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宮司さんの秘密の部屋  作者: しーもあ
1章(プロローグ)
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1章

 ドアを開けると大粒の雨粒が見えた。

 亮太はスクールバッグを左肩にかけ、紺の傘をさして薄暗い歩道を歩き出す。

 千香ちかの家の前で玄関を見るが動きはない。いつもより少し早く出たが、千香はもう登校したのだろう。

 亮太の家の前の通りを駅へ向かうと、稲苗いなえ神社につきあたる。稲苗神社はこのあたりの氏神で、境内はそれなりに大きい。

 亮太はいつも境内を通って駅へ行く。近道だからというのもあるが、神社を通るのが好きだからという理由のほうが強い。


 鳥居をくぐり樫の木に囲まれた石畳の参道を通って拝殿前に行くと、軒下でこの神社の宮司である信明が紺色の甚平を着て、「おいっちにいさんしー」と伸脚していた。

 宮司というのは神社の責任者のことで、会社でいうところの社長にあたる。神主という言葉もあるが、神主は神社に奉仕する人みなを指す言葉であり、寺の住職や僧侶をお坊さんというのと同じく、そういった役職はないので、信明は自分のことを宮司という。

「お、亮太くん、おはよう」

「のぶさん、おはようございます。今日、一日中雨らしいっすね」

「みたいだね。この雨じゃ掃きそうじができないよ。やってらレイン」

「くわっ、朝からつまんねえー」

「いやいや、これは日本の神道を司る者がアメリカンジョークをいうところに面白味があるんだよ」

「いや、面白味なんてないし。全然。んじゃいってきまーす」

「いってらっしゃい」

 

 三年前先代の宮司が亡くなり、その息子である信明が跡をついだ。亮太は小学生のころ先代が開いていた書道教室に通っていたため、教室の手伝いをしていた信明とも顔なじみで、むかしはよくキャッチボールの相手をしてもらった。

 年齢は二回り近く違うので、親でもおかしくないくらい年齢差があるのだが、亮太にとってはいまもむかしも近所の気のいい兄ちゃんという感じだった。中学時代には大人と話すのがウザいと思った時期もあったが、そんなときでも信明と話すのは楽しかった。高校生になってからは初詣や例祭のときに神社でアルバイトもしている。

 信明は柔和で話やすいのだが、どこか謎めいていて、どこかうさんくさい。彼は占いをやっていて、一時はテレビで毎日見るほどの売れっ子占い師だった。占いがあまりにもよく当たるため、ネット上ではやらせだ、インチキだとも騒がれたが、神社はにぎわい、占いの予約は取れないと話題になった。

 

 以前、友だちが占ってほしいからいくらかかるか聞いてきてと母親に頼まれ、信明に尋ねたことがあった。

「料金はまあ、あれだよ。時価だよ時価。その占ってほしいという人は主婦かな?」

「主婦。たしかスーパーでパートをしてたと思うけど」

「ふーん、何を占ってほしいのかな?」

「それは聞いてない」

「じゃあ、55万円かな」

「55万円?! 高すぎでしょ! ぼったくりじゃん」

「まあまあ、とにかくそう伝えて」

「ええー本気?」

「もちろん」

「うーん」

「価格なんてあってないようなものだからね。気乗りしないのはとりあえずその人にとって法外だと思う金額をいうんだ。それでも、何が何でも頼みたいという人の依頼は可能なら受けるようにしているよ。そうじゃないとキリがないからね」

「お金でやる人、やらない人を選別してるわけ?」

「まあ、そういうことかな。それでも、どうしてもっていう人には前向きに考えるようにはしているよ。それだけ切実だってことだからね。以前、亮太くんにブラックジャック全巻貸したよね。読んだ?」

「読んだ。面白かった」

「ブラックジャックはなんで法外な報酬を要求すると思う?」

「その人の本気度を見るんでしょ」

「うん、それはある。でも、それだけかな?」

「自然保護のために島買ってたりしてた。あと本間先生の治療費」

「それもある。でも、ブラックジャックが稼いでいるお金からすると微々たるものだよ。結局のところね、彼は面倒くさいんだよ。あれもこれも引き受けるのは。だから気まぐれで高額な報酬を要求する。僕もね、彼と同じで面倒くさいんだよ。こまごました依頼をいちいち聞くのが。安くしたらバカみたいに依頼がくるし」

「それってのぶさんが面倒くさいってだけでしょ。ブラックジャックの話はただの言い訳じゃん」

「それなら聞くけど、亮太くんはブラックジャックも毎日風邪やリウマチの診断もやるべきだと思うのかな?」

「それはまあ……ブラックジャックじゃなくてもできるし」

「同じだよ。僕じゃなくても解決するようなことなら、ほかをあたればいい。僕の本業は神社の宮司だからね。占い自体そんなに熱心にやりたいとは思わないし」

「占い、儲かってるんでしょ?」

「お金の問題じゃないよ。食べていくだけなら神社の仕事だけで十分だしね。趣味みたいもんだよ」

「でも、やってほしい人がいるならやってあげたほうが」

「そう簡単なものでもないんだなあ、これが。神社の参拝もそうだけど、みんな自分に利害のあることしか望まないし、祈らない。でもね、たとえば誰かが合格すると、ほかの誰かは落ちる。ある会社の業績が上がれば、別の会社や別の業種は下がる。ある人の願いが叶えば、ほかの誰かの願いが叶わなくなることもある。だからたんなる占いでも、僕が手を施すことでほかの誰かによからぬことが起きないか、よくよく考えてやらなければならないんだ」

「うーん、そっか。そういわれればそうかもしれない。そこまで考えなかった」

「たんにその人に厄災が降りかかっていたり、運気が低下しているだけなら快く祈祷やお祓いをしてあげるよ。格安でね。ほかの誰かに迷惑がかかるわけでもないから。それはまあ神社の通常業務だけどね」

「うん」

「まあ亮太くんが困ったり、何かに迷ったときにはいつでも相談に乗ってあげるし、必要ならきちんと占ってあげるよ」

「でも占い、55万円もするんでしょ?」

「亮太くんならそうだなあ、5円でいいよ」

「適当だなー」

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