激闘
今から17日前、ダークエルフの里の結界に魂を拒絶されてから三日後。
その頃レベルは9だったか。
溶解がレベル6になって鉱石の加工が出来るようになってすぐに紫毒の結晶石を拙いながらも弾丸の形に加工して小鬼や小型の狼相手に連戦連勝だった。
オレはその頃調子に乗っていた。
それまでは相討ちさせて弱体化させてから隙をみて溶解するか、窒息させてのいわゆるリスクの高い肉弾戦で狩りをしていたのが、紫毒弾を3発、更には万が一装甲が厚い魔物が出た時用の特殊弾を2発装備していたのだ。
調子に乗らないワケがない。
もうこの勢いで上流の魔物を狩って一気にレベルアップするか、ワハハ~!!くらいにこの森を、ひいては異世界を舐めきっていたのだ。
無敵~。無敵~。俺様無敵のスライム様だ。サマー!!
逆らうヤツは毒にするぞ~、ポイズン!!
緑の悪魔は俺の事~ハイエロファントグリズリー!!
なんて恥ずかしい歌を歌っていたりもしていた。
もちろん心の中でだから誰にも聞かれてはないのでノープロです。
そんなわけで調子こいたオレは川沿いに上がっていき、上流の恐らく高レベルだろう魔物を狩りに出かけたのだが、丸一日程進んだ、かすかに滝から水が落ちるゴウゴウという音が聞こえる辺りで洗礼を受けてしまったのだ。
その魔物は突然現れた。
オレはその時、牙が脳天付近まで伸びた猪に似た魔物を倒して、何の警戒もせずに紫毒弾をモソモソと回収していた。
近くにサッカーボールくらいの苔の生えていない岩があったのには気付いていたのだが、全く意識せずに近づいてしまっていたのだ。
今なら水辺付近の岩に苔が全くないのに違和感を覚えるだろうが、何度も言うようにその時は調子に乗っていたのだ。本当に自分の迂闊さとアホさ加減に嫌になるが、それはおいといて話を続ける。
その岩だと思い込んでいたものは魔物であり、見えていたのは氷山の一角と言うやつだったのだ。そして完全に油断していたオレの背後からガバっと覆い被さってきた。
たまたまその魔物の狙いが猪の頭部であり、オレは猪の首の辺りにいたから致命傷は食らわなかったのだが、それでも体の三分の1強を一撃で食いちぎられてしまった。
慌てた慌てた慌てました。
三日ぶりにアババババババ!!の悲鳴をあげましたもん。
もちろん普通に死んだと思いました。
体を引きちぎられる痛みに耐えながら、体勢を立て直してその魔物を見ると、それは甲羅が縦横一メートル程の岩のような亀の魔物で、頭と手足は氷のように透明であるが、しかし冷たくなく、目と口の中は吸い込まれそうな漆黒で、ブラックホールのように底知れない暗黒が広がっていた。
甲羅の中程には首のすぐに上と両前足の上に氷柱のような棘が水平に伸びており、それを隠すように黒色の髪の毛が甲羅の周囲から生えていて、それはウネウネと蛇のように蠢いていた。
なんと言うか不気味としか言いようがない魔物だった。
不意討ちは食らったが弾丸は全弾無事だったのと、その不気味な亀は猪を食うのに隙だらけに見えたので逃げずにに反撃したのがまた悪手だった。
何度も言うがオレは調子に乗っていたのだ。
透明な頭部目掛けて至近距離から全力でノーモーションのデコピン打ちで紫毒弾を2発発射したのだが、1発は頭部に、1発は甲羅に命中したにも関わらず、2発共に弾は粉々に砕けてしまった。
なんて堅さだと思考が止まりそうになったが、なんとか踏みとどまって切り替える。
ならばと今度は対装甲魔物用の、火薬岩で作った特殊弾を用意する。
火薬岩とは森の中で偶然見つけて勝手に名前をつけた岩石だが、装備した時にも火薬岩と標示されたので、自分の天才的な勘の良さを褒めるしかない。いや、超天才かもしれない。
それは強い衝撃を与えると爆発する特殊な真紅の岩なのだ。
それをビー玉みたいに丸く加工したものを爆発弾と名付けたのだが、それくらいの大きさでも地面に打ち込めば50センチ程のクレーターが出来る威力があり、対装甲魔物用の特殊弾として用意したいたわけだ。
これはデコピン打ちをするとその衝撃で爆発するかもしれないので、体の二点を猪の牙で固定してパチンコのように撃ち出す。
敵は目の前で爆発の余波はあるかもしれないが構うものか。獲物を横取りされた怒りと、自慢の弾丸を砕かれた憤りで冷静さを完全に失っていた。
同時に2発撃った。
目の前に閃光と熱風が吹き荒れ、その衝撃で更に体の三分の一近くが吹き飛んだ。
あの時は既に痛みを通り越して、全身の感覚が無くなってしまっていたが、それでも這うように木の上に退避して目視出来るギリギリまで離れて土煙が治まるのを待った。
土煙が治まった時に現れた光景を確認してオレは「バカな…」と、心の中で何度もうわ言のように繰り返しながら、追いかけてこられる恐怖に耐えて、体を引きずりながらその場を後にしたのだ。
その光景と屈辱は今でも忘れない。
メディーサの蛇のようにのたうつ髪の毛が甲羅全面を覆って、ヤツは全くの無傷だったし、何事もなかったかのように猪を貪るヤツは、オレの事を敵として認識すらしていなかった。
半分焼け焦げたスカートの破片が体内でヒラヒラと揺れて、まるで降伏を表す白旗のようだった。
* *
勝負の朝が来た。
天気は晴れ。風もなし。絶好の射撃日和だ。
ぐっすり休んで頭は冴え渡り、体も軽い。
木の実を軽く食べながら装備を再度チェックする。
加工済の大鬼弾×2
素材のままの大鬼弾×1
長寸の紫毒弾×3
爆発弾×1
よし!準備は万端。必ず倒す!!
オレは気を引き締めて川の流れに逆らう方に進撃を開始した。
* *
半日後。
昼飯にムカデのような魔物を狩って体積を完全に回復して、全速で進んだので昼過ぎには滝の轟音が聞こえ、爆風で地面が剥き出しになったあの場所についたのたが、ヤツの姿は見えない。
隣には1メートル程の穴が開いており、そこには汚れた水が溜まっていた。
どうやら移動したようだが、上流か?それとも森の奥だろうか?
方向を定める前にジッと観察すると、うっすらと上流方向に移動したとみられる足跡がある。
オレは気配を完全にころして見落とさないように慎重に木上をつたう。
見つけた。
ヤツは滝の真横の木の根本で霧のような水飛沫を浴びながら茶色い物体を貪り食っていた。
周囲を警戒するように蠢く黒髪が相変わらず不気味であった。
近づくにつれてヤツの姿がおかしいのに気づく。
いやいやいや、あれ?
デカくなってね?
あれ?
あの食われてるのってあの首が二つある熊じゃね?
確か3メートルはあったはずだがそれよりデカいんですけど。3000ml しかないオレからしたら山にしか見えない。登山でもしろってか?
絶対に装甲が厚くなってるよ。てか、大鬼弾でも貫けるのか疑問だぜ。オイオイマジか?
20日もたたない間に三倍以上に成長する亀っているか?氷柱のような刺も10本くらいに増えて、デザインが凶悪になっているので違う魔物かもしれない。いや、真面目な話、そうであって欲しい。
別亀希望!!チェンジだチェンジ。
そう考えたが、甲羅の一部に爆発の焦げあとが見えたので同一個体に間違いない。
馬鹿げた成長速度だと呻いたが、こちらはこれ以上の装備を整える事が出来ないので、戦わずして撤退したのでは倒すチャンスはもうないかもしれない。
オレは久しぶりにネガティブポジティブシンキングをして気を落ち着かせる。
ポクポクポクチーン。
要は考え方だ。自分でもかなり無理があるとは思うのだが、的が大きくなったと考えよう。
相手にとって不足なし。妙に加減をしての出し惜しみをせずにいきなり最強攻撃を全力で出せるのだ。
それにいざとなれば逃げればいい。機動力は忍者スライムのこちらが上だろう。
よーし、よしよし。やったるか!!
ビビる気持ちを無理矢理鼓舞して20メートルまで近づいて木から下りる。
やはりあまりのデカさに目が眩む思いだが、もう考えないようにして遠くを観るように見る。
ヤツは背中を向けたままで気付いた気配は感じない。
2発を残して他の弾丸を体の外に音がしないように静かに排出する。
木の根をガッチリと掴み。垂直に折り曲げた腕を固定して顎を乗せてうつ伏せになるように、こよりの如く捻りながら標的に対して垂直にゆっくり後方に体を伸ばしていく。
ギリギリと力を蓄え捻り、軋む体を限界まで伸ばし、加工済と素材の大鬼弾を最後方に送り込み、前が加工済、後ろが素材で縦に並べてセット。
「ガチャン」
極太、極長の輪ゴムを両手をめいいっぱい使って引き伸ばす、あるいは落ちそうな程の黒洞を湛えるライフル銃の姿に似ているかもしれない。
これがスライム射撃術、レンジ、威力共に最強攻撃の「スナイパーモード」である。
最大射程は100メートル超。
それを20メートルまで近づいて弾丸は鬼弾丸。これで倒せなければ……いいや、倒すんだ。
2発の弾丸を横方向に弾き弾き弾き弾き弾き弾き回転させる。
もっとだ。もっともっと回転させろ。
弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く!!!!!!!!
「イイィィィィィイィィィィィ」
鈍くゆっくり回転していた弾丸から次第に自然界ではあり得ないほどの大気を震わせる高音が響く。何故か弾丸は蒼白く光を帯びている。
ヤツは補食に夢中なのか最初の姿勢のままだ。
心の中で大きく息を吸い――止める。
発射。
一瞬の変化も見逃すまいと集中していたオレには見えたような気がした。
全身の収縮エネルギーと捻転による回転エネルギーを加えられた弾丸は一筋の流星の如く突き進み甲羅中心下部に着弾!!
同時に同一線上に放たれた後弾が前弾の底部に着弾!!
音より先に閃光が射し、遅れて爆発の轟音が森に響き渡る。
…
…
…
倒したか?
あまりの密度の回転に巻き上げられた腐りかけの落ち葉と埃が落ち着くのを待ってその場から凝視すると、黒髪はだらしなく垂れ下がり、甲羅に開いた穴から黄緑色の体液を垂れ流し、ピクリともしない亀の姿が見えた。
しかし喜ぶのは確実に仕留めたのを確信した後だ。
ここで迂闊に近づいてガブリは間抜け過ぎるので、未使用の装備を回収して木上から回り込み亀の生死を確認する。
見下ろして唖然とした。
なんて威力だ……オレは静かに感嘆の声をあげた。
甲羅後部に突き刺さった大鬼弾はそのまま体内を貫通して前方に突き抜けて首の上にある氷柱に亀裂まで与えていて、更にその先の地面に深さが見えない程にめり込んでいたのだった。
後弾が着弾した直後に閃光と爆発があったのには訳がある。
前弾である加工済の大鬼弾の角の穴には火薬岩を溶解して、その溶液を体の一部に集めて凝縮し、穴にその凝縮した部分を詰めて自切で切り離し(最近では自由自在に切り離す事が出来る)固定させていた。
これは正しく弾丸と言えるもので、ゴムの力を使った射撃に、火薬の爆発力を加えて威力を上げるのを目的としていた。
つまり前弾は2度加速したのだ。
うおおオオオ!!!!新兵器大炸裂。
オレ様天才ちゃん!!よっ大天才スライム!!
オレは有頂天で木から下りてヘンテコ亀野郎に近づいて、ぺしぺしと目から光を失った頭部を叩く。
しかしデカい。でかすぎる。が、
小は大を制す。亀の甲より鬼の角。石亀の団地妻だな。
覚えとけ!!この亀野郎このやろう!!
ワハハー。では氷柱を採集する前にレベルを確認するかな。メニューオー
<まだよ!!>
突然頭の中に女の警告が聞こえて、考えるより先に体を横に滑らせた。それまでオレがいた場所を亀の甲羅から生えた黒髪の束が凪ぎ払う。
嘘だろう。まだ生きてるなんて……完全に油断していた。オレは恐慌状態に陥りパニックだ。
更に黒髪は逃がさんとばかりに網状になって追いかけてきた。後ろも包囲されつつある。
回避しながら考えるが思考は纏まらない。
どうするどうするどうするーーとにかく距離をとらないと捕まるーーとだけ断片的に考えて、反射的に爆発弾を地面に撃ち込み煙幕をはる。
この隙にーー逃げようとしたら体の一部が捕まれた感触があり、アッと思ったら全身が捕まれて空中に浮かされてしまった。
ヤバイヤバイヤバイ!!これだけ捕まれたら自切も使えない。オレのアホバカ間抜け、何で黒曜石のナイフを持って来なかったんだ。どうするどうするーー
煙幕の切れ目からゆっくりと頭部を持ち上げようとする亀の姿が視界の隅に映った。
喰われる。このままでは間違いなく喰われる。
考えろ考えろ、弾丸は四発、紫毒弾×3と大鬼弾×1だ。どこに撃つ?貫通した穴に毒弾を打ち込もうにも頭で弾かれたら終わりだ。
大鬼弾を急所に撃ち込むしかないが急所はどこだ?考えろ、いや、とにかく回転させろ。そして考えろ。回せ。
どこだ弱点はーー
地獄に繋がる暗黒の口を大きく開けるのが見えた。
<首の上の氷柱がこいつの力の源よ!>
また声が聞こえた。あの亀裂が入った氷柱が弱点?
信じていいのか?いいも悪いもない。やるしかない。
回転は充分だが、威力を出すにはーー
くそう、これをやるしかないのかーーまた激痛かーー
なんて躊躇している場合かーー
やるぞ!!!!
そしてオレは全身のバネを使って大鬼弾の底面を紫毒弾で全力で叩いた。
閃光と轟音と共に全身を内部から焼けつくような痛みが襲い失神しそうになったが、気力を振り絞りもう一度撃ち出す準備をしようとするが、どこにも弾がない。
吹き飛んだ体の一部と共に落としてしまったかーー
体には力が入らず思考も鈍い。
もう寝てしまおうかと思ったその時、地面に落とされて意識が覚醒した。
なんとか視界を持ち上げると、狙いの氷柱が砕けちり黄緑色の粒子となって消滅する亀の巨体がーー
その粒子が消え去ると、その場に大木程の漆黒の焔が立ち昇り、遠くで囁くような低い低い声が滝の轟音を掻き消し響く。
「我は魔王。この世に災厄と絶望を振り撒く者なり。
矮小なる存在よ。我を世界に解き放ちし者よ。
汝の望みを叶えてしんぜる。何なりと申すがよい」
ふう、なんとかそれほど間をおかずに19話をお届けすることが出来ました。
亀出ました。
えらく気持ち悪い亀です。
えーと、今回の話を書くにあたって、また懲りずに世界最大の亀を調べてみました。
名前はオサガメ
現在までで確認された最大のものは、甲長256センチ、体長は291センチ、体重1トン、ヒレを左右に広げたら3メートル。
だそうです。
写真も見ましたが、ハッキリ言って怪獣です。
気持ち悪いです。
こいつのいる国には絶対に行かん。
そう思いました。
思いましたが、日本近海にもいるそうです。
何でやねん\(--;)
2メートルクラスが何回も網にかかっているそうです。
どないやねん\(-_-)
亀仙人のカメハウスのTV は電気もないのにどうやって映っているのだろうか?
どうでもいいですね。
すいません。




