第8話 レモンの実力
ユキはあのドラゴンとの戦いで身体がボロボロになっていたため療養中であった。
見舞いに来てくれてたのはアンドレイとセルゲイそして自称姉のマリアだった。
「私がドラゴンを狩っている間にユキもドラゴンと戦うことになるとはな。すごい偶然だ!」
どうやらマリアはドラゴンを狩れるほどの腕を持っていたらしい。
「……それでその手に持っているのは?」
「ああ、これか。私の手作りのおかゆだ」
マリアがユキの目の前におかゆらしきものを食器とともに置く。
(この世界にも米があるのか。いや、もしかすると米もどきかもしれない。
原料をみたらSAN値が下がりそうだから聞かないけど)
自分の正気度(SAN値)がどれくらい残っているのか疑問に思いながらも、ユキは恐る恐るマリアのおかゆを食べた。
「……すっぱい」
見た目は普通のおかゆなのになぜか酸味があった。もしかするとこれがこの世界の普通の味なのかユキが疑問に思っていると
「身体に良いものを色々と入れてみたんだが……」
マリアの発言にユキはきっとそれが失敗だったと言いたいが、言うとマリアが傷つくと判断し心の中にしまった。
「それにしても私をジロジロとみていた奴らは退学処分だそうだ。
あの三人組が件のマリアを下卑た目で見ていた連中らしい。
校則違反な上に多数の生徒たちを危険にさらしたのだから、それくらいの罰則は受けてもおかしくはなかった。
「勇者育成学校もこの件を受けて制度を色々と変えるらしい。詳しいことはこの紙に書いてある」
勇者育成学校は彼らのような人間を育てないようにするため、対策を色々と練ろうとしているらしい。そしてマリアから書類を受け取り、目を通し始める。
そこには入学試験時に今まで行ってこなかった適性検査や面接を行うことや授業のやり方などを変えて、心のケアを大切にするということが書かれていた。
(文化や教養が違うから僕たちの世界基準で考えたらダメとはいえ、当たり前のことしか書いていないような気がする)
ユキはこの学校の未来を心配していた。
「あとドラゴンの子供をなつかせるとはさすがは私の自慢の妹だ」
ユキはマリアの言葉に照れ、顔を赤くする。ちなみにレモンはユキの身体に抱き着いたままだった。
「ユキは大きなダメージを受けて身体が痛いんだろう。体を拭いてやるから、服を脱ぐんだ!」
「えっ……?」
(こういうのってメイドさんにやらせるものじゃないの?)
ユキはマリアの言葉に疑問に思ったが、マリアによって強制的に服を脱がされた。
さすがにこの数か月で女の子の身体になれたものの、同性のまえで脱がされると恥ずかしさで先よりも真っ赤な顔になる。
マリアは手馴れない手つきでユキの身体を拭いていく。
「……やっぱりユキの方が胸が大きい気がする」
ちょっと不機嫌そうになったマリアはユキの胸をわしづかみにする。
「ちょっと何をするんですか!?」
「……ちょっとどころではすまないな。ユキの方が少し大きいぞ!」
「そんなの知らないよ!」
いつマリアはもむだけで胸のサイズを計れるようになったのだろうか。
そしてユキの身体を拭き終えたマリアはユキの部屋に来た建前の理由を言う。
「それにしても少し厄介なことになっていてな」
「どういうことですか?」
マリアの突然の言葉に聞き返すユキ。
「実際に魔法を使ってみるといい」
ユキは疑問に思いながらも窓を開けて、外へ向かって魔法を放つ。
「行け、ファイヤーボール」
しかし、何も起こらなかった。
「魔法が……使えない?」
今まで使えていた魔法が突如使えなくなったことに驚く。
「魔力がほとんどない人間が高位の精霊やドラゴンと契約すると、自身の身体で生成された魔力がすべて契約した方に流れるらしい。もっとも普通は魔力が高い人間と契約するからこのケースは稀なんだがな」
(レモンになつかれただけで契約した覚えはないけど、要はレモンに魔力を全て吸い取られているってわけか)
ユキは退屈そうにしているレモンの方をチラッとみる。
事情は分かったもののさすがに魔法が全く使えなくなったことに対し、ユキは少し落ち込んでしまった。
「落ち込むな!私がそばにいれば何の問題はない」
(確かにマリアの言うとおりだけど、今の僕は影武者みたいなものだからマリアの傍にいないことが多いと思う)
マリアの言葉に対し、ユキはため息を吐いた。
「今日は一緒に寝てやるから、ユキの体調が戻りしだい、レモンの実力を見るためにいつもの平原へ行くぞ」
「ちょっと待って。なんで一緒に寝るの?」
「姉だからだ」
ユキの質問に対し胸を張った後、マリアはユキの横に寝始めた。ユキも(精神的な意味で)疲れていたためゆっくりと瞼を閉じた。
ユキがぐっすりと寝ている姿をみながら、マリアは独り言をつぶやく。
「魔王の呪いによって母上が妹を身ごもりながら死んでからも、私はずっと妹がほしかったんだ。
それはたとえ呪いをかけた魔王を倒したとしても絶対にかなわない夢だった。
でもユキはそれを叶えてくれた。だから、私はユキのことが好きなんだ。
だから、どんなことがあっても私は二度と妹を失わせわしない」
その呟きは誰にも聞きとられないくらい小さかった。
後日、ユキの身体が治った後、ユキが初めて戦闘を行った平原に来た。
今回の護衛はいつもの2人ではなくエーカーとパトリックという若い兵士だ。この二人は数体のドラゴンと戦闘をし、生き延びてきたことで有名らしい。そのため、レモンが万が一暴走して襲いかかるようなことがあっても取り押さえることができる可能性が高い2人が選ばれた。
セルゲイもドラゴンと戦ったことはあるが、地方の兵士の訓練を見るため城から出ており、不在の時の護衛は若い彼らに任せると伝えられていた。
ユキたちの目の前に現れたのはシルバーウルフと呼ばれる銀色の毛をもつオオカミ。パワーは低いものの低級モンスターの中では足が速く、戦闘が長引くと群れをなすため初心者の冒険者にとっては危険なモンスターの1体。
勝敗の行方は群れを呼ばれる前に決着をつけれるかどうかだ。
「行け、レモン!君に決めた!」
ユキの腕に抱き着いていたレモンがシルバーウルフに向かっていく。
「レモン、灼熱の……火炎放射だ!」
さすがに元キングの魂と同じ技名はどうかと思ったユキは無難な技名を言う。
レモンが口から炎を吐き、シルバーウルフを焼き尽くそうとするが、シルバーウルフは炎を持ち前の速さで避け、レモンに近づいていく。
「レモン、アブソリュート……ひっかく攻撃!」
レモンは飛び掛かってきたシルバーウルフの顔面を爪でひっかき、シルバーウルフをひるませる。その隙にもう一度炎を吐き、シルバーウルフの丸焼きができた。
「やったな、レモン」
褒められたことでレモンがユキに抱き着き、うれしそうな表情をする。
「俺たちが苦戦したドラゴンってあんな感じだったか?」
「苦戦したも何もあの時のお前はドラゴンの先制攻撃ですぐさまやられていただけだろう。セルゲイ達がいなければ、俺たちは死んでいてもおかしくはなかった。
それにしてもあのドラゴンはユキ姫によくなついている。ドラゴンは孤高の存在でなつくことが珍しいと聞いたが」
エーカーはパトリックの言葉を冷たくあしらった。彼にとってもドラゴンがなついていることは異常らしい。
「孵化して初めて見たのがユキだからなついていると言っていたぞ」
「……神聖なドラゴンと小鳥を同じ扱いにするなと言いたいな」
エーカーは姫であるマリアの言葉すら切り捨てた。
「ドラゴンがなつくには高い魔力を持つこと以外にも本人の資質や才能が重要だと聞いたことはあるが、それが生まれたばかりの子供にも当てはまるかについては知らない。
詳しいことを知りたいのであれば、城からは離れているが東の山脈地帯にあるドラゴンと人間が共生している村で聞き込むとわかるとは思うが……」
今日のマリアは珍しくエーカーの話をまじめに聞いていた。
ユキは持ってきた木でできたかごからクッキーを取り出す。
「アルと一緒に焼いてきたクッキー、食べる?」
『うん、食べる』
レモンは大きく頷くと、手でクッキーをつかむとユキのクッキーを食べ始めた。
ユキは犬にチョコレートをあげたら毒になるようにレモンになんらかの異常をきたすのではないかと思ったが、レモンは最後までクッキーを食べ終えた。
そしてレモンがねだるようなポーズをとったことでユキは杞憂に終わったことに一安心していた。
そのような2人(正しくは1人と1匹)のほのぼのとした光景を見る三人。
「あれが討伐依頼で戦うような凶悪なドラゴンの子供とは思えないぜ」
「「それは同感だ」」
パトリックの言葉にうなずくエーカーとマリアであった。
その後もシルバーウルフが何体か襲いかかってきたが、群れを呼ばれる前にレモンは返り討ちにできた。
マリアが言うには生まれたばかりにもかかわらずレモンは中級クラスの実力をすでに持っているらしい。
ユキはそれを聞いてさすがはドラゴンの子供だと思った。
ドラゴンが使役できるようになった代わりに魔法使用不可になった主人公。
なんか主人公自体の能力がどんどん低下していくような気がする。