聖夜 8
機嫌が直った私を見て、藤井さんが、
夕食にしようよと言う。
カーテンを閉めようと窓に近づくと、
外はもう暗く、ネオンの灯が煌めく。
雰囲気を出そうと二人して、
買ってきた料理をお皿に移してテーブルに並べた。
美味しそう!
と、お腹が空いていたことに気づく。
照明を落とした室内の隅に置かれたスタンド。
オレンジの灯が柔らかな光を放つ。
バッハのフーガが低い音量で流れている。
「この曲……。」と言いかけたら、
「以前ホテルで君が好きだと言った曲。」
と先回りして言われてしまった。
ホテルで一夜明かした後、朝食を取ったダイニングルームで聞いた曲。繰り返される軽やかな主旋律が晴れやかな朝にピッタリだと、その時は思ったけれど、
夜聞いても、いいな。と思わせる。
主旋律が二人の時間に落ちついた雰囲気をもたらす。BGMに私が好きな曲を選んでくれたことがとても嬉しい。
思わず笑みがこぼれる。
「君、とても幸せそうな顔してるよ?」
と、藤井さん。
「だって、幸せですもん!」と、私。
「それはよかった。」と、藤井さんも微笑む。
その顔があまりにも素敵すぎて、引き込まれる。
いつまで経っても、見慣れることはない。
いつになったら、見慣れるのだろう?
乾杯しようよと言われて、我に返る。
今日は聖夜、心の中で神様に、
藤井さんと再びつきあえたことを感謝する。
ワイングラスを合わせてから料理に手をつける。
美味しいよ。美味しいね。と言い合うのも楽しくて、時間が経つのも忘れてはしゃいだ。
食事を終えたテーブルの上には、
切り分けたケーキとコーヒーが置かれる。
「藤井さんてば、手際がいいですよね。」
後片付けをしますと申し出たけれど、
食洗機に入れるだけだからと断られた私は、
ソファーで寛いでいた。
「段取りがいいとよく言われるよ。」
隣に座る藤井さん。
さっきまでは向かい合っていたのに、
緊張する……… 。
それでも、藤井さんは触れてこなかったし、普通の会話を交わして甘い雰囲気にならなかったので、
ケーキを食べ終え、勧められるまま、
コーヒーをお代わりする頃には、
藤井さんの隣になんとか馴染んでいた。
それなのに、今、
藤井さんてば、甘さ全開で迫っている。
いつ変わったの? 気づかなかったよ。
自分の迂闊さを悔やんでも、もう遅い。
私の髪をすく藤井さんの手がひどく優しい。
サラサラして、気持ちいいね。と呟く。
サラサラコンディショナーを使っててよかったと私。
私の指をなぞる藤井さんの指先。
可愛い爪だね。と呟く。
ネイルケアをしておいてよかったと私。
次は何だろうかと身構える。
「話をしようか?」
髪と指に触れたままの藤井さんが言う。
「えっと……、話ですか?」
少し驚いて聞き返すと、藤井さんは頷いて、
「俺ら、最初から、
言葉が足りなさすぎだったから。」
「もっといろんな話をしようよ。
君の今までを知りたいし、知ってほしい。」
と、藤井さん。悪戯っぽい表情で、
「君、俺の誕生日さえ知らなかったでしょう?」
言い当てられて、ドキッとする。
「それは……… 。」
口ごもる。
「君の気持ちは分かってるつもりだよ?
割り切ってたんだろ?」
藤井さんの顔を見る。
「君は何も言えなかった。
そう仕向けたせいだ。
まぁ、俺が悪かったと思うよ。」
「まぁ、って?」
説明してほしくて聞いてみる。
ああと藤井さんは頷いて、
「君だって、相当意地っぱりだったじゃない?」
と突っ込まれて、その通りだと何も言えない。
「だけど、出だしを間違えたのは、俺。
俺の言葉も態度も、何もかも軽かったよな?
あれは失敗だったと今でも思うよ。」
「でも、遊びだったんだし。」
藤井さんは間違えてなんかないよ。
むしろ私が間違わないように最初に言ってくれた。
「ほら、そこ。誤解してる。
いくら俺だって、
自社社員に遊びで手を出したりしないよ。」
「え、えっ?」
「俺は最初から本気のつもりだったんだよ。」




