フェイズの胎動
* * *
どこかの森上流 滝の洞窟内部
そこは不思議な空間だった。
入り口付近の通路は人一人が通るには十分な高さと幅がある。
しかし数十メートルもの高さから落ちる滝により入り口は塞がっている。
ごうごうと洞窟内部に響き渡る音がその水量を物語っているが、とてもではないが生物がくぐり抜けられる限界を超えている。
くぐるどころか跳ね飛び散る水滴だけで目を開けるのも困難だ。
季節は夏であるにも関わらず数十万年を経た鍾乳石のような太い氷柱が数え切れない程、天井から垂れ下がっている。
天井、地面、壁、全てが氷に覆われていて、生き物の気配も無く、一本の草さえ生えていない。
しかし内部の空気は見た目通りには寒くは無い。
触ってみると分かるが、氷からは全く冷たさを感じない。
まるで透明な石だ。
洞窟内部は昼間のように明るい。
厚い氷に覆われた岩盤の壁が眩しく光っているのだ。
その光に照らされて入り口付近の激しい水滴にさらされいる辺りにある緑の液体が動いたように見えた。
一匹のスライムだ。
そのスライムは辺りを確認するように少し動いたあと、激しく降り注ぐ水滴から逃れるように奥へ移動を始めた。
ここまで来れば大丈夫だろうと思ったのか、何かに気づいたのか、あるいは思い出したように、ある程度避難したところで心の中で呟く。
メニューオープン
フェイ2 レベル1 種族=スライム
体積500ml
装備 なし
魔法 なし
スキル 複製
統合
特技 溶解レベル1
自切レベル1
やっぱり減ってる。確実に減ってる。
500ml しか無い。嘘だろう。半分だ…
引き裂かれるような激痛で一度は目を覚ましたが、そのあと上下も分からないくらい、もみくちゃになった所までは何となく覚えている。
オレの体は滝壺にのまれた衝撃で千切れたのか?
くそう、もう半分は下流に流されたのか?
もしかして特技の自切の効果なのか?
どうやったら回復出来るんだ?
…
わからない。
スライムに焦りと危機感が募る。
焦りに支配されたスライムは回りに危険が無さそうなのを確認して気を配りながら奥へと進む。
どうやら食べ物を探しているようだ。
奥へと進むごとに洞窟はだんだんと狭くなっていく。
曲がりくねった通路を進み
切り立った崖のような斜面を下りる。
進んで曲がって少し上り、進んで今度は長い下りだ。
下りたところで直線が続いて、螺旋状に下っている岩場を警戒しながら少しづつ下りる。
死角は多い。
出会い頭に魔物に遭遇したらそれで終わりだ。
焦るな…。スライムは自分に言い聞かせながら、慎重に進む。
上りや水平な通路はほとんど無くなり、ずっと下りが続いている。
休んでは進み、進んでは窪みに隠れるように眠る。そしてまた進む。
これを延々繰り返す。
どこまで下りるんだ?
かなり進んだにも関わらず何も見つけられない事にスライムの不安は募る。この洞窟に来てから既に何日もたっているはずだ。
腹も減っている。しかしスライムの体の仕組みは分からないが、餓死しそうな感じはしない。
更に下へ下へと進む。
…
…
…
時間の感覚はもう無い。
…
…
…
まるで地獄に通じる道のようだ。
…
…
…
もしかしてオレはもう死んでるんじゃないのか?
しかし死んでるなら腹は減らないか。
そんな事をスライムが考えていると、雰囲気がまるで違う場所に出た。
大人がやっとくぐれるだけの穴を抜けると、滑らかな黒石が隙間無く並べられた通路があった。
それまでの氷に覆われたゴツゴツした岩場とはまるで違う人工的なものであるのは間違いない。
スライムは少しだけためらう素振りを見せて、観念したように奥へと歩を進める。
その通路はさほど長くなく、すぐに開けた場所に出た。
そこは黒一色の異様な空間であった。
床も壁も天井も全てが漆黒で鈍く耀いているようだ。
天井は高くドーム状になっていてる。
その空間を見てスライムは、何故かは分からないがあの邪神に呼ばれた場所に雰囲気が似ていると思った。
しかしあの空間より遥かに大きい。
黒一色なので分かりにくいが、その空間の中央付近に何かがあるように見える。
スライムは目を凝らすようにジッと凝視をしているが、さすがに遠すぎて良く分からないようだ。
あそこまで行くと何かあった時に逃げようがない。
どうする?
スライムはしばらく迷ったが、とりあえず壁に沿って一周してみる。
入って来た通路以外に出入り口は無かった。
ならばと意を決して中央に向かう。
それは5M四方に堀られた穴だった。
深さは1M程。
穴の側面にはびっしりと何かの文字が書かれている。
しかしスライムは、そんな事よりその穴の中央に有るものを見て驚いた。
それは人間だった。
膝程までの長い金髪の男だ。
年は20前後くらいに見える。
スライムは何処かで会ったことがあるような気がしたが、外国人の知り合いはいないので気のせいだろうと思い出すのを止めた。
何も着ておらず、血の気の無い肌を晒してる。
目は閉じられていて胸の所で手を組んで眠りながら祈るような姿勢で横たわっている。
胸が上下していないところを見ると、どうやら死んでいるようだ。
穴を下り、男の胸に乗る。
やはり心臓の鼓動は聞こえない。
しかし体のどこも全く腐敗していない。
疑問はあるのだろう、しかしスライムに選択の余地などありはしないのだ。
スライムは胸から組まれた手の上に移動して、それを食べ始めた。
しばらくすると金色の粒子が体の中で渦を巻き、そして消えていく。
手は原型のままで、全く溶けているようには見えないが、腹が膨れたような気がするので食うのは食ったのだろう。
スライムは心の中で念じる。
メニューオープン
フェイ2 レベル1 種族=スライム
体積1000ml
装備なし
魔法なし
スキル 複製
統合
特技 溶解レベル1
自切レベル1
スライムに喜びの色が浮かぶ。
しかしすぐに大きな疑問に気づく。
フェイ2ってのは何だ?パワーアップしたのか?
スキルも増えてる。複製?統合?何のスキルだ?
今覚えたのか?それともこの洞窟に来た時には覚えていたのか?
無かったような気はするが…う~ん。
まあそれはいい。
回復はした。
しかし出口は無い。
あの滝に飛び込み脱出するのは最後の手段だ。
となると、やれる事を試すしかないか。
スライムはそう考え、頭の中で複製と念じる。
グラッとするような目眩と倦怠感に襲われ、体から何かがごっそり抜け出すような感じがした。
目の前に一匹のスライムが出現した。
(うわ!!何だこいつは?いきなり出やがった。)
(うわ!!何だこいつは?いきなり出やがった。)
スライム二匹が同時にビクッとしてそう言う。しかし声は出ていない。
(喋った!!??)
(喋った!!??)
(真似するな!!)
(真似するな!!)
(…………)
(…………)
(喋れよ!!) バシャーン!!
(喋れよ!!) バシャーン!!
同時にツッコミを入れて同時に緑の水を浴びる。
(まさか…)
(まさか…)
そして同時に結論が出た。
(オレ…なのか?)
(オレ…なのか?)
* *
二匹のスライムはしばらくお互いの周囲をグルグルと回り合い、そしてまじまじと観察して呟く。
(やっぱり目はないな。何だこの気持ち悪い生物は。)
(やっぱり目はないな。何だこの気持ち悪い生物は。)
(…………。お互いの悪口はやめよう。)
(…………。お互いの悪口はやめよう。)
二匹ともダメージを受けたようだ。少し項垂れている。
そして何か思い付いたように同時に叫ぶ。
(ちんころりんころコロリンコ!!リンコ!!ピン子!!)
(ちんころりんころコロリンコ!!リンコ!!ピン子!!)
(お前はオレだ。間違いない。ポコニャン!!)
(お前はオレだ。間違いない。ポコニャン!!)
(さすがオレだ。油断も隙もない。マメマーメ!!)
(さすがオレだ。油断も隙もない。マメマーメ!!)
(キリがない。止めよう。メニューオープン!!)
(キリがない。止めよう。メニューオープン!!)
フェイ2 レベル1 種族=スライム
体積500ml
装備なし
魔法なし
スキル 複製
統合
特技 溶解レベル1
自切レベル1
フェイ3 レベル1 種族=スライム
体積500ml
装備なし
魔法なし
スキル 複製
特技 溶解レベル1
自切レベル1
二匹はそれぞれ内容を確認して呟く。
同時ではあるが今度は同じではない。
(あっ、500mlに減ってる。複製すると半分になるのか)
2がそう呟く。
(あっ、500mlに減ってる。うわっ!!オレがコピーだ。フェイ3になってる。それにスキル統合が無い…
お前はあるのか?)
3が緑の体を青ざめさせて力無くそう尋ねる。
(勿論ある。何だ何だ、君は3ですかあ?
フハハ、まあ元気出したまえよ。そのうち良いことあるって。)
2が見下すように言う。
(くそう。この野郎調子に乗りやがって。いや、オレが2なら間違いなく同じ事を言ったな。
ん?でもお前も2なんだからコピーじゃねえの?
ギャハハ!!アホだ。アホがここに居ます~)
3が大笑いする。
(ま、マジっすか?これは結構ダメージデカイですね。
お前はオレなのにさっきはバカにしてスイマセンでした)
2が穴があったら入りたいとばかりに小さくなっている。
(いや、オレも言い過ぎた。なんかゴメン。
ほら?元気出そうぜ!!
そうだ、メシにしよう。な?一緒に食おうぜ。)
(うん。)
そうして二匹はまた指の上に乗り溶かし出した。
どうやら仲良く1000ml まで回復したようだ。
作者と小説の神様との会話
フェイくん
やってしまいました。神様。
小説の神様
まあまあ面を上げなさい。フェイくんよ。
御意!!
何をやったのですか?素直を話せば許してくれますよ?
あの~。分裂させてしまいました。
分裂ぐらいするでしょうよ。スライムなんだから。
いや、それが、そのお…
何ですか煮えきりませんね。言ってしまいなさい。
主人公なんです…
何がです?
分裂したのが…
はあ?
主人公が分裂したのです!
へ?
主人公が分裂したのです!
二回言わなくてよろしい。ま、まあ、三匹くらいなら…
増えます。
え?
まだまだ増えます。
どれくらい?
分かりません。
分からないって、あんた作者でしょ?
一応そうです。
じゃあ分かるでしょうよ?
いえ、勝手に動き始めました。
何が?
フェイズです。
どういう事なのですか?
僕は分裂させる予定なんてなかったのです。
いやいや、あんたが書いたんでしょうか!!
確かにそうです。アイデアも確かに風呂でうかびました。
でしょう?
はい。でもこんな事になるとは思わなかったのです。
どういう事なのですか?
フェイズが僕に囁くのです。
キャラクターが作者に囁く?何と囁いたのですか?
もっと増やせと。
は?
無茶苦茶に増やせと。
む、無茶苦茶にですか?
はい。無茶苦茶にです。
わ、私からは一つだけしか言えませんが。
お願いします。
ほどほどになりませんか?
分かりません。フェイズが囁くのですから僕にはどうしようもありません。
ーー
まあ、こんな感じで書いた話です。ホントどこまで増えるんだろう。