指摘
別れを嘆くより、怨む方が楽だと気づいてから1週間。私は回復途中で、忘れることはまだ難しいけれど、涙を流すことは減った。
私は、八重に藤井さんと別れたことを報告した。
彼女だけには藤井さんとの付き合いを告げていた。
退社後、駅ナカにある「静」の個室で、ビールとウーロン茶を飲み、豆乳鍋をつつく。
ひとしきり食事を楽しんでから、別れのあらましを話した。
八重はテーブル越しに私の頭をよしよしと撫でて、
つらかったね、と言ってくれた。
「修羅場ちゃった?」と聞かれて、
「全然、あっさりと別れたよ。」と言った。
「半年もつき合ったのに、 あっさりなの?」
「そこは、大人同士だもん。
そんなに文句言わずに引き下がったよ。」
と答えたが、
八重は胡散臭げに私を眺め、
「里菜が文句言わないって、あり得ない!
この前大人な振る舞いは難しいって、言ってなかったっけ?覚えてるよ。
本当は、何があったの?」と引かない。
「えっ、何もないよ。」と言い渋ったところを見抜かれて、
「その顔、嫌なことがあったって顔だよ。
里菜はすぐ表情に出るんだから、隠し事は無理、
あきらめて話してみたら?
全部言った方がすっきりするよ。」と攻めてくる。
すっきりする……そうなの?
「じゃあ、言うけど、………」と、口ごもる。
「つまみ食いだって」小さな声になる。
「えっ、何?」
八重は聞き取れなかったようで、聞き返す。
「つまみ食いだって、言われた。」
覚悟を決めて、はっきり言う。
「つまみ食いって、
それ、藤井さんが言ったの?」
驚いた様子で、八重が確かめる。
「そうだよ。藤井さんが私のこと、そう言った。」
私が答える。
テーブルの豆乳鍋は煮詰まって、グツグツと音を立てている。
しばらくたって、
「藤井さん、
そんなこと言うキャラじゃないのにね。
里菜、
よっぽどなことを仕出かしたんじゃあ……」
八重が呟く。
「よっぽどなことなんかしてない。
大人な振る舞いをしていただけだもん。」
彼の理不尽な仕打ちを思い出して、怒りが沸々と沸いてくる。
「大人の振る舞いって、
前から言ってるけど、里菜の『大人の振る舞い』は全然『大人の振る舞い』になってないから。
せいぜい、意地の張りまくりか、悪あがきってとこだよ。」
「そんなことないもん。」
「ちょっと言われただけで、ほら、拗ねて。
『もん。』て何なの?
大人じゃ、ないじゃん。」
「八重だからだもん。」秘技上目遣いをするも、
八重には効かない。
八重は真面目な顔で、
「ツーショットは同期飲みで藤井さんがあんたを迎えに来た時ぐらいしか見てないけど、今まで話を聞いた限りでは、里菜が小悪魔気取りで藤井さんを振り回してたよね。それに嫌気がさしたとか…」
と、回想プラス分析する。
「藤井さんが振り回してって言ったんだもん。」
と、反論する。
「だ、か、ら、振り回す方向がズレてんのよ。
ア、ン、タ、は!」厳しい顔で、指差しされた。
「でも、」八重は顔を弛めて、
「凹んでる里菜にこれ以上は言わないでおく。
慰め役になったげる。」
と、もう一度頭をよしよしと撫でてくれてから、
「時間をおいて、冷静になったら、もう一度話した方がいいと思うよ。」
と言い添えた。




