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言葉で伝わらなくても。  作者: モロキ
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予兆

2月 、

デパートでは、バレンタイン商戦が繰り広げられていた。特別に誂えられた売り場には、色も形もさまざま、手頃な値段のものから高価なものまで、棚から溢れんばかりに揃えてあった。特にそこは試食ができることが人気で、いつ行っても女子高生やOLで、ごった返していた。

私は、商品を吟味しながら、藤井さんに渡すチョコをどうしようか考えていた。

「さすがに、渡さないとマズイよね。」

憂鬱になって、溜め息を吐く。

職場の人たちと同じ義理チョコで構わないよねっと思いつつも、一応は彼氏だしとも思う。


実は、

平日なのと体調不良を口実に、恋人たちの一大イベント、クリスマスをスルーしていた。1月になって、藤井さんからクリスマスプレゼントを貰った時の気まずさときたら、最悪だった。しかも手ぶらで会いに行ってしまい、「気にしてないよ」と気を使われて……、あんな気まずい思いは二度としたくない。

クリスマスを一緒に過ごしたり、プレゼントを交換し合ったりするほどの甘い関係じゃないと思い込んだ結果だった。加えて、藤井さんが気に入りそうなものを探すのも大変難しく感じたし、渡したプレゼントの行方を気にするのも嫌だった。で、「もぉ、いいや」と思ってしまったのだ。


そして、バレンタイン、今度は失敗は許されない。

さんざん迷った挙げ句、買えないまま前日になってしまった。切羽詰まった私が選んだチョコはその売り場で最も高額な一品だった。一粒が千円を超えるチョコレートが3粒入っている。店員さんがきれいにラッピングしてくれる。薄紅色のリボンを結び、紙袋に入れて手渡される。

受け取って、

「高い品物で、文句を言わせない、、、か。」と、

自嘲する。


バレンタイン当日、バックの中にチョコを忍ばせた私は待ち合わせ場所に急いでいた。7時の約束だったが、会社を出るのが遅くなり、少し慌てていた。

店内に入り、藤井さんを探す私の目に飛び込んだのは、彼と仲良く喋る女性の姿だった。


抑えられない怒りがこみ上げる。

殴りかかりたくなる。

なんで、その人がそこに座るの?

二人ですごく楽しそうだね。

私の出る幕なんかない。


向きを変えようとした時、藤井さんがこっちを見た。

彼女に何か告げている。

彼女がこっちを見る。私を見て、にこりと微笑み、会釈をして去っていく。

その間私は突っ立ったまま。

彼女の姿が消えて、やっと体が動き出す。

「遅かったね、切り上げるの難しかった?」

席に座ると、藤井さんが訊ねる。

私は無言のまま、首を横にふる。

頭の中で、「大人の女性…大人の女性…大人の女…大人…大人…大人」と唱える。ダメだ、冷静になれない。

藤井さんには、きっととるに足らないこと。

疚しく感じていないのが分かる。平然としている。

私が怒る理由も見当がつかないに違いない。

私だけが、

偶然会った女性と話していたーー

そんな些細なことに、カッとする。

身動きできないほどの怒りを感じる。

どうかしているのだという自覚はあったが、怒りはなかなか収まらなかった。


会話が弾まないまま、メインを終え、デザートに移る。ブルーベリーのソースを添えたクレープは美味しそう。

コーヒーを飲みながら、ようやく、チョコレートを取り出す。

彼は礼を言い、受け取って、

「特別扱いをしてほしい?」

目を覗きこまれる。


「してほしくない。」

即座に言い返した。


「じゃあ、しない。」

そう言って、包みを開けもせずにチョコを床に置いてあった紙袋に放り込んだ。中には、チョコが沢山入っていた。


私は気にしていない風を装った。

「藤井さん、沢山チョコ貰ったんですね。うちの部もみんなの机の上、山積みだったんですよ。一番はね……」

とお皿をフォークでつつきながら、話し始めた。

目は絶対に合わせなかった。


食事を終え、駅まで歩く。

「寒い?」と聞かれて頷くと、手を繋がれる。

しばらく、黙ったまま歩く。

「ホテルの部屋取ってるけど、どうする?」と 聞かれる。

「行く。」と答えると、


手をぎゅっと握られ、引き寄せられた。





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