第1章(8)ーあっちこっちそっちー
「ワケわからんなんて、そんな殺生な」
俺は涙目で祐希さんの腕にしがみつく。あっ、たくましい腕…………じゃなくて! どうかしてるぞ俺! いや、たしかに祐希さんは男の俺から見てもいい男だが……。
「藤嶺お前ちょっと、いやだいぶいつもと違うぞ。あ、まさかお前……」
「そっ、そうなんすよ! 俺……」
祐希さんはゆっくり俺の手をほどいて、
「“そっち”だったのか……」
「ずでええええ!」
落ちてきたタライを頭に食らったかのような衝撃を受けてへたれこんでいると、
「あれ、藤嶺君!」
と、破れかぶれの屋根に射し込む太陽の光のような声がすっと耳に差し込んできた。立ち上がって振り返ると、授業中に指名されて困っていた俺を助けてくれた、あのボーイッシュな短い髪の女子生徒がこちらに向かって歩いてくるではありませんか。女子生徒はやや困ったような笑みを浮かべながら俺たちの元まで来ると、
「廊下でコントの練習? なに、藤嶺君、お兄ちゃんに付き合わされてるの?」
すると祐希さんはガバッ!と俺から離れた。
「ばっ! 付き合ってねえし!」
え? 目を点にした俺に一瞥をくれた後、祐希さんの妹(仮)は眉を八の字に下げ、
「そういう意味じゃないって……普通そんな勘違いする?」
「い、いや。何でもないぞ妹よ!」
汗吹き出してますよ。
「ふーん、へんなの。ま、いいや。じゃ、バイバイ藤嶺君!」
「お、おお」
妹さんは小さく手を振り、どこからか風を受けたようにスカートをふわっとなびかせ、去っていった。
可愛い……。バイバイって言われたぜ…………。……うおおおおおおおお!
ん、あれ、待てよ妹さん? お兄ちゃん? え、てことは……
「あの子、祐希さんの妹だったんすか!」