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転生組2の女

今回も残酷描写があります。

お食事前、お食事中の方は注意してください。

今回は重要キャラクターの話なので、後書きにて今回の話のあらすじを書いてますので、残酷描写が苦手な人は、こちらの方をお読みいただくようお願いします。



それとお気に入り登録が11件になりました。登録していただいた皆さん、ありがとうございます(^-^)/

 * * *


 両手に包帯をした女が木の椅子に腰を掛けて、右手に持ったら木のスプーンで、同じく木で出来た深皿に盛られたスープを貪るように口に運んでいる。


 狂ったようにスプーンを上下させたことにより、木のテーブルの上にはスープが飛び散っているが、これは半分は本気だが半分は演技である。


 三日ぶりのまともな食事ではあるが、草や木の実、それに木の根をかじって飢えをしのいでいたので、これ程慌てる程には腹は減っていない。


 これは目の前の善良そうな男の憐れみを誘うための仕込みでもある。



 * * *


 一日前

 シュウジョウ大陸 べポー地方 火山地帯



 一人の老婆が川沿いにある山小屋を遠目に観察している。小屋の裏には露天風呂があり、そこからもうもうと湯気がたっている。


「さてどうしようかしら。人の良さそうな冒険者らしき男が入っていったわね。身のこなしからするとなかなかの手練れのようね」


 たどたどしい日本語でそう漏らす。 

 



 女は60過ぎであろうか、艶の無い髪は全て真っ白に変わっており、深い皺に覆われた顔は、見るものに苦労と言う名の風雪に堪え忍んだのだろうと思わせるには十分だ。


 実際女は苦労をしている。


 女の地球での名前はS。


 91で他界するまでに、激動の明治維新に田舎の漁村で生まれ育ち、五才の時に口減らしのために、遠方の町の子供のいない あん摩師に養子に出された。


 自分を引き取りに実家までの遠い道のりを歩いてやって来た義理の父になる男の手は、大きくて優しくて安心した。


 しかし義理の父は あん摩の技術を磨くための練習台が欲しかっただけで、発育期の幼子に対して関節を外したり繋いだり、経絡を出鱈目に押したりと、人間扱いなどされなかった。

 あの優しいと感じた大きな手は恐怖の対象に変わってしまった。


 しかし義理の母は優しかった。


 面と向かっては義父に逆らえない義母は、自分も長年練習台にされて利き腕がろくに動かせないのに、ごめんねごめんねと言いながら、紫色に腫れ上がった関節を、動かない手でSが寝るまで擦ってくれた。


 きっと神様が助けてくれるから。頑張ろうね。

 そう言って慰めてくれたのだ。


 そんな義母は10才の時に病で亡くなった。


 義母は潜伏信徒だったが、神は義母も私も助けてくれない。

 涙は出なかった。


 体が成長し、義理の娘が美しい少女である事に気がついてからは時折嫌らしい目で見てくる義父が怖くてたまらなかった。


 それからは練習台になるときはいつも全裸にさせられた。

 時には義父の知人達の前で全裸で練習台にさせられて、全員に体中を触られたりもした。

 執拗に性器を責め立てる男がいると首を上げて振り返ると目を血走らせた義父だった。

 それに気づいた義父は大きな手をかざしてSの目を塞ぐ。


 毎日寝る前に神に助けてくれと祈った。


 しかしそんな願いも空しく、14の時にとうとう犯された。


 それ以降は家の中で布切れ一つ身につける事は許されず、子供を身籠らなかったのが不思議なくらい毎日何回も犯された。


「子供が出来たら行きずりの男に犯されたと言え」


 その言葉が怖くて、神に祈り、夜な夜な泣きながら性器から義父の精子を掻き出す日々が続いた。


 この地獄から逃げたい。神様助けて。毎日そう思った。


16才の時に、田舎と義父の呪縛から逃げるように身一つで上京した。


 そこで一人の男に出会う。


 故郷しか知らない田舎娘などに人を見る目など有りはしなかった。

 出会った頃の男は優しかった。

 他人に優しくなどされたことの無いSは途端に男に夢中になった。


 しかし最初の頃は優しかった男も、Sが身籠った事を知ると途端に冷たくなった。


 結婚はしてくれた。


 しかしそれは世間体を気にしての事で愛情など無かったと今では分かる。

 しかしSは惚れた男のために遮二無二働き、なけなしの稼ぎを渡す。

 男はそんなSの努力を見ようともせずに外に別の女を作り、酒と博打に明け暮れて借金だけを残してアッサリ死んでしまった。


 また神は助けてくれなかった。


 残されたのは多額の借金と五人の幼い子供だけだった。


 借金を返しながら、五人の子供を育て上げた。


 自分の事は後回しにして、全てを時間と労力を子供に自分と同じ思いをさせないために使ったのだ。


 出来る事は何でもやった。

 寝る間を惜しんで働いた。

 借金の返済を待ってもらう為に額を地面に血が出るまで擦りつけた事など数え切れない。


 子供の頃に体で覚えたあん摩の仕事をするが、細腕の女に稼げる額などたかが知れている。

 文句を言って、金を払わず暴力を振るう客は沢山いた。


 ただ子供の為に。それだけが女の希望だった。


 何度も騙され、這いつくばり、それでも歯を食いしばり耐えた。


 体も売ったし、客の財布から盗みにも手を染めた。大きな声では言えないが、人も殺している。


 時代がそうであったのだと割り切れるようには軽くない。


 しかしそんな苦労を嘲笑うかのごとく時代に翻弄され、空襲を逃げ惑い、戦争を生き残り、しかし子供を全て戦火で失った。


 結局何も残らなかった。


 神など居ないのだ。Sは絶望した。


 そしてそれからは神を信じず、人を信じず、ただ己のために何者かに成るために生きようと誓った。


 しかしSはやり直すには既に年老い過ぎていた。


 死の間際、Sの心に去来するのは、他人の心の不可解さと、深い絶望と、神への呪いだった。

 そして静かに誰にも看取られずに息を引き取った。




 絶望の中で息を引き取ったSが目を覚ました時、そこは異世界だった。

 S は異世界で一人の赤ん坊として生まれ変わったのだ。


 S の転生した異世界は人と魔物が対立する世界だった。


 魔王は既に30年程前に倒されていて、小規模ながら魔王軍の残党が今でも各地で暴れていた。


 共通の敵がいるのが幸いしているのか、人の国同士の戦争は無く、軍隊の存在意義は、主に魔物の進行と、盗賊等の犯罪者に対するものだった。


 魔法は存在していて、全ての人が多少なりとも生活レベルの簡単な魔法は使えた。


 しかし魔物との戦闘に使える程の使い手となると、軍の将校、冒険者、魔術師等、とたんに数は減る。


 ちなみに魔王を倒したのは、先代大賢者の剣の魔術師である。


 

 そんな異世界でSはマリーアと名付けられた。


 マリーアの家は裕福な商家で、大陸でも有数の商館を営み、多くの土地も所有していたし、父は結婚が遅かったため30を軽く越えているが男爵の称号を持っていた。母は平民の出だが若く美しかった。


 そこで何不自由なく育つ。


 マリーアは美しい少女に成長した。

 少しウェーブのかかった金髪を背中まで伸ばし、愛らしい碧眼は宝石のように輝いている。

 誰もが認める美少女である


 しかし14才の時に父が病気になり、寝たきりになった。

 父の病気にはいかなる薬も回復魔法も効果が無く、徐々に弱っていった。


 そしてそれを切っ掛けに、マリーアは少しづつ前世の記憶が蘇り、混同し始めた。

 そしてある日、出入りの若い商人の大きな手を見かけた時に完全に記憶が戻った。


 前世での記憶は14の娘には辛く重すぎた。

 そしてマリーアは高熱を出して寝込んでしまった。


 高熱にうなされるマリーアは夢を見た。


 狂暴な義父の顔、祈りを捧げる義母の顔、冷ややかな目で見る夫、戦争で失った子供たち、全員が何も話し掛けてこない。


 何なの?何を考えてるの?何か文句でもあるの?

 私は精一杯やった。文句なんか言わせない。

 もうあんな人生は送らない。

 私は違う人生を手に入れるんだ。


 翌朝、まだ薄暗いうちにマリーアが目を覚ました時には熱は引いていた。

 そして少女の目にはそれまでには無かった闇が宿っていた。


 * *

 

 日が登り始めた頃、一人のメイドが様子を見に来た。


 お嬢様、御加減はいかがですか?着替えをお持ちしました。

(小娘、手間をかけさせないでよね。)


 メイドに小娘って言われたような?まさかね。

 マリーアは気のせいだと思った。


 メイドの報告を受けて母が様子を見に来た。


 熱は下がったようね。念のため今日も寝てなさい。

 父様も心配していたのよ。

 そうそう、明日からあなたに新しい家庭教師をつけますからね。まだ若いけれど有能な商人なのよ。

 (やっぱり若い男の体が一番ね。もうすぐあの人は毒で死ぬからこの子にも新しい父親を紹介しないと。明日も楽しみだわ)

   

 ???

 毒で死ぬ?新しい父親?まさか父様の病気って…

 それにもしかして…これは…



 人の心の声が聞こえてるの?




 マリーアのチート能力は読心であった。

 目の前に居る人の考えている事が直接頭の中に聞こえてくるのである。

 目の前だけでは無く、半径5メートルに居る人の考えが読める事も分かった。

 それに一度でも会った事がある人なら、その人の顔を思い浮かべると、どれだけ離れていてもその人の考えている事が読めるのだ。


 前世で91才の過酷な人生を生き抜き、異世界で15年過ごした106才の怪物に隠し事は不可能になったのだ。



 次の日から若い商人が家庭教師で来た。

 あの大きな手の商人であった。


 護身の為か武芸にも秀でているのだろう。ガッチリと引き締まった体に、少年のようないたずらっぽい笑みをする男であった。


 マリーアさん、宜しく。

 男はそう言ってニッコリ微笑む。


 しかしマリーアには分かっている。


 この男が母を(そそのか)して父を毒殺し、再婚したあとに母も殺してこの家の財産を乗っ取ろうとしている。


 先程からこの男の薄っぺらい計画が聞こえてくるのだ。


 男は、出会った時から事あるごとにマリーアの事も頭の中で裸にして何度も犯している。

 この男はマリーアの体も狙っているようだ。


 心を読むまでもなく、あの目付きと態度には何度も煮え湯を飲まされた。他人を利用し、騙し、利益を得ようとする人間特有のものである。


 やれやれ。

 106才の怪物は心の中で溜め息をついただけで全く動じない。

 もう神の助けを泣いて待つだけの小娘ではないのだ。


 父は母の事を貞淑な妻だと思っている。仮にどれだけ訴えても小娘の戯言だと一笑されて終わりだろう。


 そこからのマリーアの行動は早かった。


 母に父の病状や病名を尋ねると、あっさり目当ての事を連想した。

 そして隠し持っていた毒薬を化粧台の中から見つけた。


 二人が性行為を終えた後にいつも飲む酒も分かっている。その酒に致死量の数倍の毒薬を入れておいた。


 二人は次の日に母の寝室で全裸で死んでいるのを発見された。


 妻が密通していた事は貴族にとって恥じ以外の何物でもないのだろう。父は家の者に厳重に口止めをし、事故死として内々に処理された。


 簡単なものだ。


 マリーアに母殺しの罪の意識はない。道端に転がっている石ころを蹴り飛ばした程度の感覚しかないのだ。

 私の人生を邪魔するものは排除する。ただそれだけである。


 毒薬を飲まなくなった父は日に日に目に見えて回復してきた。

 妻に裏切られたショックを微塵も見せずに、ただただ娘のために自分が頑張らねば。

 それを拠り所にしているのが読み取れた。


 ハハハ、傑作だ。

 マリーアは父の健気な決意を嘲笑う。

 この男にはまだ使い道がある。だから生かせておいただけなのに。


 マリーアは父が回復して仕事に復帰し始めると自分も手伝った。

 商売、取引、財務、人脈、政治、土地管理等、覚える事はいくらでもあったが、若い頭脳は読心の能力も駆使して、真綿が水を吸収するように貪欲に短期間で身につけていった。


 父が伝えたい細かい知識や重要な事はもちろん、有力者の顔や名前、会話した内容、数字や土地のイメージ等、全て読み取れるので覚えが早いのは当然である。


 父も聡明な我が子に与えられるだけの知識を惜しげもなく与えた。


 マリーアは忙しい時間を裂いて、細剣(レイピア)術、魔術、魔物の知識も勉強した。


 身を守るなら護衛を雇えば良いのだ。と言う父の言葉を、護身の為に覚えたいの、と説得して金とコネを動員して家庭教師も雇った。


 他人は同然利用するが、最後に自分の身を守れるのは自分だけだとマリーアは知っている。



 細剣術は大陸一の疾風の異名を持つ全身傷だらけで長身の女冒険者に。

 魔術は次代の大賢者候補筆頭の炎熱の異名を持つ痩身の男にそれぞれ習った。

 魔物の知識は両方からだ。


 これも今までと同じだった。


 女冒険者からは細剣の扱い方、体捌き、目線の動かし方から攻撃のタイミング、技の最適な使い方、奥義、奥の手、静音歩行術、殺気の消し方、読み方等。


 武器の種類や素材、特性、弱点、使用法、対処法、耐久力、手入れの仕方、製造法等。


 冒険中の成功談、失敗談、村や街の情報、土地土地の知識。安全なルートに夜営方法と注意点。


 有力冒険者、危険な盗賊団、それに犯罪者の名前、姿、性格、特技、得意武器、戦闘スタイル等。


 トラップの種類、仕掛け方、解除の方法。


 更には魔物の名前、姿、生息場所、攻撃パターン、習性、弱点、対処法等。


 全てを余すところ無く読み取り吸収した。



 魔術師からは魔術の基礎知識に始まり、基礎理論、応用理論、発展理論、異端理論等。


 魔法の概念、種類、威力、魔力の使用量、運用方、効率的使用、応用、開発中の極大魔法、古代魔法、失われた禁術の断片等。


 魔力測定、増加法、減少法等。


 魔方陣の概念、知識、種類、書き方、消し方、術式、応用、発展等。


 物理結界、魔法結界、物理障壁、魔法障壁、その基礎と応用等。


 生活レベルから戦術レベルまで、これらも全て読み取り吸収した。


 知識として吸収するのは一年程で終わっていたが、更に一年かけて体を鍛え、その知識を自分の体の血肉になるまで昇華させるのに使った。


 二人の家庭教師からは剣の魔術師の再来である。

と、最大の賛辞をもらった。


 その頃には父の仕事の全ての事を完全に理解して身に付けていた。


 読心のスキルも今では全力で使えば半径30メートルは展開させられるし、知能のある魔物なら考えを読み取れる。 それに知能の低い魔物や動物なら位置は分かる。



 マリーアは16才になっていた。準備は整った。

 マリーアの瞳は何者も寄せ付けぬ程、更に深く濃く闇色に染まっている。


 二人の家庭教師から最終試験が出された。

 それは実戦形式での模擬試合だ。


 午前中は女冒険者と森の中でどちらかが降参するか気絶するまで。

 午後は魔術師と森の中でどちらかが降参するか気絶するまで戦うのだ。


 午前中の勝負は一瞬でついた。


 森に入り、魔術師が家に居るのと、回りに誰もいないのを読心で確認したあとに、女冒険者の心臓を後ろから魔力を込めた細剣で一突きにしたのだ。


 同然即死である。


 先生すいません。私の実力を知るものがいるのは都合が悪いのです。


 女冒険者の心臓から噴き出す鮮血を浴びて、口元に垂れる血をペロリと舐めとりながらマリーアはそう思った。


 その瞬間、マリーアの体に異変が起こった。


 視界が頭一つ高くなり身に付けていた服が体を締め付ける。いや、服だけでは無い。スボンもベルトもブーツも全てが締め付けてくるのである。動きが鈍くなる。


 まさか魔法か?


 とっさにマリーアはそう思い、読心の能力を全方位に最大で展開させる。同時に対物理、対魔法の障壁も二重に展開させた。


 鳥や小動物は何匹かは居る。しかし人も魔物も居ない。


 どういう事なの? 

 マリーアは訳が分からず細剣を構える。


 マリーアは気付く。

 ふと自分の腕を見ると傷だらけなのだ。


 もう攻撃された?しかし血も出てないし痛みも無い。

 と言うかこの傷は…いや、この腕は…


 マリーアは自分の全身を見る。


 腕も、足も、腰も、胸も、手も、見る。

 顔も触ってみる。

 手のひらにベットリと返り血がつく。


 この体は…

 マリーアは、その血にも構わずにわなわなと震えている。


 先生のだわ…



 * *


 マリーアは肩にさげた荷物を下ろし、服とズボンを切り裂き、その場でブーツと下着だけの姿になる。下着も引きちぎる。


 全身が傷だらけの疾風の異名を持つ女冒険が裸身を晒している。


 目の前には心臓を突き殺された死体が倒れている。


 いったいどういう事なの?

 マリーアは錯乱寸前だ。


 私が先生になってる…何かの呪いなの?それとも強制変身の魔法?いや、変身の魔法は一部の高等魔族にしか使えないはずよ。しかも他人を変身させるなんて聞いたこともない。もしかして家に居るアイツが…


 そう思い、自宅に居る魔術師の顔を思い浮かべる。


 しかし魔術師はさっきと同じく読書に夢中なのか本の内容しか読み取れない。


 違う。別の理由だわ…どうやったら戻れるの?

 そう考えたとたんに視界が頭一つ低くなる。


 そこには森の中で全裸で立ち尽くすマリーアがいた。

 マリーアは全身を確認する。


 腕も足も腰も胸も尻も手も顔も私のものだ。


 顔や髪に飛び散った鮮血が首を伝って白い胸に垂れてヘソに向かう。。

 まるで片方の胸だけに赤い下着を着けているようだ。

 

 いったい何なの?

 戻った事は嬉しいが、マリーアの困惑は解消されない。


 全裸のまま、マリーアはうつ伏せで絶命している女冒険者をひっくり返す。


 痛みと驚きにひきつるその血の気の無い顔を見た瞬間、視界が頭一つ高くなった。

 また女冒険者の姿になったのだ。


 そ、そうか、殺した相手の顔を思い浮かべると変身出来るのかも。あるいはさっき舐めた血が条件かも知れない。あるいはその両方か。

 マリーアはそう仮定して戻れと念じる。


 やはり戻った。

 そのあと何度か変身と戻るのを繰り返して確認する。


 やはりそうなのだ。これは変身能力なんだわ。

 マリーアは自分が全裸なのも忘れて笑い転げた。


 アハハハハ!傑作だわ!読心と変身の二つの能力を手に入れちゃったわ!アハハ!これってやりたい放題じゃないの!

 先日雨が降ったので地面はぬかるんでいる。

 全身が泥だらけになるのも構わずに転がり続ける。


 しばらく笑い転げて疲れたのか、ゆっくりと立ち上がる。笑いすぎてまだ腹筋が痛い。


 ある事に気付いたのかマリーアの眉間に皺が寄る。

 そして再度、変身と戻るのを繰り返す。




 一時間程それを繰り返したか、女冒険者の顔を思い浮かべても変身しなかった。


 よし。


 マリーアは小さく呟き、次に女冒険者の顔を思い浮かべながら変身と心で念じる。

 泥だらけの女冒険者がそこに立っていた。


 次に戻れと念じる。

 女冒険者のままだ。


 よし。


 今度は自分の姿を思い浮かべながら戻れと念じる。

 そこには全身泥だらけで全裸の16才の姿の少女が立っていた。


 マリーアは顔を思い浮かべるだけで変身するのではなく、念じる事を追加することで初めて変身するように練習していたのだ。

 これは突然変身してしまうのを防ぐためだ。

 戻る時も同じである。


 そこには年を経た化け猫のように周到な107才の少女がいた。


 異世界の住人は、神をも恐れぬこの少女に蹂躙されることをまだ知らない。



 * * *


 シュウジョウ大陸 べポー地方 火山地帯


 両手に包帯をした女はスープをお代わりして飲みながら、男の隙を伺っている。

 言葉が分からないのがバレると不味いかも知れないので、耳は聞こえず、口もきけないフリをしている。


 小屋を訪ねた時に男は奥の部屋で何かの獲物を解体しているのが見えた。つまりあの部屋には刃物があるはずだ。

それを手に入れさえすれば異世界で習い覚えた剣術で、一撃で倒す事も可能だろう。


 チート能力さえ失ってなければこんな面倒な事をしなくても魔法で簡単に殺せるのに…

 あの邪神がどれ程の力があるかは知らないが、いつか必ずぶっ殺す。


 しかしこの男はさっきからじっとこっちを見て気持ち悪い。このやたら旨いスープをガツガツ飲んでるものだから、作り手としては嬉しいのだろうか。

 何で出汁を取ったのだろう?殺すのは確定しているが、作り方は知っておきたい。この四角く小さく肉も少し固いが旨い。


 こいつを殺したら、さっさと風呂に入ろう。

 三日も風呂に入って無いから髪がギトギトしてるし、顔を隠すためと哀れみを出すために泥で顔を汚しているので気持ち悪い。

 この小屋の裏に露天風呂があるのは確認している。

 人殺しの後の風呂は最高に気持ちいいし、それが屋外の露天風呂なら尚更だ。

 あー、早くサッパリしたい。


 女がそう考えて目を閉じた瞬間に、首筋に熱いものを感じて手を当てる。

 なに? このヌルヌルしてるのは?

 そう思い手のひらを見ると赤く染まっている。

 え?この赤いのは?まさか…私の血なの?


 頸動脈を切られた?…の?


 だんだんと薄れゆく意識の中で女は見た。

 回りの空間に風の魔法で作った小さな竜巻を無数に遊ばせながら、無表情で目の前に座ってる男が老婆の姿に変わるのを。


 その左手の甲には2の数字が書かれていた。


 (そんなバカな事が…チート能力も無しに変化の魔法が使えるなんて…それにそんな高度な風魔法まで使えるなんて…まだ三日しかたってないのに…

 何で?意味が分かんない…)

 もう女は声も出せない。


 しかしその声に出せない声を聞いたように老婆が答える。


「バカなもなにも普通にチート能力よ。ああ、それとさっきのスープの出汁と肉はこの小屋に居た冒険者の足よ。

 久しぶりの日本語なんだけど変じゃないかしら?」

 そう話ながら首から血を流す女の顔の泥を拭いて、手に巻かれた包帯を取る。右手の甲に310と書かれている。


 (何でチート能力が?汚い汚い汚い!反則じゃないの。

 ああ、死にたくない助けて。何でもするから。)

 喉からはヒューヒュー音がするだけで、やはり声になっていない。


「そんなに悲しい顔をしないで、あなたの体は私が永遠に使ってあげるから。あっ、あなたが晒されてる時から気になってたのだけど、その可愛い髪形は何て言うの?

 …そう、ツインテールなの。」

 そう言いながら老婆はツインテールの女の服を脱がせ始めた。


 (た、たすけ、たすけて…)

 喉鳴りも消えかかっている。


「さあ、貴方の血を飲んだらお風呂でキレイにしてあげるから。干し肉になるのと、塩漬け肉になるののどっちがいい?」

 老婆はそう話かけるが、もう返事は返って来なかった。



 

 その老婆は前世から数えて152才になるマリーアである。


 何ゆえチート能力を持っているのか?

 何ゆえ開始から三日で高度な魔法を使えるのか?



 目から命の光を失った女の疑問に答える者はいない。






 明治初期に生まれたSは、義父に性的暴行を受ける。

 そして逃げるように上京した先で知り合った夫は酒と博打に明け暮れてSと五人の子供と借金を残し早死にする。

人に騙され辛酸を舐め、時代に翻弄されて子供も全て失った。

 91才でこの世を去ったSは異世界でマリーアという赤ん坊として転生する。

 14才の時に前世の記憶が甦ったマリーアは、読心のチート能力を駆使して異世界の知識と細剣術と魔法を学ぶ。そして第二のチート能力である殺した相手の血を飲むと、その姿になれる変身の能力に目覚める。

 場所は変わって異世界アールグロン。

 とある山小屋に現れた女は、そこに住む冒険者を狙う。両手には包帯をしている。

 一瞬の油断で女は首の頸動脈を冒険者に魔法で切られる。

 冒険者は左手の甲に2の数字が書かれた老婆に姿を変える。

 何と、その冒険者はチート能力で変身していた通算152才のマリーアだったのだ。

 何故チートにが使えるのか?

 何故魔法が使えるのか?

 それに答える者はいない。





後書き




このマリーアもかなり好きなキャラクターです。


どうも僕は、過去に濃い影をもつ人物が好きなようです。


主人公的にはツインテールのJK が脱落したことを知ったら激怒するかもしれません。


今は内緒にしておいてください。


それよりマリーアが一人だけチート能力を使っているのを心配した方がいいとは思います。


この小説では、念話やテレパシーのような魔法や能力はあります。しかしこれはあくまで離れた人と連絡をとれる能力でしかありません。


マリーアのような人の心を読む能力は特別なのです。


それこそあの邪神ですら持ち得ない能力なのです。


でなければ、プロローグで主人公の罵詈雑言を邪神アリスが見逃すはずはありませんし、嘘をつく、つかないなんて些細な事が重要視されるはずがありません。


そうです。人の心の機微は、神ですら見通す事は出来ないのです。


この事とマリーアが読心のチート能力を持っている事は直接は関係ありませんが、その理由については後日語られる事があると思います。


まあ、読心と変身能力、更にはレベルが足りないので弱体化していますが、高位の魔法も使えるとは、さすがに反則的過ぎるとは僕も思います。


ツインテールのご冥福をお祈りいたします。



でも実は、初期のプロットでは、このツインテールはヒロインだったんですけどね。


アハハは…


はは…


どうしてこうなった?



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