決定的
握った手をグイッと引っ張られたので、支えきれずに体が傾く。あっ、転ぶ。と思った瞬間、
肩を掴まれ、受け止められる。
転ばなくて、よかった。とホッとした、
その時、
彼の唇が耳に近づき、
「嘘、部屋なんて取ってない。」
声を発した。
即座には彼の言葉の意味が掴めず、
当惑して、
「嘘?」
聞き返す。
ウソ、
ウソ って?
脳内変換が滞り、フリーズする。
「そう、嘘を吐いた。
部屋は、取ってないよ。」
低く発せられる声。
私の目を覗き込んで、彼は続ける
「今からじゃ、どこも空いてないよね。
バレンタインだし、」
……声が途切れる。
しばらく間があって、
「…… どうする?
…… 君は、どうしたいの?」
と、訊ねられた。
声からは、何も読み取ることができない。
彼の目を見つめる。
二人の視線が絡まる。
真剣な瞳から、目を離せない。
彼の言葉が胸に響く。胸が痛い。
どうしたいかなんて、
答えられるわけがない。
答えたら、終わる。
それは分かっていた。
だけど、真剣な瞳は私を唆す。
答えてもいいの?
期待してもいいの?
どうしたらいい?
答えられないまま、時間がたつ。
彼の目が揺らいだ。
絡み合った視線が解ける。
かれは、一言、
「 時間切れだね。」と告げ、
私の肩から手を離す。
「 帰るんだろ? 送るよ。」
そう言うと、背を向けて歩き始めた。
後を追う私との距離は縮まらないまま、
駅まで歩いた。




