初めての異世界
* * *
とある森の中
オレは興奮していた。
どうやら本気で勝負する時がきたようだ
話は三日前に遡る。
気がつくとそこは日の光がほとんど射さないほどの緑に覆われた森の中だった。
横を少し見ると汚い緑の水と、地面が見えた。
視界が低い。
いや、低いと言うか地面と同じ高さだ。
顔も体も動かせない。
コンクリで固められてるように全く動かない。
動かせるのは眼球だけだ。
どうやら小さな水溜まりの真ん中に顔だけ出して埋まってるようだ。下手をすると水溜まりで溺れてしまう。
他には木がサワサワ揺れてるのしか見えない。
何この状況?ここが異世界なのか?いきなり死にそうなんですけど。それに水が汚な過ぎる。口に入ったら病気になりそうだ。
その時。
<名前を入力してください。>
突然近くで声がした。女の声だが、どこか事務的だ。
(誰かいるのか?助けてくれ。溺れそうなんだ。)
喉をやられているのか声が出ない
<文字数をオーバーしています。名前を4文字以内で入力してください。>
(なんだ?声にはなってないのに聞こえるのか?
それより4文字って何の事だ?早く助けろ)
やはり声は出ない。
<文字数をオーバーしています。名前を4文字以内で入力してください。>
また同じ言葉が聞こえた。
と言うか、頭に直接響いている感じだ。
名前を言わないと助けないつもりか?しかし異世界で得体がしれない相手に本名を名乗るのはどうか。
ここは偽名を使おう。
そう考えたオレは適当にゲームで良く使う名前を声に出した。
もしここが異世界がじゃなかったら赤っ恥だが、それはそれで羞恥プレイでアリだな。
(フェイ)
<フェイで宜しいですか?>
何をグズグズやってやがる。こっちは必死なんだ。
(それでいい。それより早く助けろ)
<フェイで登録しました。魂と肉体の接続が完了しました>
(分かった分かった。何でもいいから早く助けろ。)
しかしそれ以降、どれたけ待っても声は聞こえないし誰も来る気配はない。
嘘だろ?こっちは指一本動かせないってのに…
(おい!誰か?いないのか?くそ!!)
こうなったら何とか自力で脱出するために足掻くしかないと思い、諦め気分で両手を動かそうとする。
しかし予想に反して何の抵抗もなく持ち上がった。
バシャーン!!
いきなり何の前触れもなく緑の水溜まりがグワッと盛り上がり顔にかかって来た。視界が緑に染まる。
うわっ!!どうなってやがる。あっぷあっぷ、ぷぷ。
溺れてたまるか。
顔にかかった水を払おうと腕を振り回そうとする。
そのたびに水は頭の上でぐるんと回転してまた顔にかかり、視界をふさぐ。
それを何回か繰り返したところで気づく。
ゆっくり腕を下ろす。
あれほど暴れていた水は、元の水溜まりに戻る。
腕を振り回す。バシャーン!!顔にかかる。
下ろす。水溜まりに戻る。
え~と、これはつまりあれか?まさか。この汚い水は…
オレの体なのか?
放心状態のまま1時間はたっただろうか。いや、5分くらいかもしれない。
あのイカれた邪神アリスが言ってた事が本当なのは、考えた通りにウネウネ動く水溜まりが証明している。
オレは緑のスライムなのだ!なのだ!なのだ!
八~、えらいこっちゃ。
大きなため息を内心でついて、考える。
スライムって言ったら、普通はあの青いぷよんぷよんした可愛いヤツだろうが。
何でこんなに不定形?バブルのヤツか?そうなのか?洋ゲーなのか?そうなのか?ゲル状なのか?そうなのか?
どないやねん!!
バシャーン!!
一人でツッコミを入れて顔に水がかかった。
いや、顔は無いので目の辺りって事なんだけど。
鏡が無いので何ともだけど目があるのかどうかも実は怪しい。
水でも被って頭を冷やせと言うことか。
よーしよし。いっちょうネガティブポジティブシンキングでもするか。
ポクポクポクポク…チーン。
そうだ。もしかしてスライムなら服だけ溶かす事が可能かもしれん。
拘束されて暴れる女。
ゆっくりと体を這い回る緑のスライム。
徐々に溶けていく服。露出する肌。悶える女。
次は下着だ。いいんじゃないですか?
これでいこう。落ち着いた。
落ち着いたところで、まずはこの体で何が出来るかを実験しよう。自分の体と能力を把握しないと勝てるものも勝てないよね。
敵の尻、己の尻をかじれば、100戦危うからず。だな。
まずは大きさだが。
比較するものがないのでなんとも言えないなあ。
あっ!そういやアリスが頭にメニューが出るとか何とか言ってたような。よし。メニュー画面オープン!!
フェイ レベル1 種族=スライム
体積1000ml
装備なし
魔法なし
スキルなし
特技 溶解レベル1
自切レベル1
出たよ。
出た出た。
出たけども。
ご親切にどうも。体積が書いてある。
1000ml って事は、500のペットボトル二本ですな。
少ない。
夏場ならゴクゴク、プハッ!もう一本!ゴクゴク。で、終わりなんですけど。
まあ何か食べれば増えるだろう。増えると信じたい。
とりあえず自分の大きさが何となく分かったのは大きい。これで何か発見しても、自分と比較すればサイズがわかるだろう。
その下に特技溶解を見つけた。
やはり予想通りあったか。
さすがオレ。マジさすがだよ。よっ!天才スライム。
これで明るい未来の目処がついた。
夢は見るもんじゃない。叶えるものだ!!必ず実現してみせる。
それにしても溶解レベル1って事は強くなるのか?
服だけ溶かせればいいので微妙だが、弱すぎてもダメだ。
しかし当然レベルを上げすぎて皮膚まで溶けちゃったらもっとダメだ。
あくまでも服だけを溶かさないと意味がない。それも一枚づつ溶ける絶妙な強さの溶解にしなければ。
これはやりがいがある仕事だ。
極めねば。溶解研究の第一人者にならなければ。
人は常に上を目指さなければなければならない。
目指せ世界一の溶解博士。いや、必ずなってみせる!!
オレはガッツポーズをする。
バシャーン!!コントロールが難しい。
で、あとはその下の自切ってのはなんだ?
必殺技ならありがたいが、レベル1スライムだしなあ。
字の通りなら自分で切るだから、切腹?
謝罪の特技か?でも切腹したら死んじゃう。
試すに試せない、なんだこの特技?
まあ保留しよう。
よし!
己の事は何となくだいたい分かった。全然分かってないけど。
ゆとり世代はせっかちなのだ。
次は敵の事だ。
敵とはこの異世界と、ターゲットのダメ勇者達。そしてあの舐めたクソガキアリス。いや、ターゲットは魔王だったか?
ここで一句。スライムで魔王に勝てるかバカヤロウ!!
他には…魔物がいるとか何とか言ってたようなないような?
ふむ。これは考えても無駄なので臨機応変に対応しよう。
とりあえず方針としては、いろいろ試しながら、可能ならレベルを上げながら街を目指すのがセオリーだな。
では街を目指すにはどうすればいいか?ここがどこかも分からんから、闇雲に歩いても迷子になるだけだしな。
まずは川を探して川下を目指そう。
準備は全て整った。では冒険の旅に出発だ。
で、川はどっちだ?
* * *
闇雲に進む。
森の中ウネウネ進む。
木の枝や草をかき分けウネウネ進む。
垂直の断崖をへばりついてウネウネ下りる。
下から風が吹き上げてくる。
当たり前だが服も下着も何も着てないよなあ。
普段当たらないところに風が当たって、心細いような、開放的と言うか…実に素晴らしい。
そんな事を考えながら、あと1メートルくらいのところから飛び降りた。
ベシャン!!
岩場が緑の絨毯みたいになった。
痛い!!物凄く痛い!!液体なのに何でだ?いや、液体だからなのか着地の時に足で衝撃を緩和出来ないからもろに地面に激突してしまった。
元の厚みの水溜まりになるのに10分くらいかかった。
ジーンとなってるのが治まらない。
これは危険だ。
飛び降りるのではなく工夫をしなくては。
もう一度1メートルくらいウネウネよじ登る。
体の四分の3程でしがみついたまま四分の1を崖から離す。落ちるワケにはいかないので必死で力を入れる。
そして離した体をウニョーンと下に伸ばす。
いけるか?
よし!地面についた。
あとは地面の方の体に、しがみついている方をポンプのように少しづつ送り込めばいい。それと同時にしがみついている部分を減らしていく。
成功した。
ポンプのイメージが良かったのか上手くいった。
今度は逆をやってみる。
四分の3で支えて、四分の1をウニョーンと上に伸ばす。
この比率なら50センチくらいしか伸ばせない。
半分で支えてみるともう少し伸ばせたが、今度はバランスが悪くなってふらつく。
重力に逆らうのはやはり難しい。
さっきどうやって降りたかを思い出す。
下に伸ばした時は先がもっと細くなってたような気がする。
そうか。
届きさえすればそれを軸にして、しがみつく面積を増やしていけばいいから伸ばす時は太さはいらないのでは?
やってみるか。
とにかく細く長くをイメージする。
ウニョニョ~~ン
木の枝くらいだったのを親指くらいにまで細くする。
まだいけそうだ。
中指くらい、小指くらい、うどんくらいまで細くする。
やった。3メートルくらい上にしがみつく。
あとは上にポンプで送り込みながら同時にしがみつく面積を増やすさっきの要領だ。
やった!!成功だ。
この往復を何回も繰り返して感覚をつかむ。
細く。伸ばす。つかむ。ポンプ。
細く。伸ばす。つかむ。ポンプ。
…
修行の甲斐があって、最初よりかなり素早く出来るようになった。
これはかなり使えそうだ。
スライムという生物が何のためにどうやって生まれてきたかは知らないが、この形で生き抜くための合理性があるハズだ。
今の動きはその一端だろうな。
そんな事を考えた。
真面目に修行したら腹が減ったような気がする。
太陽が見えないので時間が分からないが、とりあえず昼飯にしよう。
ところでスライムって何を食うんだ?
肉食のイメージはあるが、草食のような気もする。
まあ適当に食ってみるか。
オレは岩場に付いている水気を含んだ緑色の苔に取りついた。そして観察する。
少しそのままでいると触っている部分の苔が溶け出した。溶けて小さくなった苔が体の中に浮かび上がり、渦巻き状に動き出して、しばらくすると消えて無くなった。
消化したのか?
それに動いたつもりはないが、苔の流れ方からすると、体の内部は液体が循環してる感じだ。
血液の循環と言うより海水の対流がイメージは近いか。
お腹がふくれた感じはしない。
もう一度と隣の苔に移動する。
今まで居たところの苔が無くなっていて、岩が剥き出しになっている。食べたのは食べたようだ。
今度も対流したあとに小さくなって消えた。
一応確認する。メニューオープン!!
フェイ レベル1 種族=スライム
体積1000ml
装備なし
魔法なし
スキルなし
特技 溶解レベル1
自切レベル1
何も変わってない。
量が少ないからか苔ではダメなのか。
他の物も食ってみる。
草、花、シダ、キノコ、木の実、落ち葉、葉っぱ、木の枝、石、岩など手当たり次第に試してみた。
植物系では柔らかい草や花、キノコなどは素早く消化出来たが、シダ、落ち葉、葉っぱなどは時間がかかった。
殻のある木の実や硬い木の枝はかなり時間をかければいけそうだが諦めた。
石や岩などの無機物は話にならない。全く溶けてる感じがしないのだ。
結論
今現在の能力では、天然素材の服なら時間をかければ溶かせるだろう。しかし科学繊維は無理な気がする。
まあファンタジー世界に科学繊維が有るとは思えないので、これは意味のない仮定だ。
もう少し溶解のレベルは上げても良さそうだ。
ちなみに体積は増えていない。
腹も少しは膨れたような気がする。
よし。次は植物性では無く、動物性タンパク質を試してみよう。
これは川を探しながら試すとするか。
そう考えたところで移動を開始する。
途中、小指の爪くらいの大きさの赤い蟻の大群を見つけて取りつく。
痛っ!!痛っ!!くそ。卑怯だぞ。一対一で勝負しろ。イタタ。噛むな!!痛っ!!痛い。スイマセン。勘弁してください。
パニックだ。
軽く考えていたが。大群で襲われると分が悪い。数匹溶かしてるうちにアチコチ噛まれて逃げ出した。
必死で逃げる。
転げるように逃げる。
また崖だ。
伸びる。降りる。
伸びる。降りる。
また逃げる。
慌て過ぎて葉っぱや枝がツンツンと刺さる。
これも痛い。
なんでやねん!!
バシャーン!!
バシャーンが効いたのか、転げるように逃げてるうちになのか、表面にかじりついている蟻どもを振り落とせたようだ。
蟻にやられるとはスライム弱ええ。
この体は全身が内臓剥き出しのようにデリケートだと気がついた。全身の表面に痛覚があるのだ。
液体なのになぜだ?物理無効とかじゃ無いのか?
そういえば崖から落ちた時も激痛だった。
枝も刺さった。痛かった。
アホ過ぎる。
少し考えれば分かるのに、中に取り込むまでに表面を攻撃されるとダメみたいだ。
相手は選ぼう。次は慎重にだ。
しかし必死で逃げているうちに方向が分からなくなったが、空気に湿り気があるような気がする。
こっちだ。
目の前に細いながらも川を発見した。
長かった。ここまででかなり時間を使ってしまったが、第一目標は達成だ。
あとはこの川に沿って下るのみ。
グズグズしていたら夜になる。
夜になったら怖い。
スライムでも怖い。いや、中身はフツーのニートなので当たり前だ。
安全に野宿する場所も探さなければならない。
素人は森の危険を甘くみる。
結果、遭難したり熊に襲われたりする。
オレはそんな失敗はしないよ。
とにかく川下をウニウニ目指す。
かなり進んだだろうか。
川は支流と合流しながら少しづつ広くなっている。
と同時に流れも早くなってきているようだ。
落ちたら上がれるか自信がない。
気をつけよう。
ハッとして見上げて見ると、木々の間からの光が全くない。
ただでさえ暗かったのに、今は真っ暗になっている。
夜だ。
予想通り森の夜は怖いのだが、実は視界は昼間と余り変わらない。
闇夜というには見えすぎる。
スライムって夜行性なのか?TV で見た暗視スコープみたいに見えるんですけど。
どうするか。
これなら普通に進めるが、寝た方がいいのか?
でも眠気も特に無いしなあ。腹は減ってるが我慢できない事はない。
うーん。
決めた。このまま進もう。眠くなったら木の枝の上で寝ればいいし、何かに襲われても木の上に逃げればいい。
もしかしたら寝ている獲物を発見するかもしれない。
そう思い川下を目指す。
* * *
魔物には何回か遭遇した。
一回目は突然現れた5メートル程の角が生えた大蛇。
急いで木の上に登り、隠れてやり過ごす。
腹が膨れていたので何かを丸呑みにしていたのだろう。
デカかった。そして怖かった。あれはない。
二回目は川に水を飲みに来た大きな狼の10数匹の群れ。
小さな牛くらいあって、鼻が利くのか木の上に逃げてるオレにガウガウ吠えてきた。
一匹が木の上まで登ってきて、枝の先にまで追い詰められたオレは、ええい。ドボーン!!と川に飛び込みなんとか逃げた。
流れが早いので這い上がるに這い上がれずにかなり流された。
運良く岩と岩の間に引っ掛かったので上がる事が出来たが、これは危険だ。
スライムは呼吸をしなくてもいいのか息苦しくはないのだが、流されるだけでバラバラになりそうな衝撃があるし、滝でもあったらたぶん死ぬ。
ヤバかった。川に飛び込むのは切り札にしよう。
ここで夜があけた。
三回目は首の2つある、3メートルくらいの熊だ。
デカイ。でかすぎる。出会い頭に遭遇したので木の上まで逃げる余裕がない。
目があった。四つの目が逃がさないと言っている。
えーい。ドボーン!!早くも切り札を使ってしまった。
今度は狼の時よりも長く、スゴい流された。
だって、朝に川に飛び込んで、這い上がったら朝だもん。丸1日流された。
いつの間にか夜になってたから、途中で寝ていたのだろう。
これだけ水に浸かっても体積は増えない。
いや、何となく水溜まりが小さくなってるような…
慌てて唱える。メニューオープン!!
フェイ レベル1 種族=スライム
体積500ml
装備なし
魔法なし
スキルなし
特技 溶解レベル1
自切レベル1
減ってる。確実に減ってる。嘘だろう。
500mlになってる。半分だ。
何があった?流されてる間に何があった?
たぶん寝ている間だ。
覚えていない。何をやってるんだオレは…
このサイズで狩りなんて出来るのか?
いや、狩るどころか…
これは0になったら死ぬんじゃないのか?
オレの命の残量は半分になったって事なのか?
どうやったら回復するんだ?
もしこのままだと逆に狩られるんじゃ…
最悪の事態を想像してブルッと震えたような気がした。
焦るな。落ち着け。
たぶん食べればいいとは勘が告げているので草を食べてみる。花も食べてみる。草を食べてみる。
ダメだ。増えない。泣きそうだ。
動物じゃないとダメなのか?
その保証はないがやらなければじり貧だ。
今後は慎重に進みながら獲物を探すのを優先しよう。
呑気に考えてたが追い詰められてないか?くそう。
四回目は汚い格好の小鬼みたいなの。
棍棒をブンブン振り回してるのが見えたので必死に逃げた。
かなり早く発見したので向こうは気づいてないと思う。
見つけた時は、一か八かとも考えたが焦るなと言い聞かせた。
落ち着け。
五回目は紫色のスライム。
オレの数倍のサイズがある。
意思の疎通が出来るかもしれないと思ったが、知性があるのかどうかも分からないし、そもそも声が出せないので無理だ。
向こうはオレを気にした素振りも見せずに補食した猪を溶かしていた。
なんとか猪を分けて欲しかったが、獣は食事を邪魔されると怒ると聞いた事があるような。オレも飯を食ってる時にババアに話しかけられてキレた事がある。
焦りは募るが諦めよう。
たぶん毒持ち。紫のドロドロは怖かった。
もしかしたらこの森でオレが一番弱いんじゃないのか?
ここで夜になった。時間が経つのが早すぎる。
六回目はオレと同じ緑色のスライム。倍以上はデカイ。
近づくと赤に変わったので少し待つ。緑に戻る。
再度近づくと赤に変わったので少し待つ。
ずっと赤のままでジリジリ近づいて来たので逃げた。
怒らせたか?短気過ぎる。
赤のドロドロも怖い。
くそう。オレは、こんなところで終わるのか?怖い…
七回目は30センチ程のカブトムシみたいなの。角アリ。
サイズ的に無理だとは思ったが、気づかれずに溶かす事が出来ればいけるかも?と思い近づくと、突進してきてつつかれた。
かなり痛かったので慌てて逃げたが、飛んで追いかけてきてマジ怖かった。
自分の勇気の無さに吐き気がする。死にたくない。
獲物を求め、命を惜しみ、這いずり回り、さ迷い続けて少し辺りが明るくなってきた気がする。
もう朝が来たのか?
肉体的疲労はどうだか分からないが、精神的に疲れている。軽口をたたく元気もない。
ふと近くの木を見ると何か動いたような…
それが八回目の遭遇。ここで冒頭の台詞に戻る。
15センチ程のカブトムシ。角ナシ。
メスだ。サイズもさっきよりかなり小さい。
いけるか?
ここがこの異世界で生き残れるかどうかの分岐点か。
これに勝てないようでは虫以下の強さと言うことになり、大人しく苔を食って細々と生きていくしかない。
決めた。
逃げるのはもうやめだ。
こいつとの勝負に人生を賭ける。
フツフツと闘志が湧いてくるのが分かる。
人間であった時にはこんな気持ちになった事はなかった気がする。
遥か高みの溶解博士になれるか、いや、そんな事はどうでもいい。
オレは生きたいのだ。
そのために本気で勝負すると決めた。
ビクビクしながら補食されるのを待つ名もなきスライムで終わるなんてイヤだ。
やるしかない。
ヤツは樹液を吸うのに夢中でオレには気づいてないと思う。
背後から忍び寄り素早く一気に取り込むのだ。
興奮は絶頂に達して、心臓も無いのに早鐘のようにドキドキする。
しかしこの鼓動で気づかれるわけにはいかない。
そっと
静かに
空気も揺らさず
近づき
あと1メートル
一気に
あと50センチ
今だ!!
有無を言わさずガバッと覆い被さる。
オレの体内で足をバタつかせて暴れるが、カブトムシを中心に体を集めて内圧を高める。
絶対逃がさない。
すぐに黄色の液体が染み出して渦を巻くのが見える。
中身だけ溶かしてるのか?
一分、二分、もっと経ったか…動かなくなった。
念のためもう60秒数える。
慌てるなゆっくり数えるんだ。
そう自分に言い聞かせる。
もう黄色は見えない。
中身だけ吸い溶かしてやった。殻は吐き出した。
下の方でポトッと言う小さな音が聞こえたが、それを見ない。
やることがある。
オレは天を見上げて小さく唱える。
メニューオープン…
フェイ レベル1 種族=スライム
体積1000ml
装備なし
魔法なし
スキルなし
特技 溶解レベル2
自切レベル1
か、回復している。
やった。やったんだ…
か、勝ったぞおぉーー!!!!
オレは声なき歓喜の雄叫びを上げた。
今回の話を書くにあたって、カブトムシの生態と動画をいくつか調べました。
正直怖いです。うわあ……って思いました。
子供の時は憧れすら抱いていたヘラクレスにいたっては、コイツがいる国には絶対行かん。そう思いました。
中央アメリカ~南アメリカにかけて生息しているそうです。
まあ国内から出ないのですが。