第1章(2)ー実はマンションの一室ですー
「こんちゃーっす」
研究所の扉を開きつつアルバイト歴3ヶ月目に突入した高校生さながら、やや生意気ルーキー感を装ったふてぶてしい挨拶を誰にともなく告げると、生活感漂う室内からまばらな乾いた返事が来る。俺は肩にかけたバッグを無造作に床に置き、研究員たちが各自適当な体勢で群がっているこたつ机のもとに向かった。
灰色というか、茶色に紫を混ぜたというか、そんなような陰気臭い室内では奥様向けの朝のエンタメ的報道番組が映されており、洗面所の方ではどこかしら調子の悪い洗濯機が時折ドドドドと不安を煽る轟音を上げるが誰も気にしない。
「よう、中学生に毛が生えたみたいな少年」
俺がカーペットに腰掛けて、こたつ机の上に広げられたピーナッツに手を伸ばしたとき、後ろから蒸気をまとった温かい手が俺の肩に触れた。
「ちゃっす。てか、なんか生々しいっすよその言い方」
振り向くと、タンクトップ姿でバスタオルを首に回したイケメン(悔しいが認めざるをえない)がニッカリ笑っていた。
橘祐希さんだ。俺より2つ年上で、学年でいえば高校3年生に相当するが、やはり俺同様高校には通っておらず、この研究所に勤めている。
「朝からシャワーとは、珍しいっすね」
橘さんは普段、テキトーという概念を擬人化したような人(容姿以外)で、風呂なんていつ入ってるか分からないくらい、いい加減な野郎(敬意を欠いているわけではない)なのだ。
俺の問いに対し橘さんはよくぞ聞いたと言わんばかりに不敵な笑みを口元にこぼすと、男の俺でも虜にされかねないキメ顔で言った。
「ああ。なんせ、今日から晴れて高校生になるんだからな」
「……なんと!」