになに、あの男子二人千香の知り合いなんでしょ? どこの高校?」

「二人とも東高だけど」

「あったまいい! 見た目もいいし、うわー見せつけちゃってくれるねーこの子は」

「ちょっとー千香の本命はどっちなの?」

「千香、あとで取調室にきてもらおうか」

「ちょーマジこの女○す」

「ああ、わかったから。今度話すから今日は許して、ね」

「しょうがないな」

 千香は制服に着替えてから、すでにカエルの着ぐるみ姿になっていたうたにもう一度声をかけた。

「棚橋さん悪いんだけど、オムライスと焼きうどんできたらわたしのところまで運んでもらえるかな。ケチャップと一緒に。文字はわたし書くから。あれこれ頼んでホントごめんね、お願いでケロ」

「あ、はい、わかりましたでケロ」

 千香が席について亮太と牧人の二人と話していると、うたが料理を運んできた。

 千香は亮太を見た。

「棚橋さん?」

 亮太が気づいた。

 亮太の顔に、笑顔が広がっていく。

 ああ、やっぱり……。

 すぐにわかってしまった。見たことのない亮太の顔。うれしさを抑えようとしているんだけど、隠し切れていない。

 ああ嫌だなー。

 ホント嫌。

 千香の表情が暗転する。ひとりだったら泣いていたかもしれない。

 亮太とうたの会話が続いている。

「ほら、早く食べないと冷めちゃうよ。棚橋さん邪魔してごめんね」

 たまらなくなって二人の会話に千香が割って入る。

 ああ、邪魔しちゃった。最低だ、わたし……。

 牧人のリクエスト通りオムライスに『まきと、ハート』と描くが、自責の念と切なさが内面に渦巻いてどうにもテンションが上がらない。

「あの、棚橋さんって何時にその仕事終わるの?」

 亮太が棚橋さんを誘っている。

 会話を邪魔したお詫びにわたしからも頼んであげよう。

「棚橋さん、わたしからもお願い。ねっ」

「あ、はい、じゃあ……」

 これでよかったのかな? もうどうしていいかわからないよ……。

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