~第4章~母親~
~第4章~母親~
あの時、朦朧とした意識の中、私に優しく語りかけたあの声、どこか聞き覚えのある声なのに、思い出せない。
「誰なんだろう」
そして、私はそんな事を考えながら、パジャマのまま部屋の椅子に座って外を眺めていた。
「はぁ~」
思わずため息がこぼれる、いくら思い出そうとしても、思い浮かばなかった。
一人静かな部屋にドアをノックする音が響いた。
「お嬢さま、上岡です」
「どうぞ」
上岡はゆっくりとドアを開けた。
「失礼します」
部屋に入ってきた上岡は、パジャマ姿のままの優華を見て、少し呆れたような顔をした。
「お嬢様、今日も学校をお休みされるのですか」
「ええ、まだ、頭が痛くて」
私はそう答えるしかなかった。
今は何でもなくても、学校の制服を見るだけで、頭痛や吐き気がして、着ることすら出来なかった、さらに学校の事を考えると、さらに酷い頭痛と吐き気を催してしまう。
その症状は、増成先生に処方してもらった薬を飲んでも和らぐことはなかった。
「やはり、お嬢様、増成先生にまた診てもらった方がよろしいのでは?」
「そうね、でも、もう少し休んでいれば、そのうちに治ると思うから」
「そのうちと言われても、もう、一ヶ月も学校をお休みされているのですよ」
「もう、そんなに・・」
「そうですよ、それに、お嬢様、高等部へ行かれてから、元気がないようにも見えましたし、もし、何か学校で嫌なことでもあるのなら、言ってくだされば、私が出来る事はしますから」
「ありがとう、でも、学校では嫌な事なんてないの」
上岡は腕時計をチラッと見て一呼吸置いた。
「それなら、お嬢様、少しでも早くご病気を治されて」
「分かっているわよ、ただ・・」
「やぱり、増成先生にもう一度診てもらいましょう」
「そうしてもらう事にするわ、薬も少なくなってきているから」
「わかりました、今、先生に連絡を取りますから」
上岡は携帯を取り出し病院へ電話をした。
『上岡です、増成教授をお願いします・・・』
電話でのやり取りを済ませると、上岡は電話を切った。
「お嬢様、増成先生、すぐに来られるそうですから、お部屋でお待ちください」
「えっ、今日、増成先生、忙しいのに大丈夫なの?」
「ええ、増成先生もお嬢様の体調が気になっておられたようですから、回診の後にすぐに行くと」
「私がなかなか治らないから・・・先生にも迷惑掛けてしまって・・・」
「お嬢様、そんな事はないと思いますよ、それより、早く元気になられて」
「ありがとう」
「いいえ、そんなお礼なんていりません、私はお嬢様の為なら、何でもしますよ、それでは、失礼します」
上岡は軽く頭を下げると、向きを変えドアの方へ歩いていった。
「あっ、上岡さん!」
「何ですか、お嬢様」
上岡は向きを変えて、歩み寄ってきた。
「あの、私のママって、優しい人なのかな?」
上岡は思いも寄らない言葉に戸惑った顔を見せた。
「えっ、お母様ですか・・・い、いや、私はお嬢様をお産みになられて、すぐにお亡くなりになったとしか、聞いておりませんが」
「私のママは私を産んで、本当に死んだの?」
「ええ、私は、お亡くなりになったと、聞いておりますが・・・」
上岡はズボンの後ろポケットからハンカチを取り出し額の汗を拭った。
「それじゃ、ママの写真とかはないの?私、自分のママの顔も知らないのよ、それに、お墓だって行った事がないの、お墓がどこにあるかも教えてくれないし、どうしてなの?」
上岡はハンカチで額の汗を何度も拭っている。
「いや、その・・お母様の事に関しては、私は全く知らないんです、その知っている事なら、何でも、お嬢様にお話し出来るのですが、その件については、お父様でないと・・・」
普段は歯切れ良く話す上岡がおぼつかない様子で、言葉を選んで話しているようだった。
「だって、パパに聞いても、今は忙しいから、後で・・・って、それに、いつもどこに居るか分からないし、それじゃ、パパと一緒に居る秘書の携帯の番号を教えてよ、それなら、上岡さんでも知っているでしょ」
「いや、その、同行している秘書の携帯番号は・・お嬢様にも・・その・・セキュリティーの関係で・・」
「なによ、だって、私のパパの秘書の番号でしょ、どうして、私の教えられないのよ」
「それは、お父様の許可が必要で・・申し訳ありません・・それは、ご勘弁を」
上岡は深々と頭を下げた。
「もういい、どうして、どこを捜してもママの写真が一枚もないのよ、位牌も見当たらないし、それで、ママが死んだなんて言われても、私、信じられないよ」
「そうですね、あの、お嬢様の仰ることも分かるのですが、私もお母様の事については、お父様でないと・・・」
「だって、普通は写真とかあるでしょ、それとも、私にママの顔を知られたくない事でもあるの」
「いや、そんな・・事は、無いと・・思いますが、私は本当に分からないんです」
「上岡さんなら、知ってるかと思ったけど、本当に知らないなら、もう、いいわ」
「申し訳ありません」
上岡は頭を下げた。
「でも、お嬢さま、どうして、お母様の事を急に」
「うん、別に、ただ、小さい頃から、ママは死んだって聞いてたけど、どんな人だったのかなって気になって、上岡さんなら何か知ってるかなって思ったの」
「そうですか、申し訳ないです、お役に立てなくて」
「いいの、ごめんなさい、引き留めちゃって」
「いいえ、大丈夫です、それでは、失礼します」
上岡は軽く頭を下げると、ドアの方へ歩いていき、ドアの前で振り返った。
「お嬢様」
「なに?」
「あの、私が思うに、お母様はきっと優しい方だったと」
優華は上岡の言葉を聞いて微笑んだ。
「上岡さん、ありがとう、きっと、そうね、声もきっと優しい声よね」
「そうだと思います」
上岡がドアの方へ向きを換えドアを開けた瞬間、背後から優華の悲痛な声と、大きな物音に振り返った。
「痛い!頭が・・・痛いよ」
上岡の視線の先には、床に倒れている優華の姿があった。
「お嬢様!、お嬢様!・・・どうされました!」
上岡は優華の元へ駆け寄った。
「痛いよ、助けて」
「お嬢様、しっかりしてください、すぐに、増成先生を呼びますから、お嬢様、しっかりしてください」
頭が割れるような激しい痛みに、意識が遠くなっていき、呼ぶ声も遠ざかっていく。
私の身体を必死に揺さぶっている、上岡さんの姿も薄れていった。
すると、不思議な事にスーッと楽になっていき、頭の痛みが和らいでいった。
「お嬢様、お嬢様、返事をしてください」
必死に呼びかける上岡の声は優華に届かなくなった。
その変わりに優華には別の声が聞こえていた。
「ゆうちゃん」
あっ、あの時の優しい声だ・・・だれなんだろう・・・でも、とっても、心地が良い声。
あー、身体が軽くなってフワフワと浮かび上がっていくみたい。
なんだろう、とても気持ちが良いや、それに段々と明るくなっていく。
『ここは、どこなの?』
明るくなった視界の先には、優しそうな女性の姿が見える。
『だれ?』
『あっ、わかった、私のママだ、良かった、ずっと、探していたんだよ、逢いたかったんだ』
『ゆうだよ、ママなんでしょ、何か言ってよ、ゆうはいつも独りぼっちで寂しかったんだよ』
『ねぇ、ママ、どうして、何も言ってくれないの、嬉しくないの?』
『どうしたの、ゆうはママとお話しがしたいんだよ、あっ、ママ、行かないでよ、ちょっと待ってよ』
『ママ、ママ、行かないでよ、せっかく、逢えたのに、どうして、行っちゃうの、待ってよ』
「ゆうちゃん」
『なに、ママ、今、そっちに行くから』
「来ちゃダメよ、ゆうちゃんは戻りなさい」
『ママ、嫌だよ、ゆうはママと一緒に行く』
「ゆうちゃん、わがままはダメよ、ゆうちゃんは、独りぼっちじゃないでしょ」
『嫌だよ、ママ、行かないで!ゆうも一緒に連れて行ってよ』
女性の姿はどんどん遠ざかっていく、追いかけたくてもその場から動けなかった。
『ママ!ゆうを置いていなかいでよ~!』
「ダメよ、ゆうちゃんは、来ちゃだめなの、元気を出しなさい」
『嫌だよ、ゆうはもうダメなの、学校にも行けなくなっちゃたし、どうしたらいいか、わからないの』
「ゆうちゃん、自分で考えないとダメよ、ゆうちゃんはそれが出来る子でしょ」
女性の姿は遠くへ遠くへと小さくなって・・・視界から消えていってしまった。
『ママっ!私を独りぼっちにしないでよ!』
再び視界は闇に包まれた。
『ママ・・・私・・・寂しい・・・』
瞳から溢れ出た一粒の涙が頬を濡らしこぼれ落ちた。
ドアが勢いよく開けられる「上岡!容体は!」
増成は息を切らせながら、床に倒れたまま優華へ駆け寄った。
「バイタル!」
「は、はい、先生」
慌てる看護師に指示を出すと、床に投げ出されたままの優華の手を取った。
「脈が弱い」
増成は後ろを振り返ると看護師に言った。
「ボスミン0.2!用意して」
「はい」
看護師は診察鞄からアンプルを取り出し、注射器へ吸引するとステンレス製のトレーの上に置いた。
「バイタルは!」
もう一人の看護師が血圧と血中酸素濃度を測定している。
「はい、30の50、85です」
「上が50か、やはり低いな」
増成は振り返り看護師に言った。
「ボスミンを打つぞ」
「はい」
看護師は増成に注射器とアルコール綿を渡すと、看護師は優華の細い腕を持ち上げ下に注射用のクッションを当てた。
増成は優華の腕をアルコール綿で消毒し注射針を刺した、注射器のピストンを親指で慎重に押しながら、薬剤を注入していく、注射針が抜かれると看護師が針を刺した跡に保護パッチを貼った。
打ち終わった注射器を看護師に渡すと、増成は額の汗を拭った。
「これで、血圧が上がってくれれば良いが・・・」
増成は優華の乱れた髪を手で撫でながら整えた。
「上岡、これは、どういう事だ」
「い、いや、急に頭が痛いと言って、私が見た時は既に床に倒れられていて」
「偏頭痛だけで、こんな状態になるか、他に何か気がついた事はないのか」
「いや、私と話していた時は、お元気そうな感じでした・・もちろん、頭が痛いので、今日も学校を休むとは言っていましたが」
「学校はいつから休んでいるんだ」
「もう、一ヶ月位になります」
「頭痛でか」
「そうです」
「薬は」
「飲んでいるようですが」
「薬を飲んでも、学校を休むほど、頭痛が酷いのか」
「分かりませんが、学校へ行きたくない訳ではないようなので、頭痛が酷いのでは」
「検査した時は脳には異常はなかった、そんなに酷い頭痛なんて」
増成は看護師の方を向いた。
「バイタルは?」
看護師が数値を読み取り答えた。
「血圧、下が65上が95、血中酸素97です」
増成は数値を聞き、安堵の表情を浮かべた。
「ふぅ、これでとりあえずは安心だ、あとは、意識が戻れば、上岡、ちょっと手伝ってくれ」
「はい」
増成と上岡は優華を抱きかかえベッドに寝かせた。
蒼白だった優華の顔色は徐々に赤みを帯び普段の顔色に戻ってきている。
「よし、顔色も良くなってきている、しばらくすれば、目が覚めるだろう」
「そうですか、先生、助かりました」
上岡は増成に頭を下げた。
「上岡、ちょっと話があるんだが、時間あるか」
「ええ」
増成は看護師を呼んだ。
「少し席を外すから、後は頼むよ、意識が戻ったら呼んでくれ、秘書室にいるから」
「はい、わかりました」
増成と上岡は部屋を出た。
二人の看護師は、増成と上岡が部屋から出て行くと、手持ち無沙汰そうに部屋の中にある物を見渡していた。
「先輩、あたいもこんなお金持ちの家に生まれたかったです」
「こんなに広い部屋を使えるんだもんね、いいよね」
「あっ、先輩、この服、可愛くないですか」
「ちょっと、ダメよ、勝手に触ったりしたら」
テーブルに置いてある服をあれこれとみている。
「いっぱい服が買えていいなぁ~」
「だから、ダメだって触っちゃ、見付かったら、怒られるわよ」
「見るくらい平気でしょ、ちゃんと元に戻しておくから、あっ、これって、ちゃんとコーディネートされているんだ」
テーブルに置かれた服は全て一式揃えられた状態で置かれていた。
「あの子、割とセンス良いのね、ほら、これなんか、可愛いと思いません?」
「だから、ダメだって」
「平気ですよ、先生達もしばらく戻って来ないし、さっき、先生が安定剤を入れてたから、あの子も2、3時間は絶対に起きないですよ」
「まぁ、そうだけど、怒られるのは私なんだから」
「平気、平気、別に盗む訳じゃないんだし、それに、暇なんだもん」
「ちゃんと、元に戻しておくのよ」
「はーい」
看護師はテーブルに並べられた服を熱心に見ていた。
「先輩、なんか、洋服屋さんみたいですね、これって、どうして、揃えて置いてあるのかな?」
「よく分からないけど、すぐに出かけられるようにしているんでしょ」
「へぇーそうか、だから、カジュアルなのとフォーマル的なのとあるのか」
先輩看護師は優華の脈拍をチェックしてカルテに記入している。
「先輩!これ、どうですか?」
先輩看護師が振り向くと、後輩の看護師は優華の服を着て廻っていた。
「な、なにやってるの、誰が着てもいいって言ったのよ、すぐに脱ぎなさい」
「だって、見てたら着たくなちゃったんだもん、これ、凄く可愛い感じじゃないっすか」
「そうだけど、あんなた、怖い物知らずね」
「こんなにいっぱいあるんだから、別に着たくらいで怒らないでしょ」
部屋の鏡に自分の姿を見ながら、まるで、買い物に来たかのように一つ一つチェックしていた。
「なんか、これって、動き易いのに、お洒落な感じだと思いません?先輩」
「そうね、なんか、山登りの時に着たら良い感じかも」
「えっ、山登りっすか、先輩、山なんか登るんすか」
「山なんかって失礼ね、楽しいのよ」
「だって、辛いだけじゃないっすか」
「それがいいのよ、辛ければ辛い程、登り切った時に爽快な気分なのよ」
「へぇ~私は無理っすね、辛いの嫌いだから」
先輩看護師は、後輩の着ている服のコーディネートに関心を抱いていた。
「それ、確かに良い感じかも、山登りの服って、なんか男臭いのしかないのよね、すごく機能的な感じだし、可愛いわね、その服って、どこに売っているのかな」
「先輩、私も可愛いから買いに行こうと思って見たら、ここの服って全部タグが無いんです、その変わりに『YOUKA』って刺繍されているんですよ、ほら」
後輩は刺繍されている部分を見せた。
「ようか?」
「先輩、失礼ですけど、バカですか」
「えっ、だって、ほら、『よ・う・か』でしょ」
「先輩、マジですか、ボケとかいりませんよ、ほら、YOUで『ゆう』でしょ」
「だから、それは『ゆう』じゃないって、ことはないね、なにそれ、英語とローマ字が混ざってるのー」
「常識じゃないんすか」
「って事は、『ゆうか』あの子の名前かぁ、落としちゃった時に届けてもらえるようにか(なるほど)」
「先輩、なるほどじゃないっす、先輩は天然ですか?」
後輩看護師は上から見下すような姿勢をした。
「何がよ、さっきから、先輩に向かって、バカとか天然とか」
「あの、先輩、幼稚園生や小学生じゃないんだから、自分の服を落としてくる事なんてないでしょ、届けられた方が恥ずかしいわ、じゃなくて、この服は全部、この子のデザインか、オーダーメイドじゃないの」
「ひぃえー、全部オーダーメイド」
後輩は冷たい目で先輩看護師を見た。
「先輩、その驚き方、古いっすよ」
「うるさい、それ、いつまで着ているつもり、脱ぎなさい、あなたのじゃないんだから」
「はーい」
「あっ、でも、待って」
先輩看護師はメモを取り出し、後輩の着ている服のデザインを書き写した。
「先輩、それ、泥棒じゃないの」
「なにが」
「デザイン泥棒」
「別に良いじゃない、参考にするだけなんだから」
「もう、脱いでいいっすか、ずっと、着ているとホントに欲しくなってしまうんで」
「写したからいいわよ」
「ほぉーい」
後輩看護師は優華の服を脱いでナース服を着た。
「先輩、あれって、クローゼットですよね」
「そうじゃないの?」
「見てもいいですか、もっと服がありそうじゃない」
「ダメよ、そんな、クローゼットの中なんて」
「ちょっとだけ、覗く位はいいでしょ」
「私は良いと言えないけど、勝手にすれば」
後輩看護師は、クローゼットをそっと開けた。
「あれっ、制服しか入ってない」
「もう、止めときなさい、人の家なんだから、失礼でしょ」
「でも、先輩、制服以外は何も入ってない、こんなにスペースがあるのに」
「それじゃ、そこは、制服専用なんじゃないの」
「ふぅ~ん、制服専用のクローゼットって、金持ちは分からないわ、第一、制服なんて毎日着るんだかそんなのここに仕舞わなくても、壁に掛けておけばいいのにね」
「そうかもしれないけど、この子はそういうのが嫌な性格なんじゃないの」
「几帳面なのかな、朝香学園の制服って色々あるんですね、スカートも紺チェックとか赤チェックとか、上着も2種類あるんだ、へー、金が掛かりそうな学校だな~」
後輩はクローゼットを閉めた。
「だって、朝香学園は超お嬢学校だもん、金持ちしか入れない学校だからね」
「まぁ、そうだろうね、金持ちなら、アホでも入れるんでしょ」
「ねぇ、知ってる」
先輩看護師は急に声を潜めた。
「なんすか?」
「あの子、城東女子大付属を受験したって、知ってる?噂だけど」
「えっ!城東女子って、あの高校から医学部がある」
「ちょっと、声が大きいって!」
「この子、医者になりたいの?だって、制服、朝香のだったよ」
「だから、落ちたらしい」
「そりゃそうでしょ、だって、城東女子なんて、そんな簡単に合格しないよ、でも、あの親父の力を使えば裏口入学とか出来そうじゃん」
「城東女子は無理でしょ」
「まぁね、そんな裏口で医者になられても、困るわ」
「でも、落ちて良かったんじゃない、城東女子なんて裏口で入っても、勉強がついていけないでしょ」
「ははっ、先輩、確に、そうだ、だって、この子、頭が悪そうな顔しているもんね、ほら(アホ毛)」
「しっ!聞こえてたらどうすんのよ」
「大丈夫だって、まだ、ぐっすり寝ているんだから、見てよ」
後輩看護師が優華の方を指さした瞬間、優華の瞼が開いた。
看護師二人は慌てて優華の寝ているベッドへ駆け寄った。
「あっ、お嬢様、お寝覚めになられましたか、お加減はいかかですか?」
「私・・・ここは・・私の部屋」
「そうです、急に意識を失わたようで、私、看護師の松下由樹奈と言います」
病院のIDカードを見せた。
「そう」
「すぐに増成先生を呼んできますから」
「ほんと、増成先生、来てくれたんだ」
後輩看護師は急ぎ足で部屋を出て行った。
「今、呼びに行きましたから、すぐに来ると思います」
優華はベッドから起き上がろうとした。
「あっ、お嬢様、まだ、横になられていた方が、ご無理をされないようにしてくだい」
「もう、大丈夫、看護師さん、ちょっと、手伝って」
看護師は優華の肩を抱えてベッドに起き上がらせた。
「ありがとう」
「いいえ」
看護師は起き上がった優華の背中にクッションを当て楽な姿勢にした。
「痛くないですか?」
「うん、痛くないです」
ドアが開くと増成と後輩看護師が入ってきた。
「こんにちは、ゆうちゃん、おっ、さっきより顔色が良くなったね」
「先生」
「ゆうちゃんが倒れたって、上岡さんから連絡があったから、先生、ビックリしたよ、でも、元気になってよかった、まだ、頭が痛い?」
優華は頭を左右に振った。
「ううん、痛くないよ、ただ、ちょっと、頭がくらくらする」
「ああ、それは、薬のせいかもしれないな、ちょっと、強い薬を入れたから」
「私、そんなに」
「ちょっと、血圧が低下してたから、念のために、血圧を上げる注射をしたんだ、それと、安定剤がまだ効いているのかも知れないから、今日はベッドで安静にしていた方がいいよ」
「うん、わかった」
「お嬢様、ちょっと、失礼します」
看護師の松下が優華の腕に血圧計を巻き血圧を測定している。
「あっ、先生、あのね」
「どうしたの?」
「ママに逢ったの」
穏やかな表情をしていた増成の顔が優華の言葉を聞いた瞬間険しい表情が変わった。
「ママって、ゆうちゃんの?」
「うん、本当のママの顔は知らないから、たぶんだけど」
「どこで?」
「どこでって、さっき、夢の中で逢ったの」
増成は安堵の表情を浮かべた。
「なんだ、夢か、そうか、ゆうちゃんはママと夢で逢ったんだね」
「だって、死んだ人と、普通には逢えないでしょ」
「そ、そ、そうだね、ゆうちゃんの言う通りだね、どこでって可笑しいね」
「先生、凄い汗だよ」
「ほ、ホントだ、ははっ」
増成は急いでポケットからハンカチを取り出し額の汗を拭いた。
「そういえば、ゆうちゃん、さっき、上岡さんから聞いたけど、あれから学校を一ヶ月も休んでいるんだって」
「そうなの先生、頭が痛いのが治らないの」
「そう、でも、今回みたいに倒れたのは、初めて」
「うん、死ぬくらい頭が痛かった」
「そんなに、痛かったの?」
「急に頭が割れるかと思うくらい痛くて、それで気が遠くなって」
「そう、そんなに」
増成は口に手を当てながら、カルテに目を通している。
「脳のCTも異常なし、ただの偏頭痛がそんなに激しく発作的に出るなんて」
頭を傾げながら考えを巡らせている様子だった。
「ゆうちゃん、薬はちゃんと飲んでるよね」
「うん、一応・・・でも、効かないよ」
「効かない?って」
「飲んでも、痛い時は痛いし、痛くない時は痛くないの」
「うん、まぁ、それは、当たり前だけど、ブルフェン(鎮痛薬)とグラニセトロン(制吐薬)処方して、効かないのか、だたの偏頭痛じゃないのかな」
増成は考え込んでいる様子で沈黙が続いた。
「あの、先生」
「なんだい、ゆうちゃん」
「私ね、普段は平気なの、でも、学校に行こうとすると、頭が痛くなるの、それと吐き気が凄いの」
「学校に行こうとすると、頭痛と吐き気の症状でそれ以外は平気なの」
「うん、今日は違ったけど」
「その時、頭のどの辺が痛い?」
「わかんない、全体が痛いと言うか・・・なんか、締め付けられるような痛さ」
「圧迫されるような感じかな?」
「うん、そう言われるとそんな感じ」
「そうかぁ、なるほどね、頭痛の原因はあれか、でも」
増成は何かを思い当たる事がある様子だった。
「ゆうちゃん、学校で辛い事があったんじゃないの?」
「それ、上岡さんにも聞かれたような気がするけど、学校で嫌なことも辛い事も全然ないから、だって、私は学校に行きたいと思っているんだから」
「そうだよね、学校には行きたいんだよね、でも、学校に行こうとすると、症状が出るのというのが」
増成は再び考え込んだ。
「ゆうちゃん、変な質問してもいいかな?」
「うん、いいよ」
「逆にどうしてそんなに学校に行きたいのかな?」
「それは、だって、私が学校に行かないと、上岡さんとかに迷惑を掛けるから」
「そうなの?ゆうちゃんが学校に行かないと、上岡さんが迷惑だって言ったの?」
「上岡さんがそんな事を私に言うわけないでしょ、私、聞いちゃったの」
「何を聞いたの?」
「上岡さんとパパが、私の事を週刊誌に書かれないよう、お金を払うとか言ってたのを聞いたの、私が城東女子を受験しなかった事とか、高校をずっと休んでいるのは、希望校に全部落ちたから、病気になったとか、週刊誌に書かれないように、お金を払ったんでしょ」
「ゆうちゃん、それ、いつ聞いたの?」
「最近だよ、だって、私が高校を長く休むようになってからだもん」
増成は動揺しているようだった。
「しかし、最近の週刊誌っていうのは、本当につまらない事を記事にしようとするな」
「先生、でも、私、学校に行かないと、また、変な事を書かれちゃうかもしれないから、どうすれいいの」
「そうか、わかった、ゆうちゃんが学校に行けるようになる薬があるよ」
「先生、ホント!そんなお薬があるの!なんだ、早く、先生に診てもらえば良かった」
「でも、ゆうちゃん、その薬は強い薬だから、頭痛が治って学校に行けるようになったら、その薬は止めるんだよ、わかった」
「うん、わかった、だって、治ったら薬なんていらないじゃん」
「それじゃ、後で上岡さんに渡しておくから、受け取ってね」
「うん、先生ありがとう」
「どういたしまして」
増成は席を立つと看護師を連れ部屋の外に出て行った。