プロローグ
青。
狭霧玲人が目を覚ましてまず初めに見たものは、どこまでも広がる無限の空の色と、その端に痛いほど輝く眩い太陽だった。
頬と頭に当たる感触は、おそらく野放図に伸ばされた雑草なのだろう。ひどい青臭さが鼻をついた。
コンクリートと蛍光灯に慣れきった不健康極まりない身体には、毒としかいいようのない大自然である。
なぜこんな場所に自分はいるのか。
狭霧が見当のつかないまま、考え込んでいると。
ひょこっ。
そんな効果音とともに、寝転がったままの視界の端に一人の少女の顔が現れた。
つぶらな栗色の瞳と、子供らしい小さな鼻。年はまだ、15、6といったところだろうか。好奇心旺盛そうな美少女の顔立ちが、心配そうに狭霧の顔を覗き込んでいた。
しかし、それよりも目を引くのは、その髪だ。
青空に良く映える真っ赤な髪の毛が、まっすぐに腰の辺りまで伸びている。真っ白な肌の上を、前髪が同じく赤い眉の辺りを彩っていた。
「~~~、~~~~~~~~~~?」
少女は狭霧の顔を見つめたまま、小さな唇を動かして声をあげた。
しかし、それは狭霧の聞いたことの無い、未知の言語だった。
まるで小鳥の囀るような、細い声とも呼べないような息を吐く音を束ねて紡ぎ上げたかのような、狭霧が耳にした事のある地球のいずれの言語ともまったく似ても似つかぬ奇妙な言葉だった。
ぐい。
親指と人差し指で狭霧が少女の鼻を掴む。
少女は小さく悲鳴をあげてのけぞり、それを追うようにして狭霧は顔を上げた。
狭霧ははじめ、少女のことを髪の色を極彩色に染め上げて、呂律も回らないような麻薬ジャンキーだと思っていたが、どうやらそれは違っていたらしい。
少女の髪は、根元まで燃えるような色をしていたからだ。
とはいえ、ただでさえ日が照っているのに近くに人がいたらそれだけで暑苦しい。鬱陶しかった少女をどかして、狭霧は立ち上がりかけた。
抗議の声もついでに無視していると、遠くから男たちの声が聞こえた。
それを聞いた途端に少女は黙りこくり、慌てて辺りを見回す。
「~~~、~~~~~~~~~~~~~~、~~~~~~~~!」
狼狽した様子で、少女がまたしても意味不明な言葉を発する。
それすら狭霧が無視していると、今度は狭霧の肩と腰を少女が掴んだ。
ぐるん。
小さな身体のそれとは思えないような、異様な力が狭霧の世界を逆さまにした。
頭の上に大地、足元に大空。
何が起こったのか分かる前に狭霧の身体は地面に叩きつけられ・・・・・・は、しなかった。
代わりに、草の伸びた地面にふんわりと押し倒されて。
「おい、何をす・・・・・・」
狭霧が抵抗する前に、少女は狭霧の額に自分の額を合わせた。
そのまま少女は狭霧の手を取り、指を絡めた。
狭霧の目の前に、少女の大きな瞳がある。
何事かを耳元で小さく呟く少女。
その瞬間、少女の身体が渦を巻くように歪み、吸い込まれるようにして狭霧の目の前から消失した。
狭霧は僅かに眉間に皺を寄せると、額を爪で掻いた。
それが白昼夢でなかったことを、確認するために。