言葉 4
「堂々として。」
藤井さんの言葉を胸に留めて、
課長のお使いを再開した。
廊下で会う人には丁寧に挨拶をするよう心がけて。
当然、社員はお姉さま方だけではない。
そのことを忘れていた自分に腹が立つやら呆れるやら、……… 情けない。
結局何事もなく、無事にお使いを済ませて部署に戻る。
八重がすぐにやって来る。
「大丈夫だった?」
心配そうに聞かれる。
私は親指と人差し指でOKマークを作り、笑って、八重の言葉に頷く。
「うん。
大丈夫だった。会わなかった。
八重、藤井さんに連絡してくれたんだよね。
ありがとう。」
お礼を言う。
連絡してくれたのは二度め。
私のピンチに藤井さんがタイミング良く現れて、救ってくれるのは、八重のおかげだ。
「報酬はいかほど?」
冗談めかして言うと、
「高くつくよ(笑)。」
と、冗談ぽく笑って返される。
即決で、和食の美味しいお店に行くことになった。
と、
栞ちゃんが近寄ってくる。
「ファンクラブが大変なことになっています!」
小声で告げる。
「誰の?」
「藤井さんのに決まってます!
里菜先輩、廊下でキスしてましたね?」
と尋ねられて、赤面する。
「もう、メールで一斉送信されてますよ。
大騒ぎです。
階段チューに廊下でチュー。
バカップル誕生か ってな感じです!」
と、教えてくれた。
八重が写メは添付されているのか聞いてくれる。
「それは無いみたいですよ。隠れてこっそり聞いてたらしいです。熱い抱擁が数分間続いたって書いてありますが、…… 読みますか?」
「結構です。お断りです。
絶対に読みたくありません。
それにしても、栞ちゃんはいつ入ったの?
ファンクラブとやらに。」
「昨日です。
お姉さま方の動向を探るには、格好の隠れ蓑だと思いまして。
ちなみに、前から入ってるのは橘先輩だけです。」
「橘君にもあるの?」
八重と二人、驚いて絶句する。
「社内の花形部署の二人は人気高いですよ。」
栞ちゃんは事も無げに言うけれど、
「知らなかった……… 。」
八重と顔を見合わせる。
あの橘にファンだなんて、信じられない。
でも、そういえば、この夏の同期会の時に女子社員の攻勢から守ってあげようと思ったっけ。それに、お局転がしを自認してたっけ。
栞ちゃんが教えてくれる。
「だから余計に里菜先輩に嫉妬しちゃうんですよ。
二人をひとりじめして、ズルいって。」
「里菜、気にしちゃ駄目だよ。
ズルいって言われても、仕方ないじゃんね。
里菜が卑怯な手を使ったわけじゃないし、そもそも人の心をどうこうしようなんて、できやしないんだから、 …… ね。」
八重の言葉に元気づけられる。でもやっぱり、
二人にいい顔してるなんて言われるとツラい……… よ。落ち込んでしまう。
栞ちゃんが、思いついたように、
「里菜先輩、楽しいことを考えましょう?
明後日はいよいよイブですよ。
ホワイトクリスマスになって、
プロポーズ日和だといいですね。
あの藤井さんですよ。
絶対ロマンチックで、
素敵な空間を演出されるに決まってますもん。
もう、もう、
YESと言うしかないって気がしませんか?」
と、当人を他所に一人で盛り上がっている。
八重は栞ちゃんとは対照的に、落ち着いた口調で、
「付き合い始めたばかりで、プロポーズはないと思うよ。
だから、里菜はイブデートを楽しめばいいと思う。
たまには、おねだりしても良いかもよ。」
つい最近、栞ちゃんの言葉を真に受けて失敗したことを思い出し、
「栞ちゃん、プロポーズはないから、
私で妄想するのはやめてね。」
と、釘をさしておいた。
そういえば、
クリスマスイブは明後日なのに、
全く、藤井さんから予定を聞いてない。
どうやって過ごすのか、気になる。
去年は知らないふりをしたけれど、
今年は素直にがんばりたいと思っている私。
進歩だよね。と自分を褒めてやった。




