待ち時間 4
翌日は土曜日、午後から出勤する。
社員証を警備員さんに見せて、裏口から入る。
オフィスには既に10人ほどが働いていて、休日とは思えないほど、活気がある。
挨拶を交わしながら、席に着く。
パソコンを立ち上げ、データ入力を始める。
数字に間違いはないか確認しながらの作業に、
神経を使う。
途中で、何人もが「お先に」と帰ってゆく。
週末だもん、予定もあるよね。
いつまでも残っていたくない気持ちは分かるよ。
と、共感しつつ作業を続ける。
やっとこさ入力を終え腕時計を見ると、
4時半を過ぎていた。
首と肩を回すと、ゴリッと音がする。
右手で揉みながら、目も疲れてるしブルーベリージュースを買って帰ろうと考えてると、
ひんやりと頬に当たったペットボトル。
「お疲れ、」と声をかけてきたのは、橘だった。
「橘 !?」
「そう、俺、残念だったね。
藤井さんじゃなくて。」
皮肉な口調。
「そんなこと思ってないよ。知ってるくせに。」
言い返す。
「そうだな、…… ごめん。
頑張ってんな、
これは差し入れ。」
差し出された紅茶のペットボトルをありがたく受け取る。
「ありがと。喉渇いたなぁて思ってたとこだよ。」
早速ふたを空け、ゴクゴクと一気に飲む。
「あぁぁ~、美味しい。潤う! 生き返った!」
人心地ついてから、
あれっと、橘に目を向ける。
「橘も土曜出勤だったの?」
「あぁ、ここの前通りかかってお前を見かけた。
イチョウも見たかったし。」
「ふぅん」と納得して、
その口調にいつもと違うものを感じる。
なんだろう……
「橘?」問いかける。
それには答えず、隣の机に浅く腰掛け、窓外のイチョウが散りゆくさまをしばらく眺めていた橘は、
「あぁ、
俺、2カ月間北海道に行くことになった。」
驚きのあまり、動きが止まる。
「2カ月も、北海道に?」
確かめる。
橘は頷いて、
「去年、藤井さんが関わったシステム移行の案件。
俺が今年引き継ぐことになってさ。
まぁ、今回はメンテナンスと微調整が主だから、
去年ほど大変じゃない。
去年は藤井さん、夏以降この件に関わりっぱなしで休みなしだったからな。」
と説明する。
「いつ、出発なの?」と尋ねる。
「月曜の朝イチで。
で、最終チェックのため土曜出勤。」
寂しくなるけど、橘にはチャンスなんだよね。
「そうなんだ。頑張ってね。
応援してるよ。同期の星……?」と言うと、
「その言い方、なんかイラッとくる。」
橘が頬をぎゅっと掴んで引っ張る。
「イヒャイ、イヒャイよ、」涙目になる。
橘が口角を上げて、意地悪く笑う。
「面白いな、よく伸びる。」
もう一度引っ張ってから、手を放す。
ハァッと息を吐き、頬に手を当てて掴まれたところを撫でる。絶対に赤くなってるはず。
「痛かったし、何すんのよ?」
橘をキッと睨む。
それには答えず、
「ホント、お前は鈍い。
浅はかだし、天然だし。」
と、
え? 悪口? それとも、昨夜の続きなの?
「橘、ゴメン。…… … 」
「いきなり、どうした?」驚かせたみたいだ。
意味が通じるように、慌てて言葉を重ねる。
「あ、あの、
橘は私を好きなんでしょ?
橘に不本意な思いさせて悪かったなって思ってる。
私なんかを好きになった自分が許せなくて、
腹を立ててるんでしょ?」
昨晩考えてたことを口にする。
橘は、ギョッとしたように目を見開く。
「佐倉は、そう受け取ったんだ?」
私に目を向けて、
ハァァと昨夜に続いて大きな溜め息を吐く。
私から視線を逸らす。
「俺の言い方が不味かったんだよな。
直球のつもりだったんだけど。
けど、
お前はそういう奴だよ。」
と一人ごちて、
「俺のこと考えてくれたんだよな。
じゃ、それでいいよ。
そういうことにしておいてくれ。」
と力ない声で言った後、
「佐倉には藤井さんしかない。
心底そう思うよ。
砕けても、お前の骨なんか拾わないからな、
死ぬ気で行け!」
と励ましてくれた。
「頑張る、、、からね。」言うと、
「是が非でも、そうしてくれ。」
と強くお願いされた。
橘は立ち上がり、それじゃと言って出ていく。
私は寂しくなるなと、
少しばかり沈んだ気分になった。




