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~第2章~Accident 偶然~

~第2章~Accident 偶然~


結局、優華(京子)は照美が持ってきた服に着替える羽目になってしまった。


「ほんと、面倒くせぇ~なぁ~」


優華は道の小石を蹴飛ばした。


参道にある共同トイレを通り過ごし、県道へ出る脇道を探していた、トイレで着替えるのは優華的に許せなくて、車の中で着替えようと思っていた。


「健さん、まだ、近くにいるかな?」


そう言うと、リュックの中からスマートフォンを取り出だし、画面を操作して高倉の携帯電話を呼び出した。


『プルルッ・・・プルルッ・・・』


高倉はすぐに電話に出た。


『はい、高倉です』


高倉の声は心なしか、いつもより少し低くよそよそしい感じがした、しかし、優華は特にそのことには触れずに高倉と会話をした。


「あっ、健さん、ゆうだけど・・・」

『お嬢、どうかされましたか?』

「別に、どうもしないわよ、そんで、今、どこに居るの?」

『い、今ですか、まだ、駅の近くに居ますけど・・・ど、どうかされたんですか?』


高倉は突然の電話に戸惑っている様子だった。


「だから、どうもしてないって!ねぇ、だったら、すぐに迎えに来て、私の位置を車のナビに送るから」

『は、はい、あの・・お迎えですか?あの、もう、お帰りになられるのですか?』

「なに言ってるの、帰るわけないでしょ、だから、もう、何でもいいから、迎えに来なさい、いい、今、県道に向かって歩いているから、待ってなさいよ!」

『ええ、分かりました』

「それじゃ、よろしく」


優華は電話を切ると、スマートフォンの画面を操作して、GPSの位置情報を車のナビへ転送した。


「良かった、これで、トイレで着替えないで済むわ」


優華は参道から脇道に入り、木立の生い茂る小道を抜け県道に出ると、高倉が車の脇で時計を見ながら立っていた。

高倉は優華の姿を見るなり優華の傍へ駆け寄ってきた。


「お嬢、どうされたのですか?」


高倉はいつになく真面目な顔をしている。


「だから、さっきから、なんでもないって、言っているでしょ」

「でも・・・」


優華は背負っていたリュックを肩から外すと、高倉に差し出した。


「これ、持って!」

「は、はい、あの、お嬢・・・」


優華は高倉が言いかけた言葉を遮り、そのまま車の方へ歩き出すと、高倉は渡されたリュックを肩に掛け、優華の後を追いかけるように車へ向かった。

優華が車に戻って来た理由が分からず高倉は困惑していた。


「ちょっと、早く、ドアを開けてよ」

「あっ、は、はい」


高倉がドアを開けると、優華は抱えていた紙袋を革張りのシートの上に放り投げ、シートに足を組んで座った。

高倉がゆっくりとドアを閉めた。


「お嬢、どうしたんだろう・・・?」


ドアを閉め運転席側に回り込んだ高倉は、運転席に着くと運転席と後部座席を仕切っているシャッターを開けるスイッチに手を掛けた。


「お嬢、開けてもいいすっか」


高倉がそう言うと、すぐに返事が返ってきた。


「どうぞ」


高倉はスイッチを押した。

モーター音と共にシャッターが下がり、運転席と後部座席との仕切りがなくなると、高倉は身体を後ろに向けて優華にさっきと同じ質問をした。


「どうしたんすか?」


高倉の問いかけに、優華はすぐに答えず、備え付けてある冷蔵庫に手を伸ばすして、中からミネラルウォーターを取り出した。

蓋を開け一口飲むと、少し苛ついた様な口調で言った。


「だから、さっきから、なんでもないって言っているでしょ、同じ事を何回も聞かないでよ」

「すいません」


高倉は優華が車に戻ってきた理由が気がかりでならなかった、理由もなく車に戻ってくるとは思えなかった。


「ふう、今日、意外と暑いわね」


優華はミネラルウォーターをテーブルの上に置くと手で顔を仰いだ。


「そうっすね、天気予報で今日は暑いって言ってましたね、お嬢、エアコンの温度下げます?」

「いいわ、これで、外に出た時に、余計に暑く感じるから」

「確かにそうですね、それで、これから、どうするんですか?帰る訳ではないんですよね」

「そうよ、ただ、着替えに来たの」


高倉は予想していなかった優華の答えに戸惑った。


「あの・・着替えですか・・・」

「そう、着替えに来たの、同じ事を2回言わせないでよ」


優華は脚を組み換えると、ミネラルウォーターを一口飲んだ。


「あの・・お嬢・・この車に積んであるのは、ドレスかスーツだけなんですけど・・この辺に、アウトドアショップ的な店もなさそうですけど・・・」


高倉はカーナビを操作して店舗の検索をしている。


「ばっかじゃないの!それくらい、私だって分かっているわよ、あのね、着替えはここにあるの!」


優華は照美から渡された紙袋を高倉に突きだした。


「それ、どうしたんすか?」


高倉はさらに困惑している様子を見せた。


「メグが勤めている会社の社長に、着替えて来いって渡されたのよ」

「そうなんですか、あれっ、今日はメグさんとお二人じゃなかったんすか」


優華は少し前屈みで高倉に言った。

「そうなのよ、私も今日、初めて逢ったんだけどね、健さん、それがさ、聞いてよ、その社長というのが、玉淀製薬の子会社なのよ」

「たまよどせいやく?っすか?・・・玉淀製薬って・・なんか聞いた事あるような・・・ないような・・・」


高倉はピンと来ない顔をしているのを見て優華が業を煮やした。


「健さん、玉淀製薬よ、知っているでしょ」


高倉は頸をかしげている。


「もう、健さん、玉淀製薬は、今度、うちが買収する会社でしょ」

「あー、はい、はい、思い出しましたよ、あれっ、その会社って、お嬢が役員になる会社ですよね」


高倉は何度も頷いている。


「そう、新薬を共同開発をする予定なの」

「でも、お嬢、そりゃ、すごい偶然ですね、それで、お嬢はメグさんがその会社の従業員だったのも、知らなかったんですか」

「そうなの、メグは、あまり、仕事の話をしないし、私の事も聞いてこないから、だけど、まさか、玉淀製薬の関連なんて思わないでしょ」

「そうですよね、それで、お二人はお嬢が親会社の役員になるのは、知っているんですか」

「そんな事、知るわけないでしょ、知ってたら、私に、こんな着替えなんて渡さないでしょ」


高倉は一人で頷いていた。


「あー、それで、機嫌が悪いんですか」

「なんでよ」

「だって、役員様に着替えて来いなんて、1000年早いわって」


高倉がそう言った瞬間、優華は高倉を睨み付けたまま、しばらく沈黙が続いた。


「すみません」


高倉が頭を下げると、優華は堰を切ったように言った。


「あんたさぁ、私がそういうの嫌いだって、知っているでしょ、役員だろうとなんだろうと、関係ないのよ、私はそんなね、権力を振りかざすような、人間にはなりたくないの、分かってんでしょ」

「その通りです」


優華には時々冗談が通じない時があり、高倉も言葉に気をつけているが、たまに地雷を踏んでしまうことがあった。

しかし、その爆発もすぐに収まる事も分かっていた。


「まぁ、面倒くせー事させるなとは思っているけどね」


優華はニコッと笑顔を見せた。

高倉は車に戻ってきた理由がハッキリした事と、優華の笑顔を見た事で高倉はホッとした表情を浮かべた。


「それじゃ、早く、着替えて、行ってあげないと」


高倉がシャッターのスイッチに手を掛けようとすると、優華がそれを制止した。


「健さん、ちょっと、待って、まだ、聞いて欲しい事があるの」

「はい、まだ、何かあるんですか?」


優華の表情が急に神妙になった、高倉もその変化に気がつき表情を強ばらせた。


「健さん・・信じられないと思うけど、あいつが居たの」

「だ、誰ですか」

「10年前の・・・」


高倉は強ばらせていた表情を緩ませた。


「あー、10年前のって・・・お、お嬢、そ、それは、ないっすよ、それは、絶対に見違いですよ」

「私だって、そう思ったわよ、でも、見間違いじゃないの、間違えなく、私の事を『優華』って呼んだのよ」


高倉は優華の話を聞いて、再び表情を強ばらせた。


「ほ、本当っすか、だって、そんな、偶然、あり得ないっすよ」

「私だって、びっくりしたわよ、それに、『10年前にここで逢わなかったか』って言ったの」


高倉は後部座席の方へ身体を乗り出して言った。


「本当ですか!まず、お嬢の事を「優華」って本名で呼ぶ人って、そんなに多くないっすよね」

「そうよ、普通は「ゆう」って呼ぶでしょ」

「ええ、そうですね、それに、10年前・・・それ、マジ、本当の話なんですか?」

「そんなウソをついてどうすんのよ」

「確かにそんなウソをついても仕方ないっすよね」


高倉はそんな偶然が重なるとは思えなかったが、優華の言うとおりであればその10前の事件を起こした本人がこの山に来ていて、さらに、優華に接触してきたという事を認めざる得なかった。


「でも、そんな、偶然が重なる事なんて・・・」


高倉はまだ話しが信じられなかった。


「だから、私の嫌な予感は当たるって、今朝、言ったでしょ」

「いや、それは、だって、そんな・・・」

「私だって、そんな予感は当たって欲しくないけどさ、まっ、そう言うことなのよ」

「それで、10年前の事は解決したんすか」

「そんなね、簡単に解決なんてする訳がないでしょ、もう」

「でも、逢って話しをしたんですよね」

「そんな、あんな奴と私が話なんてする訳がないでしょ、シカトしたら居なくなったから良かったわよ、大体ね、あいつはね、私が一番大事にしてた物を奪ったのよ」


高倉は熱弁を振るっている優華に水を差した。


「いや、その件については、俺は、どうなのかなって、思うんですけど」


その高倉の言葉に優華の目つきが変わった。


「健さん、なに、私が悪いって言いたいの」

「いやいや、そんな事はないですけど、でも、たかが」

「たかが、なによ、健さんには、たいした物じゃないかもしれないけど、私にとってはね、人生の汚点なのよ」

「そんな、大げさな事じゃ・・・」


そう言いかけて高倉はすぐに訂正した。


「ですよね、確かに、それは、お嬢にとっては、大切なものでしたからね」

「そうでしょ」


高倉は一つ気がかりな事があった、お嬢があいつと呼ぶ人間に接触した時、お嬢の身体に異変が起こらないとも限らない、それが一番の問題だった、一時は居なくなったとはいえ、再び接触してくる可能性はないととは言えない。


「それで、お嬢、身体の方は大丈夫なんですか?」

「やっぱり、ダメっぽい感じ、さっき、思い出しただけで、頭痛が」


優華がそう言うと、高倉はダッシュボードを開け、中からピルケールを取り出し、優華に差し出した。


「薬、持っていきますか?」


優華はそのピルケースを見て驚いた。


「それ、私が高校の時に使っていたケースじゃない、どこにあったの?」

「ええ、この間、車の中を掃除してた時に、シートの奥から出てきたんですよ」

「そうなの、そんな所にあったんだ、あの時、見付からなかったのに」

「持って行きますか?」

「だけど、もう、そんな古い薬は効かないでしょ」

「いや、中味は新しいっすよ」

「なんでよ」

「まぁ、一応、何かあった時に必要になるかと思って」

「そうなの、でも、その薬を飲むと、クセになるから、要らないわよ」

「そうっすか、わかりました」


高倉はダッシュボードの中にピルケースを仕舞った、この薬の副作用を高倉も十分知っていた。


「健さん、着替えるから、閉めて」

「はい」


モーター音と共にシャッターが閉まると、高倉は独りごとのようにつぶやいた。


「まさか、10年前・・何事もなければいいけど・・・」


高倉は嫌な予感が的中しない事を願っていると、後ろの座席から優華の叫び声が聞こえた。


「いやぁ~!なに、これ!」


高倉はシャッターの開閉スイッチを押すと同時に叫んだ。


「お嬢、どうしました!」


徐々に開きかけているシャッター越しには、優華が着替えの服を両手で広げたまま硬直している。

高倉の顔が見えると、優華は高倉に手にしている服を両手で差し出して言った。


「健さん、これ、見て!」

「は、はい」


しかし、高倉には至って普通の服にしか見えない、優華が何をそんなに驚いているのか理解が出来なかった。


「あの・・可愛い服ですね、お嬢に似合いそうな感じですけど・・・」


モコモコして触り心地が良さそうな上着とカットソー、ブルー系のチェックのスカートと同系のタイツ、それにキャスケット、派手な山ガールファッションと比較すると地味なデザインであったが、特別に問題がありそうな服では無いように思えた。

しかし、優華はそのまま硬直したまま、驚くきの表情を緩ませていない。


「健さん、この服、憶えてないの?」

「はい?なにをですか?」


高倉は質問の意味が分からなかった。


「健さん、ほんとに、憶えてないの?この服、私が昔、着てたのと、似てるのよ、というか、同じなのよ」


高倉は優華が若い頃に好んで着ていた色使いの服である事はわかっていたが、それ自体に大きなも問題なないように思えた。


「そうですね、お嬢が若い頃、まぁ、今も若いですが・・そういうブルー系の服をよく着てましたよね、時々、赤色とか着てましたけど・・・それは、まぁ、特別な場合で・・」

「もう!だ・か・ら!私が10年前に、この服を着て、この山に登ったでしょ、憶えてないの?」


優華の言葉を聞いて高倉は驚いた。


「えっ、ほ、本当ですか?しかし、お嬢、よく憶えてますね」

「私は忘れたいわよ、だけど、あの時の事は、今でも鮮明に憶えているのよ」

「そうですか、でも、その社長さんは、10年前の事なんて知らないはずですよね」

「知らないに決まっているでしょ、今日、初めて、逢ったんだから」


高倉は少し考え込んでいた。


「こんなに偶然が重なりますか?」

「そんなの知らないわよ、でも、間違えない、この服よ、どうして・・」


優華は照美から渡された着替えを一つ一つ確認するように見ている。


「でも、お嬢、そういう服って似たような感じのが多いじゃないですか・・」

「そう、思いたいけど・・」


優華は意を決したように息を一つ吐いた。


「もう、いい、私、着替える、健さん、閉めて」

「は、はい」


高倉はシャッターのスイッチを入れ、正面を向き腕を組んで思いを巡らせていると、サイドウインドの向こうで笑顔で手を振っている女性が視界に入った。


「お、お嬢」


高倉はあまりの変わりように一瞬分からなかったが、間違えなくその女性は優華だった、急いでサイドウインドを開けた。

「健さん、それじゃ、行ってくるね」

「は、はい、き、気をつけて」


高倉はしどろもどろになった、視線の先には、山ガールファッションに身を包み、普段は下ろしている髪をポニーテールにしている優華の姿があった。

その姿は20才台と言われても疑う余地のない程で、その優華の変わりように高倉はいつも驚かせられている。


「なんで、俺、いつも、ドキドキしちゃうんだろう、ポニーテール属性なのかな、俺?」


高倉は運転席から出ると、手を振りながら言った。


「お嬢!何かあったら、連絡ください!この辺で、待ってますから~!」


その声を聞いた優華は腕を高く上げて手を振りがら参道へ続く脇道に入っていった。


「ちょっと、時間が掛かり過ぎちゃったかな」


脇道を抜け参道に戻った優華は、メグと照美が待つケーキ屋に向かった。





「メグちゃん、そんなに食べたら、お昼が食べられなくなっちゃうんじゃない?」


照美はそう言うと、コーヒーフロートのグラスに付いている滴を指で弾いた。


「問題ないでげすよ、ポテトは別腹っす」


メグはショートケーキのクリームが付いているフォークを舐めた、その姿を半ば呆れたように照美は見ていた。


「京子さん、遅いね」


照美が携帯電話の待ち受け画面を見ていると、目の前でメグがフォークを咥えたまま指を1本立てている。


「えっ?まだ、1時間も経ってないでしょ」


照美は1時間経ったというサインだと思ったが、そうでは無かったようで、メグは頭を大きく左右に振っている。


「違う、もう一個、食べていい?」

さっきまであったはずのケーキは跡形もなくお皿から消えていた。


「えーっ、メグちゃん、ほんと、食べ過ぎだって!」


メグの表情が一瞬で曇った。


「ダメ?」


そのメグの「ダメ?」には、さすがの照美も負けてしまう。


「そんな、顔で見られたら、ダメって言えないでしょ」

「やったー\(^O^)/」


照美は氷が解けきったコーヒーフロートを一口飲んだ。


「メグちゃんのその笑顔にやられちゃうんだよね、それで、次は何を食べるの?」


既にメグは真剣な顔でテーブルのメニュー写真を見ている。


「ベイクドチーズケーキっ!」


照美は呆れ顔で言った。


「もう、それしか残ってないもんね」


6種類しかないメニューで食べてないのはそれしか残っていなかった。

照美が店員を呼ぼうと手を揚げると同時に店のドアが開らき、京子(優華)が店に入って来た。


京子はすぐに照美に気がついた。

「お待たせ!」

「あっ、京子さん、ベストなタイミングだよ」


店員より先に、京子がテーブルに現れると、メグの顔は一気に不安な表情に変わった。


「あっ、京子たん、早かったね、もうちょっと、遅くても良かったのに」


照美は呼ばれた店員が来ると会計を伝えた。


「メグちゃん、もう、行くよ」

「えーっ、だってー、まだ、食べてないもん」

「あれっ、照美、まだ、ケーキ、食べてなかったの?」


照美を大きく頭を振り、手を大きく広げて京子に見せた。


「5?って、まさか、でしょ」

「その、まさか」

「ケーキ5個も食べたの?」

「そう」

「だって、食べてないって」

「ベイクドチーズケーキはね」

「6個目?」


京子はメグの身体は半分ケーキで半分はポテトなのかと想像してしまった。


「ほら、メグちゃん、行くよ」

照美がメグの手を引いても、メグは椅子から立ち上がろうとしない。


「だって~、ベイクドチーズケーキが~まだ・・・」

「もう、メグちゃん、ケーキを食べに来たんじゃないでしょ」

「いやだぁ~チーズケーキっ!」


京子はこの状況を見て、このままだとメグのイジケ虫3号が出現してしまうと悟った。

照美はメグの手をとって半ば強制的に席から立たせようとしている。


「もう、帰りに食べれば良いでしょ」


しかし、メグに子供だましは通用しない。


「今、食べないと売り切れちゃうよ~」


京子は椅子から立ち上がろうとしないメグにケーキの箱を差し出した。


「はい、メグ、これで、いいでしょ」


メグは京子が差し出したケーキの箱に目を丸くして、京子の顔を嬉しそうに見た。


京子はイジケ虫3号を阻止するには、ベイクドチーズケーキを与えるしかないと判断して、お土産様にケーキを買っていた。


メグは箱の大きさと重さから、中には数個のケーキが入っている事を悟っていた。


「京子たん、全部、食べていいの?」

「全部!まぁ、別に良いけど・・・そんなに食べられるの?」


そこに照美が割って入り、メグの持っていたケーキの箱を取り上げた。


「ダメ、ダメ、ダメ、もう、メグちゃん、いくつケーキを食べれば気が済むのよ」

「あ~ん、返してよぉ~京子たんがくれたんだもん、てるみんの鬼!」


照美はそのまま京子の元に行くと、申し訳なさそうな顔で京子に話しかけた。


「ゴメン、もう、メグちゃんはさぁ、ケーキとポテトには目が無いからさぁ」

「あっ、そんな、気にしないで」

「あのケーキの分は私が払うから、いくらだった?」


京子は両手を振った。


「いいよ、お金は、私が待たせちゃったから、後で、みんなで食べようよ」

「そう、悪いね」


照美はさらに申し訳なさそうな顔をしながらレジに向かった。


「照美、もう、私が払っておいたから、いいよ」


照美は急いで京子の元に戻ってきた。


「それは、ダメだって、ここの分は、私が払うから」

「いいよ、私が待たせたんだから、いいのよ、照美、お財布、仕舞って」

「だけど・・・」


メグはテーブルの上でケーキの箱を開けてケーキの数を数えている。


「メグ、もう、行くよ」

「はーい」


メグはケーキの箱を丁寧に閉めると、ニコニコしながら京子の元に向かっていった。


「京子たん、あんがと」

「後でみんなで食べようね」

「うん、ぼっきゅんの分、3個あった」

「あっ、まぁ、そうだね・・・・5個買ったからね・・」


照美と京子は呆れて物が言えない的なジェスチャーをした。


「さぁ!しゅっぱーつ」


メグの張り切りは店を出るまでしま持たなかった。


「暑ちぃ(ダラリ)」


既に太陽が真上に上がっている、メグは暑さにすぐにダウンしてしまった。

そんなメグを何とか引っ張りながら、3人は再びケーブルカー乗り場へたどり着いた。

さっきより並んでいる登山客も減り、下山する人もちらほら見受けられる程だった。


「さすがにこの時間になっちゃうと空いているね」


京子の問いかけに照美はにこやかに答えた。


「そうだね~さっきは凄かったもんね~これなら、すぐに乗れそうだね」


メグはケーキの箱をじっと見つめながら、つぶやいている。


「ケーキのクリーム解けないかな~」



3人はケーブルカーのチケットを買い乗り場へ向かった。

乗り場には折り返しのケーブルカーが既に着いていて、3人はそのケーブルカーに乗り込んだ。

3人が座席に座ると、すぐに発車のベルが鳴った。


『発車します!』


発車の車内アナウンスが流れると、ケーブルカーはウインチの音と共に山頂へ向かって走り出した。

数分もしないうちに山々の景色と眼下に広がる麓の光景が窓に映っている、京子はその景色を見ながら隣に座っている照美に言った。


「綺麗な景色だね~」

「そうね、たまにはこういうのもいいね」


メグはその隣でケーキを箱をじっと見ながら大事そうに抱えている。


「メグちゃん、そんな、ケーキの箱ばかり見てないで、景色を見なよ」

「・・・」

「めぐちゃん・・・・聞こえてる?」


照美がメグの顔の前で手を振ってメグはやっと気がついた様子だった。


「はん、何?」


メグは照美を顔を見た。


「景色を見ればって言ったの!」

「うん、ケーキ大丈夫かな?」

「もうー!ケーキはいいから」


照美はあきれた顔でメグを見た。


「だって・・・」


メグが表情を曇らせているのを見て、京子は席を立ちメグの前に行った。


「メグ、ケーキは大丈夫よ、お店の人に保冷剤を多めに入れてもらったから、ねっ!」


メグの表情がほころんだ。


「うん、わかった、京子たん、その服、似合っているね」

「えっ、そうかな?」


京子は頸をかしげた。


「うん、私もそう思う、それ、ピッタリじゃないの、ケーキのお礼のその服、京子に全部あげるよ」

「そんな、いいよ、返すよ」

「いいから、いいから、だって、私が着るより似合っているんだもん、悔しいけどさ」

「そんな、照美の方がスタイル良いんだから、私なんて」

「また、謙遜して、なんか、さっきより、若くなった感じだね、髪型のせいかな?」

「ぼっきゅんもそう思った!京子たん、さっきより、可愛くなった」

「なによ、みんなで、そんな、はずいじゃん」


京子が席に戻ると、車内アナウンスが流れ、ケーブルカーは徐々にスピードを落としていった。

窓の景色はすっかり山の風景に変わっていた。


「もう、山頂なんだ、やっぱり、ケーブルカーだと、早いね、照美」

「うん、こりゃ、楽だね」

「ケーキ大丈夫かな・・」


山頂の駅を降り立ち緩やかな坂道をあがって行った、メグは相変わらずケーキの箱を心配そうな眼差しで見ている。


「空気がいいね~!」


照美が伸びをしながら深呼吸をしている。


「そうだね~空気が澄んでるね}


京子も胸を大きく開きながら深呼吸をした。


「ケーキ・・・」


メグは言うまでも無く、空気よりケーキだった。


少し歩くとすぐに山頂に着いた、山頂はお弁当を食べている家族連れなどで賑わっている。

3人は山頂の広場のようになっている所にシートを拡げて昼食にすることにした。

京子はリュックを下ろすと、中から風呂敷に包まれた重箱を取りだした。


「さーて、お弁当、お弁当、さっ、早くぅ」


メグはお弁当を目の前にテンションが上がっている。


「メグちゃん、お弁当は逃げないからね」

「そんなの分かってるさぁ、でも、早くお腹に入れておかないと安心が出来ないのさ」


京子が風呂敷の結び目を解いていると、照美がその大きさに驚愕していた。


「京子、そのお弁当、凄い量だね、やっぱり、メグちゃんの分も作らされたの?」

「え~、まぁ~、あの、良かったら、照美も食べて、さすがに、メグでも食べきれないでしょ」

「ホント!ありがとう、あ~良かったわ」


照美は鞄の中から、菓子パンを一つ取りだした。


「これしか持って来てなかったから」


京子は言葉を失った。

「服を持ってくる余裕があるなら、弁当を持って来い!」

そう言いたかったが口には出さなかった。


「あっ、そう、そ、それは、丁度良かったね」

「早くぅ~、お弁当!」


メグはしびれをきらしている。


「はい、今、開けるから、ちょっと待って」


京子が重箱を並べると、メグと照美が驚愕の声を上げた。


「ポテトだぁ~!」

「なにっ!その量!」


フライドポテトが重箱から溢れるばかりに入っている。

京子はうなだれた。


「三田さん・・・いくらなんでも、入れすぎだって・・・」


京子がうなだれている横では、テンションマックスのメグが唾を飲み込んでいる。


「食べていい?」

「どうぞ」

「いっただきま~す!」


メグの豚足、じゃなく、ぷっくりとした指が器用にフライドポテトを摘むと、ニッコリ微笑んだメグの口の中にフライドポテトが次から次へと吸い込まれていく。


「うっ、うまい、冷めてるのに、うまい・・」


既にメグの豚足はポテトを摘みあげている。


「よ、良かったね、そんなに美味しい?」


メグは縦に頭を動かすだけだった。


「京子って、料理得意なんだね、私ももらっていい?」

「ええ、どうぞ、どうぞ」


照美がそっとポテトに手を付けようとすると、メグの鋭い眼光が照美に向けられた。


「あっ、めぐちゃん、1本くらい良いでしょ」


メグは渋々頭を縦に振り了承した。


「いただきます」


照美はポテトを口に入れた。


「ホントだ、美味しい、これって、どうやって作るの?」

「あっ、あの、その、ジャガイモを切って、油で揚げるのかな?」


しどろもどろになっている京子に照美が言った。


「あの~それくらいは、私も知ってるけど・・・そうじゃなくて、普通さぁ、こういうのって冷めるとまずくなるじゃん、その、ポソポソになちゃったり、フニャフニャになちゃったりとか・・でもさぁ、これ、揚げたてみたいに表面はサクサクで中がしっとりみたいな」

「さぁ~なんでだろうね、たまたまじゃない、ジャガイモが良かったのかな~う~ん油かな~、まぁ、おにぎりも美味しいから、食べてよ」


照美は疑いの眼差しを京子に向けている。


「分かった、京子のお母さんが作ったんでしょ、なるほど、お母さん、料理上手なんだね」

「あ、まぁ~、バレた」


京子は頭を掻いて照れ隠しをしながら心の中で思った。


「まぁ、同じか、三田さんが作ったって言っても、説明が余計に面倒になるし」


照美はおにぎりをほおばりながら言った。


「おっ、おにぎりも本当に美味しい、お米も美味しいけど、中のたらこも凄い美味しい、これ、本当に京子のお母さんが作ったの?これ、普通のおにぎりじゃないよ、プロの仕事というか・・」


照美もすっかり食べるのに真剣になっていた、メグは重箱を抱えたまま離さないし話さない。


「お母さん・・・か」


京子はそうつぶやきながら、厚焼き玉子を口に入れた。


「そうか・・お母さんか・・・」


照美が京子の様子に気がついて声を掛けた。


「京子?どうしたの?」

「あっ、いや、別に・・ねぇ、照美のお母さんってどんな人なの?」

「えっ、私の?まぁ、別に普通のお母さんだけど・・」

「普通って、どんな」

「普通の専業主婦っていうか・・」

「優しい?」

「はぁ~、それは、優しくない事もないと思うけど・・・結構、怒られたりもしたけど・・・京子のお母さんはどうなの?料理が上手でいいじゃない」

「えっ、まぁ~、そうかな、でも・・」

「京子のお母さんは優しいよね、娘が山に行くって言ったら、お弁当をこんなに作ってくれるんだもんね、うちのお母さんなんて、そんなの絶対に作ってくれないから」

「そうなんだ・・・でも、照美はお母さんの事、好きでしょ」

「えっ、なに、急に、そんな、そんな嫌いじゃないけど・・・そんな事を考えた事ないよ・・というか、そんな事なんで聞くの?」

「いや、別に・・なんとなく、みんなはどうなのかなと思って」

「へぇ~でも、京子のお母さんは優しくいいね、羨ましいよ」

「そ、そうかな、私のお母さん、優しいのかな」

「そりゃ、そうだよ、絶対に優しいさ、料理も上手だし、ほら、京子も食べなよ、って、私が作ったんじゃないけど」


照美は照れ笑いをした。


「うん、それじゃ、まずは、たらこから」


京子はおにぎりを一口食べた。

「そう言えば、あの時もたらこから食べたっけ、そう、次は大好きな梅干し・・・梅干しのおにぎり・・」


京子が想いにふけっていると、照美が顔をしかめて京子に小声で話しかけてきた。


「京子」

「なに?照美」

「あのさ、さっきから何か視線を感じると思ってたのよ」


京子は縦に頭を振りながら真剣な眼差しになった。


「また、霊かなって思ったんだけど、違ったよ」

「照美、あの、霊が見えるの?」

「うん、たまにね」


京子の驚きの様子とは裏腹に照美は簡単に流し会話を続けた。


「たっ、たまにって、霊って、怖くないの」

「それは、どうでもいいんだけどさ・・さっきの男だよ」

「さっきの男って・・さっき、話し掛けてきた・・」

「そう」


照美の言葉に京子の顔付きが一瞬で変わった。


「さっきの男、さっきから、ずっと、京子の事を見てるよ、ほら、あっち」


照美が目で方向を示した。


「あいつ、京子の事よっぽど気にいったんだね、イケメンだけど、でも、しつこい男は嫌だね~」


京子は照美が向けた視線の先をゆっくりと見ると、間違えなくさっきの男が遠くから京子達の方を見ていた、京子はすぐに視線を逸らした。


照美は京子の顔つきでその男を京子が確認した事を悟った。


「ねぇ、私が文句言って来ようか?」

「・・・」

「ねぇ、京子、聞いている?あいつ、軽くぶっ飛ばしてこようか」


京子は殺気立っている照美をなだめる様に言った。


「照美、あんな奴と関わらない方が良いよ、無視していれば、平気だよ」

「それじゃ場所、移動する?やっぱ、なんか気持ち悪いよ、あいつの目なんか尋常じゃないよ」

「いいよ、それに、今の状態じゃ、メグが絶対に移動しないよ」


照美がメグの方に視線を移すと、さっきまで重箱にあった山盛りのポテトはメグの胃袋の中へ納まり、唐揚げを食べている。


「(モグ、モグ)なに?呼んだ(モグ)唐揚げもうまいっすね~」


メグの平和そうな顔に照美の殺気も消沈した。


「メグちゃん、お弁当美味しい?」

「(モグモグ、頷いている)」


照美もメグの様子を見て、京子の意見に賛同するしかなかった。


「そうだね、あの状態じゃ、移動しないね、それじゃ、早くお弁当食べて、帰ろう」

「うん、そうだね」


京子はそう言ったものの、本当は今すぐにでもこの場を立ち去りたい気持ちだった。


「ごちそうさまぁ~!ふぅ~、もう、食べられない!」


メグがお腹をさすりながら笑みをこぼしている、重箱の中味は半分以上無くなっていた。


「早っ」

「早っ、私、まだ、おにぎり1個しか食べてない」


京子と照美は顔を見合わせた、メグは隣に大切の置いておいたケーキの箱を開けていた。


「もしかして・・・ケーキ、食べるつもり・・・」


メグは何食わぬ顔で二人を見た。


「なんすか?まだ、食べちゃダメなの?」

「いや、別にいいけど・・・ね」


京子は照美を顔をみた、照美は黙って頷いた。


「そんじゃ、まずは、さっき食べそびれた、ベイクドチーズケーキから」


豚足(手)は器用にベイクドチーズケーキを取り上げた。


「よく食べられるわ・・」


照美は呆れを通り越してメグを感心の眼差しで見ている。


「(パクッ)帰りは、歩いて帰ろうよ、(パクッ)、少し歩かないと・・太っちゃうからさ・・ねぇ、どの道がいいのかな?」


メグが山の案内地図を照美に手渡した。


「メグちゃん、さっき、お弁当食べたばかりだよね」


照美はメグから山の案内図を受け取り、何気なくその地図を見ていると、苦しそうな息使いが聞こえ、京子に視線を移すと、京子が肩で息をして苦しそうな表情を浮かべている。


「はっ、はっ、はっ」


照美は持っていた地図を放り出した。


「大丈夫、どうしたの、苦しいの」

「いや、な、なんでも、ない、だ、大丈夫」


京子の様子は誰が見ても大丈夫な状態ではなかった。


「どうしたの?京子たん、苦しそう(パクッ)」


メグは最後の一口を食べながら、京子の顔を覗き込んだ。


「なんでもないよ、平気、平気」


京子の頭の中に10年前の事が鮮明に思い出されていくと共に、激しい頭痛が京子を襲っていく、京子は自分に言い聞かせる様に言った。


「どうして、もう、治ったんじゃないの」


京子の体調の急変に照美とメグは戸惑っていた。


「京子、なんでもないじゃないでしょ、ちょと、横になりなよ、ほら、メグちゃん、枕みたいのない」

「あん、あるよ、ほら、ここに(パン、パン)」


メグは自分の太ももを手で叩いている。


「ほんと、丁度いいわ、柔らかくて」

「ほら、京子、横になりなよ、絶対に具合悪いって、ほら、メグの枕」

「柔らかいっすよ(パンパン)」


メグの張りのある太ももが良い音を立てている。


「ご、ゴメン、照美、わ、私、先に帰るわ」


立ちだそうとする京子を制止するように、照美は京子の肩を掴んだ。


「ダメだって、そんな具合悪いのに、少し休んでいきなって」

「大丈夫、一人でも、帰れるから」

「ダメだって、一緒に帰ろうよ、一人で帰ったら、危ないよ、ほら、メグちゃん、片付けて!」

「二人はゆっくりしていってよ、私は大丈夫だから」


京子はそう言いながら自分の気持ちを抑えようと必死になっていた、高校生の時に服用していた薬の後遺症とも言える副作用がまだ残っていた事に動揺していた。


「大丈夫じゃないって」


京子の顔色は蒼白になり、呼吸が浅くなっていた。


「本当に大丈夫だって」


京子は立ち上がろうと手を地面に付いたが、力なくメグの太ももに倒れ込んだ。


「京子たん、大丈夫?」


メグは心配そうに京子を見つめている、背後で男性が京子を覗き込んでいた。


「やっぱり、優華さんですよね」


その声を聞いて、京子は声を荒げ男性を追い払おうと必死に身体を動かした。


「違います!私に近寄らないで下さい!」


京子はその男を突き飛ばすかのような形で男が差し出した手を振り払った。


「ちょっと、あんた、何よ!京子に近寄らないでよ」


照美は京子を男の間に割って入り、男の胸ぐらを掴んで突き飛ばした、男はよろめきながら何とか体勢を整え、再び京子達へ近づこうとしていた。


「あんた、誰なのよ、この子、具合が悪いんだから、止めてよね」


照美の今にも掴み掛かりそうな目に男は後ずさりをした。


「照美、やめて、関係ないから」


京子は照美を必死に制止しようとしているが、男もこのまま引き下がれないとばかりに様子を伺っている状態に、照美の闘争本能が呼び覚まされているようだった。


「なんだ、お前、京子たんは具合が悪いんだぞ!どっかにいかないと、メグたんパンチするぞ」


メグまでもが拳(豚足)を固めて威嚇している。


「メグも止めて」

「だって、京子たん、こいつ」

「いいから、止めて」


男は照美の固いガードで近寄れないと悟ると、何とか京子に思い出してもらおうと必死にアピールをした。


「優華さん、僕ですよ、10年前に、ここで一緒にお弁当を食べたでしょ」


男の言葉を聞いて、照美とメグは京子の顔を見ている、京子は何とか立ち上がり男に言った。


「だから、知らないって言っているでしょ、あんた、誰?」

「いや、絶対に間違えない、あなたは優華さんでしょ、僕はその服で確信しました、その服はあの時と同じ服でしょ、でも、偶然、逢えるなんて、本当に良かった」


その会話を聞いていた照美が男に向かって言った。


「ゆうかって誰よ、ここに居るのは、京子なの、変な事を言わないでよ、なんか勘違いしているんじゃないの!あんたさぁ!ぶっ飛ばすよ!」


しかし、男は照美に怯むことなく、照美に言った。


「けいこ?この人は、朝香フィナンシャルグループの令嬢、優華さんですよ、間違えないです、僕は知っているんです」


照美は頭を傾げながら、何かを考えている様子だった。


「朝香フィナンシャル?って、うちの親会社を買収しようとしている?あの?令嬢?京子が?」


照美はニヤリと笑みをこぼしながら男の方へ歩みよると、いきなり胸ぐらを掴んだ。


「テメー!私を誰だと思ってしゃべっているんだ、この姫野照美を怒らせて、まともな身体で帰った奴は誰もいないって事を知っているのかっ!そんな大会社の令嬢が、学校のジャージ着て、山登りなんてするかっ!今、着ている服は私があげた服なんだよっ!何が、あの時、着ていて服だよ、嘘ももう少しまともな嘘をつけよな!」


言い切った瞬間、男は後ろに勢いよく飛ばされた、男はそのまま尻もちをついて地面に仰向けに倒れた。


「いぇ~!てるみん、強い!」


メグは両手を叩いて喜んでいると、京子が頭を抱えたままその場に倒れ込んだ。


「痛いっ、頭が痛い、もう、止めて、頭が痛い、く、く、薬、ちょうだい」

「あっ、京子たんが・・てるみん!京子たんが大変だよ!」


照美はメグの声を聞いて、すぐに京子の元へ駆け寄った。


「京子、どうしたの?大丈夫なの?ねぇ、ちょっと、マジでヤバイの」


照美が京子の身体を揺さぶっても、何も返答が無く意識を失ったままだった。



「メグ、救急車!」

「てるみん、こんな山の中じゃ、救急車なんて、来ないよぉ~、どうしよう」


照美が再び京子の身体を揺さぶると、京子の口から僅かに言葉が聞こえた。


「く、くすり」

「えっ、薬って、京子、どこにあるの、鞄の中なの、どこ、ねぇ、京子」


照美が京子のリュックの中を捜していると、男が京子の傍で脈を取っていた。


「なんだよ、テメー、また痛い目に遭いたいのか」

「優華さんは、もう、薬なんて持ってないよ」


男のあまりに冷静な言葉に照美も手出しが出来なかった。


「持ってないなんて、何で、あなたが知ってるのよ」

「今の優華さんなら、もう、薬は必要ないはず、でも、僕が現れた事で・・・」

「やっぱり、テメーのせいじゃないか、どっかに行けよ」


照美は京子の傍に居る男を跳ね避けようとしたが、簡単に腕を取られてしまった。


「まずい、脈拍が薄くなっている、君、麓に救急車手配してくれないか、僕が優華さんをおんぶして麓まで連れて行くから」

「は、はい」


照美は男の判断に従うしか無かった。


「それじゃ、ちみ(君)頼んだよ」


男は京子を軽々と抱きかかえるとケーブルカー乗り場の方へ歩いて行った。

その姿を照美とメグは呆然と見届けた。


「メグ!救急車を麓に呼んで!」

「うん、わかった、さっき、あいつ、ちみって言った?」


メグは男の発言に若干疑問を抱えながら、携帯電話から救急車を手配した。


「メグ!私達も行くよ!」

「うん、でも、これ」


メグはシートに並べられた、お弁当を指した。


「そんなの、どうでもいいでしょ、それより、京子の方が心配よ、ほら、行くよ」

「うん」


メグは照美の後に付いて歩いて行った。


「あっ、てるみん、ちょっとだけ待って」

「なに、どうしたの?」

「うん、ちょっとだけ」


メグは小走りにお弁当を食べていた所へ戻ると、箱を抱えて戻ってきた。


「メグちゃん、あのね~、緊急事態なのよ」

「だって、せっかく、京子たんに買ってもらったんだもん」


メグは大事そうにケーキの箱を抱えていた。


「まぁ、いいや、走っていくよ」

「うん、あっ、てるみ~ん、待ってよぉ~」


既に照美の姿はメグの前方にあった。


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