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フラグメント

 ――そして世界は今日もひっくり返る。


     *


 ビルの屋上で、少年は目覚めた。

 赤黒い色彩を浮かべたワイシャツを着た姿で、仰向けのまま身じろぎ一つせず、彼は瞼を開く。

 虚ろなその眼に映るのは、平坦な空を悠々と泳ぐ、クジラの姿。

「おはよう。ニニルナ」

 透き通るような小さな声で、彼はクジラに向かって囁く。

 その言葉は独り言のように宙に吸い込まれて消えていった

 彼はそのまま宙を見上げていたが、

「ん……っと」

 凝り固まり、痛む身体を気にした様子もなく、少年は静かに身体を持ち上げ、そして裸足でコンクリートの上に立つ。

「今日も世はなべて事もなし……」

 空を見上げて彼はつぶやく。

 見上げる先は空。青と赤と黄に彩られた空を、緑色のクジラが泳ぎ、ガラクタは宙を舞い、相変わらず世界は無邪気な暴力に溢れている。

「だったら良かったんだけどな」

 視線を下げ、フェンスのない屋上の縁に立ち見下ろす世界は、せわしげにデタラメな生成崩壊を繰り返すばかり。

 そこで人は生き、死んでいく。

 それらを俯瞰し、彼は、ふぁ、と小さくあくびをする。

「今日も二度寝かな」

 つまらなそうにそう言って、

「おやすみ」

 フェンスのない屋上から、吸い込まれるように地面に向かって落ちていった。


     *


「やっばー! 遅刻遅刻!」

 白っぽい制服を着た少女が、そう言いながらマンションの入り口から飛び出そうとした瞬間。

 彼女は眼前に人影が落ちてきたのを見た。

「うわっ!?」

 人影は地面と激突し、瞬間に弾けて鮮やかな赤を玄関先に撒き散らす。

 真っ赤な花が咲いたように血はアスファルトの地面に広がり、首はおかしな方に曲がり、四肢は力なく地面に放り出された。

 赤黒いワイシャツは更に赤く染まり、少年と思しきそれは身じろぎ一つせず――

「あっちゃ、いつものか……当たらなくてよかったー」

 だが、そんな光景にも少女は、動揺一つなく、呆れたようなため息を一つ。

 それから、

「カピばぁちゃん! いつものー!」

 玄関に向かってそう叫んだ。

「解ってるよ! あんたは早く学校にお行き!」

 しわがれた声を上げて答えたのは、管理人室で古臭いデザインの鼻メガネを付け、不機嫌そうな顔をしていたカピバラ。

 プカプカとパイプの煙をくゆらせながら、「全く、イマドキの子は……」とブツブツ愚痴りながら、二足歩行で表に出てくる。

 少女は、カピバラが死体の片付けを始めたのを見ると、

「じゃあカピばぁちゃん、いってきまぁーすっ!」

「門限までには帰って来んだよ!」

「はぁーい!」

 少女は元気よく答え、地面を大きく踏みしめると、跳躍。

 その脚力は、地上三階のビルを安々と飛び越えさせ、その身を商店街の屋根に飛び乗らせる。

 彩りや高さ、形状までのちぐはぐな商店街のビルの屋根を、一つ飛ばしで駆け抜け、少女は駆ける。

 と、視界の向こうに予想外の人影。

「うわっ!? ……っとっと!」

 ビルの屋上なのに誰だろうと思いつつ、次の跳躍ではやや減速しつつ、直進からわずかに軸をずらす。

 勢いに乗ったまま制服少女の身体は宙を駆け、

 人影の、ちょうど真横に着地。

「きゃ!?」「わぁ!?」

 制服少女は、女性の声と幼い少年の声を聞くが、加速のついた身体はそう簡単に止められず、すぐさま跳躍。

「ごめんなさぁーーいっ!!」

 彼女は精一杯の謝罪を背後に向け、しかし速度は落とさず。

 少女は、学校に向かって更に跳躍する。


     *


 旋風のように駆けて行った制服の少女を見ながら、幼い少年は、隣に居た女性に問いかけを寄越す。

「ねぇエル」

「何? 義人?」

「いま、そこを走っていった人はだれ?」

「アレは学生よ」

「学生って何?」

「何かを学ぶ生き物であり、この世界ではルールに縛られた自由人の象徴」

「自由なのに縛られているの?」

「ええ。ルールの下では人は自由なの」

「変なの。ルールがあったら自由じゃないんじゃないの?」

「ルールのない自由はただの暴力が支配する世界よ。そこでは強くなければ自由でいられない」

「自由なのに自由じゃないの?」

「ええ。でもルールの下ならルールさえ守れば彼らは自由でいられるの」

「……わからないや」

「ええ、それでいい。義人はそれでいいの」

「わからないのに、それでいいの?」

「義人は解らない。でも問いかける……問いかけをやめなければ、義人は義人たりうるもの」

「ふーん。よくわからないや」

「ええ。でも問いかけは続けるの。義人は常に誰かに問いかける者だから」

「んー……じゃあ、エル。あれは何?」

「あれは木よ」

「木は水色なの?」

「ええ。アレは木としてそこにあるから、アレは木なの」

「僕の知ってる木はあんな形じゃないよ?」

「どんなものでも、共通に観測されれば事実となるわ。ここではアレが木として観測されているから、アレは木なの」

「観測?」

「正しいことなんて世界にはないわ。あるのは観測の積み重ねによる暫定的な事実だけ」

「正しくないの? じゃああれは木なの? 木じゃないの?」

「ここでは木よ。ここに住んでいる人たちが木だと思っている限りは」

「思わなくなったら、木じゃなくなるの?」

「ええ。誰もが木だと思わなくなったら、それは木ではなくなるわ」

「じゃあ、木じゃなくなったらアレは何になるの?」

「さぁ。別の名前が付けばその名前になるし、忘れられれば存在そのものがなかったことになるかもしれない」

「名前がなくなったら、なくなるの?」

「ええ。名前は観測の証拠であり、存在そのものだから」

「名前は存在そのもの……」

「義人には解るかしら?」

「……わからないや」

「ええ。そうね。義人は解らない。可愛い義人には解らない」

 そう言って女性は、義人と呼ばれた少年を優しく撫でる。

「じゃあ、次に行きましょう。世界はまだ義人の解らないもので溢れているわ」


     *


「訳がわからないよ……」

 制服少女は、眼前で特に意味もなく崩壊していく学校を前に、がっくりと膝をついていた。

 瓦礫と化し、そして間もなくその存在そのものがなかったことになった光景を見て、少女はため息。

「今日で学校終わりか……結構楽しかったんだけどなぁ」

 あきらめ半分、未練半分というため息と共に、少女は視線を上げ、空を見上げた。

 そこには、変わらずクジラが泳ぎ、合体ロボットが相応の大きさのラッコに本日通算三度目のトドメを刺している。

 街の中心部を見れば、チクミの塔が相変わらず適当な高さまで組みあがった後に崩れ落ちていた。

 いつも通りの風景だが、決して一瞬たりとも同じではない風景。

「これからどうしたもんかな」

 学校がなくなった以上、制服少女は既に学生ではなくなった。

 ならば、次に取るべき行動は、学生でない『彼女』のもの。

 さしあたって次の役割を得るまで、彼女は『彼女自身』であるだろう。

 そして彼女は、『彼女』としての優先行動順位を整理され、

「しゃーない……スクノペラッタでも買って帰りますか」

 彼女は、『彼女』としてあるべき行動を開始する。


     *


「ねぇエル。これは何?」

「スクノペラッタと書いてあるから、スクノペラッタなんじゃないかしら」

「スクノペラッタって何?」

「スクノペラッタと呼ばれるものを表わす名前ね」

「スクノペラッタは名前?」

「ええ。その存在を表わすのに使われる記号。私たち以外の誰かが『それ』を観測した証拠。誰かに観測され、名付けられた故にそれはスクノペラッタになったの」

「じゃあ、観測される前は?」

「解らないわ。それがスクノペラッタである前の名前を私は知らないもの」

「わからない……エルにもわからない……」

「ええ。過去は私にも解らない。でも今は、これがスクノペラッタと呼ぶものだとは知っている」

「未来は?」

「解るはずないわ。これがスクノペラッタのまま、スクノペラッタとして存在し続けるかなんて私には知るすべがないもの」

「過去と未来は、わからない?」

「ええ。私たちはただ、『今』の中でしか生きていないものね」

「今だけ?」

「ええ。『今』と『今だったもの』と、『これから今になるもの』。私たちは『今』から出ることはできないわ」

「出られないの? 僕は過去と未来にはいないの?」

「ええ。過去と未来に私たちは存在できないわ。なぜなら過去は観測によって『今だったどこか』で積み上げられた情報であり、未来は情報から推測され得る想像でしかないのだから――つまるところ時間なんてのは情報の積み重ねでしかないのよ」

「じゃあ、スクノペラッタの過去と未来はわからない?」

「ええ。私は『今だったどこか』でスクノペラッタを観測したことはなかったし、未来を想像するには情報が少なすぎるものね」

「じゃあ、今はスクノペラッタがわかる?」

「解らないわ。名前と形以外は」

「わからない? エルにもわからない?」

「ええ。私がスクノペラッタに繋がる情報を何一つ持っていない以上、私は形と名前以上のものは解らない。だから、私はそこから想像するしかない」

「想像……」

「ええ、想像。例えば、スクノペラッタは『日用品』で『消耗品』。主婦なんかが普通に買って帰るものかもしれないわね」

「そうなの? スクノペラッタは日用品?」

「さぁね。それとも、『女子学生に人気』の『スパゲティ』かしら?」

「そうなの? スクノペラッタはスパゲティ?」

「もしかしたら、『ペットフード』かもしれないわね。例えば『ジンベイザメ用』の」

「そうなの? スクノペラッタはペットフード?」

「どうでしょうね。ひょっとすると、『ベテランのマンドリルハンター愛用』の『かんざし』かも」

「そうなの? スクノペラッタはかんざし?」

「あるいは、まったく別の何かかもしれないわね」

「……スクノペラッタって、何?」

「何なのかしらね。私にも解らないわ」

「わからない……エルにもわからない」

「そう、解らない。でも、解らないから世界はこんなにも不愉快で、こんなにも面白い」

「解らなくて、不愉快で、面白いのが、世界?」

「ええ。」

「……ねえエル、スクノペラッタを買ってもいい?」

「それが何かも解らないのに?」

「わからないから、面白いんだよね?」

「ええ。そうね。……だから、義人は面白いのよね」

「?」

「なんでもないわ。……そう、義人はわからない、だから義人は楽しい――」


     *


「た~のし~ぃなっ――っと」

 学校が消滅し、制服としての存在意義を失い、ただ外出用の服と再定義された『制服だったもの』を着た少女。

 彼女は、上機嫌で道路の上を走る列車の屋根に乗っかって街道を爆走していた。

 動力車のみで、『列車』と呼ぶことも憚られる『それ』は、時折近くの建造物にこすれて火花を上げるが、レールのない場所を走る列車なのだから、それも仕方が無いだろう。

 高速で突っ走る動力車。通行人数人を跳ね、轢くが、そもそも自分が操作しているわけでもないので仕方がない。気にしたら負けである。

「お、そろそろかな」

 町の中央に差し掛かってきたのを見て、数人の同乗者も降りる準備を始める。

 ちょうど進行方向先にはT字路。どう考えてもここでストップだ。

「さって、ここまでありがとさんでしたー」

 少女はそう言って同乗者と共に列車の屋根から躊躇いなく跳躍。

 着地の衝撃を数度の跳躍と前転で受け流し、乗ってきた列車はそのままT字路を曲がれる道理もなく、そのままビルに激突。

 列車は近くを歩いていた数人を巻き込んで停止した。

 その様子を気にした風もなく、少女はぶらりと商店街へ歩き出す。

「さってスクノペラッタのお店は……っと」

 少女は適当に周囲を見回すと、極彩色の商店の並びの中で、目当ての店はすぐに見つかった。

「あ、あったあった」

『スクノペラッタ入荷しました』というのぼりを見つけ、機嫌よく駆けていく。

「さって今日は安いかな――って、ああ!?」

 意気揚々と少女が覗いたそこは、無人の店。

『売り切れ』の札と共に、『店主は只今、自分の首を探しに出かけています』の張り紙。

「あぅ……ついてない……」

 しょんぼりと肩を落とすも、少女はすぐに切り替え、自分の頬を叩き、

「うん。こんな日もあるさ!」

 そう言い聞かせるように不自然に元気な調子でつぶやいた瞬間、


 ――轟音と共に、少女の感覚は消失した。


     *


「また崩れたね、エル。アレは何?」

「アレはチクミの塔よ」

「チクミの塔って何?」

「さぁ……この世界の象徴みたいなものかしら。できては壊れ、壊れては作りなおされる。不毛な塔」

「どうして壊れるの?」

「それは、神様が壊したいからじゃない?」

「どうして作るの?」

「それは、神様が作りたいからじゃない?」

「神様は、壊したくて作りたいの?」

「そうとしか言い様がないわね」

「神様は、どうして作りたくて壊したいの?」

「そうしたいからじゃないかしら。世界の存在に理由がないのと同じように」

「世界には理由がないの?」

「ええ。世界はただ『在るから在る』だけのもの。存在に理由を求めるのは人間だけよ」

「じゃあ、神様は?」

「神様もただ、『在るから在る』し、『したいからする』のじゃないかしら」

「神様にも理由がないの?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。神様の行動理由は観測できないもの」

「観測できなければ、わからない?」

「そうよ。よく覚えていたわね義人。……神様の行動は、この世界では絶対のもの。そして、そこには理由も原理も観測し得ない」

「そうなの?」

「ええ。……なぜなら理由や法則を観測され得た瞬間に、神様は神の座から引きずり降ろされるから。自然が実情はどうあれ意識下では人間の支配下に堕ちたように、この世界においても、観測され得た瞬間にこの世界なりの神殺しが起こるでしょうね」

「神様、殺されちゃうの?」

「理由と法則が観測できれば、ね。存在を観測すれば、それを利用するのが人間。観測し得たならば、きっと神様すら道具のように扱うでしょうね」

「神様は道具?」

「今は違うわ。いつかはそうなるかもしれないという話……そう。これは存在し得ない、『未来』の話ね」

「未来は道具? じゃあ今は?」

「『今』は、この世界に神様はいるわ。神が人為的な幻想でしかない別の世界とは違って、この世界に神様はいる。実際にこの世界は神様の好きなように解釈され、神様の好きなように操作される」

「じゃあここは、神様の世界?」

「ええ。ここは全て神様のもの」

「僕と、エルも?」

「私は私。そして、義人は義人。私たちは神様のルールから外れた存在」

「神様のルール?」

「神様はすべてを知り、絶対である。この世界はすべて神様の言うとおりに回る……私たちはそこから外れたの」

「じゃあ僕は、神様のものじゃないの?」

「ええ。そう。私たちは自分が自分だとわかり、自分を考え、自分で自分を決められる。だから貴方は義人で、私はエルなの」

「僕は義人でいいの?」

「ええ。私が貴方を義人だと観測し、貴方が義人と名乗るなら貴方は義人よ」

「うん。僕は義人」

「そう。貴方は義人。貴方の問いは貴方だけのもの」

「エルは、エル」

「ええ。私はエル。私はエルだからこそ私」

「自分は、自分だけのもの?」

「そう。自分は自分だけのもの」

「うん」

「解った? 義人」

「わかったけど、やっぱりわからないよ、エル」


     *


「しっかしこれは本日二度目の『訳がわからない』ですよこれは……」

 少女は覚醒してから、自分の血でベトベトになった服を見、

「何でこんなことになったのかな?」

 次いで背後を見る。

 そこには、また記憶とは違う形に組みあがりつつあるチクミの塔。

「塔の崩壊に巻き込まれたってことなんですかね……ってかこんなところまで断片が飛んでくるなんて卑怯じゃないですかい」

 少女は誰にともなく文句を言ってみる。だが、背後に居るのは巨大な二足歩行の犬のみ。うっかり踏まれることはあっても、会話はとても成立しそうにはなかった。

「しかも死んでた間に時間だいぶ過ぎちゃってるし……門限までそろそろっぽいなぁ。結局今日は何もできずに帰るのかー」

 残念そうな顔で少女はため息を一つ。だが、そんな日もあるさ! と再び自分を励まし、立ち上がる。

「タクシーとか使えるかな?」

 近くを見渡しても、乗り物として使えそうな車はなかった。

 どれも適当に前進と後退を繰り替えしたり、同じ場所で回転を続けるだけ。

「……ま、車は基本的にまともに走る気がないから期待はしちゃいなかったけどさ」

 それに、サイズも小さいから屋根に乗ったら振り落とされることが多い。

 だから、楽をしたい場合、大体は先ほどのようにそこら辺で暴走している列車に飛び乗り、ぶつかるまで走るのが常だが、列車はそろそろ姿が見えなくなる時間だ。

「やっぱ徒歩が一番か……」

 解りやすい結論。少女は悩むより、そこで手を打つことにした。

「うし……走って帰ろう!」

 決意は一瞬。跳躍は刹那。

 朝と同じ方法で、少女は家路についた。


     *


「っしゃぁー! ギリセーフッ!」

 門限の寸前に、少女はマンションにたどり着いた。

「ばぁちゃん、ただいまー!」

「時間ギリギリだよ! 何やってたんだい全く。……とっとと自分の部屋に引っ込みな、キャンキャンうるさいんだよ」

「はいは~い」

「ハイは一回!」

「やーなこったー」

「あんたねぇ! 今度舐めた口聞いたらひっぱたくよ!」

「そりゃ楽しみだね。がんばればぁちゃん」

「こんガキャァ……」

「あはははっ」

 少女は管理人のカピバラ婆さんを適度にからかいながら、玄関のホールに転がっている同い年くらいの少年の姿を見つけた。

 今朝の血は綺麗に洗い流され、少年の身体は仰向けで寝かされていた。

 十分時間が経ったこともあってか、今朝の飛び降りの痕跡はさっぱり残っていない。ただ、何日分のも血の色が染み付いた、かつて白かったワイシャツだけが彼の行動の痕跡を伝えていた。

「毎日飽きずに無茶するなぁ、進ちゃん」

 寝かされた少年の姿を見て、少女は苦笑と共にそうつぶやく。

 それから、少女はよいしょ、と自らが進と呼んだ少年を持ち上げ、背中におぶる。

 自分よりも体格の大きな進を、しかし重さを感じさせない足取りで、彼女は背負ったまま階段を登る。

 そして、

「ふぅ、着いた着いた」

 屋上の鉄扉を開け、そのコンクリートの上に、おぶって来た進を寝かせる。

 死体を、棺桶に入れるかのように丁寧に。

「うん、これでよし」

 コンクリートの上で寝かされた進の姿を見て、少女は満足げに頷き。

「――じゃあね、進ちゃん。おやすみ。いい夢を」


     *


 少年は、生と死の境目で、親友とされている少女の言葉を聞き、

 そして、屋上の鉄扉の閉じる音で覚醒を得た。

「…………」

 目をひらいた先に映るのは闇の向こうに泳ぐクジラと、遠い星々。

 彼はそれを見ると一つため息。そして、

「こんばんわ。僕のものでない世界」

 月一つ見えない、満天の星空に向かって、皮肉っぽくそう口にした。

 変わらない定型句。彼が彼になった、そのときからずっとそうしてきた、決まり文句。

「そして、おやすみ」

 飽きもせずに、ただ拒否し続ける少年は、再び眠りに落ちる。

 役割を放棄し、自己をも放棄し……己も世界も、全てを投げ出すように。

 少年はただ、死と眠りを繰り返す。


     *


 世界が唸りを上げて収束する。

 作り砕かれた塔は、その断片を一箇所に集積させ、

 ある建物は砕かれ、断片化され、ある建物は地盤ごとその姿を失う。

 乗り物は無秩序に一箇所に吸い寄せられ、人々はその存在を保管されたまま世界から消失する。


 何もかもが原点へと還る、これが一日の終わり。


「エル、今日はこれでおしまい?」

「ええ。今日はおしまい」

「次は?」

「次に世界が開かれるとき」

「それはいつ?」

「明日よ。それがいつであれ、この世界にとっての次は、すなわち明日」

「明日は次と同じ?」

「ええ。この世界の時間の概念は、ただ世界の目覚めと眠りによって決められるから」

「……わからないや」

「ええ。解らない。可愛い義人には解らない」

「うん。僕にはわからない」

「それでいいのよ。義人はそれでいいの。……さぁ、眠りましょう義人。気まぐれな神様が世界を再び創るまで」


 今宵も世界は眠りに就き、


 ――そして明日も世界はひっくり返る。

 今回はさわやかにさっぱり意味不明なものを書いてみました。ゆのみんです。

 夢とか想像とかちょっぴり哲学とか、少しばかり昔を思い出しながらのワンダーランド。

 好奇心旺盛な神様の思うまま世界を創り上げられたら、きっとこうなっていたような気もする、そんな感じのおもちゃ箱。


 この文章の意味は読者樣にぶん投げる方向で。超暴投ですが一度投げてみたかった。反省してますごめんなさい。

 自分の本来が説明したがり、理由付けたがりなので、こういう投げっぱな作品もたまには、ということで一つ。

 訳の解らない気分でふわふわしてもらえればいいですし、もし暇つぶしがてらに何かを考えてもらえればそれ以上の幸せはないです。


 言葉でしかないこの世界を、貴方の想像はどんな形に映し出しましたか?

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