遭遇
その日の午後イチで5階のIT統括部に行き、部長の確認印を貰って戻ろうとした時、廊下の向こうから やって来る彼と橘の姿が目に入った。
隠れるところがどこにもない。
私は俯いたまま、お辞儀をして通り過ぎようとした。
「佐倉、こんなとこで珍しいな。」
橘が立ち止まる。
仕方なく足を止めて顔を上げ、IT部の部長印を貰った帰りだと説明する。
「機嫌良かったろ?
部長、佐倉のファンだから。」
「ファンって? 何それ? 親切ではあったけど。」
「ホントかよ?鬼部長のくせに。営業の女の子の中で、一番感じが良いって、この前言ってた。お宅の部長にITにお使いさせろって、無茶ぶりしてた。」
「そう………なの?」
そんなの聞いてもうれしくないよ。
「人気者だね、佐倉は、」
橘に嫌味っぽく言われる。
「ハハハハ……」と力なく笑う。
その時、それまで黙っていた藤井さんが
「先に行ってるから。後から来て。」と橘に声をかけてIT部に入って行った。
その声にビクッとして、藤井さんを見上げる。
私を全く映さない瞳は冷たい光を放っていた。
藤井さんが去った後、
「…… お前、何してんの?」
橘の不機嫌そうな声。
「何もしてない。」と答える。
「修正可能なの?」
そんなことを聞かれても、不可能としか言えないよ。
「状況最悪だな。すげぇ徒労感……
俺の、お前に費やした時間を返せ。
無駄骨を折らせやがって。」
「ごめん……なさい?」
首を傾げて、必殺の上目遣いをしてみる。
「全然……かわいくない。」
と全否定された。




