片山義則の一回目の人生
---
義則が60歳近くになった頃、彼の人生における独身という状況は、もはや特別なことではなく、日常の一部として当たり前のものになっていた。周囲の友人たちや同級生が子どもを持ち、家庭を築き、仕事の成果を誇る中で、義則は一人で生活を営むことが当たり前の習慣となっていた。健康状態は比較的良好で、日常生活に大きな支障はなかった。朝は決まった時間に起床し、身支度を整え、朝食を摂った後は、かつてと同じように職場に向かい、定められた作業を淡々とこなす。そのルーティンは、義則にとって安心できる枠組みであり、心を安定させるために欠かせないものであった。
しかし、身体の安定とは裏腹に、義則の心には漠然とした焦燥感が漂っていた。夜、自宅の薄暗い居間や寝室で一人過ごす時間になると、静寂の中に自分の人生を振り返る思考が自然に浮かんでくる。「自分の人生は、このまま平凡に終わってしまうのか」という問いは、義則の胸をしばしば締め付けた。これまでの日々は確かに安定しており、極端な困難や不幸に見舞われることもなかった。しかし、その平穏さの裏側には、刺激や喜び、熱中する対象の少なさという欠落が存在していた。義則は、安心感を得るために築いたルーティンの中で生きながらも、どこかで「何かが足りない」という感覚を常に抱えていたのである。
日常生活は変わらず、単純で反復的な行動の繰り返しだった。朝起きて朝食を取り、洗濯や掃除をこなし、昼食を挟んで午後は軽作業に向かい、夕方に帰宅する。夕食を摂った後は、テレビのニュースや番組を眺め、時には本を開いて物語や知識に触れる。義則にとって、この一日のリズムは安全で予測可能であり、生活の秩序を維持するために欠かせないものであった。しかし、同時に、この安定は静的であり、日々の生活に劇的な変化や新しい発見はほとんど訪れなかった。目立つ出来事や感動的な経験も少なく、義則は日々の繰り返しの中で、心のどこかに潜む欠落感を感じ続けていた。
義則の孤独は、もはや悲しみや不安ではなく、日常の一部として身体に染みついていた。人との交流は必要最低限に留められ、友人や職場の同僚との会話も限られていた。義則は、自分の社会的立場や能力を十分に理解しており、無理に社交的な役割を果たそうとすることはなかった。そのため、孤独は義則の生活に違和感を与えることなく、むしろ日常の秩序の中で自然に存在していた。だが、その静けさの奥には、心の奥底でくすぶる焦燥感が潜んでいた。
義則は、かつての読書や創作、趣味の時間を晩年も続けていた。小説の世界に没頭し、歴史や科学の知識に触れることで、自分の生活にわずかな彩りを与えていた。ノートに描かれたスケッチやメモは、義則にとっての内面的な世界の表現であり、外界との隔たりを補う役割を果たしていた。しかし、それもまた、あくまで日常を埋める補助であり、劇的な喜びや感動とは程遠いものであった。義則は、心の中で求める「何か」を完全に満たすことはできないまま、静かな時間を紡いでいたのである。
社会的な立場や経済的な状況も大きな変化はなかった。B型就労で得る収入は最低限の生活を支える程度であり、贅沢や趣味に投じる余裕はほとんどなかった。義則はそれを不満として捉えるのではなく、生活の枠組みとして受け入れ、淡々と日々を過ごした。外部の評価や他者の目は、義則にとって重要な価値基準ではなく、自分のペースで生活を続けることこそが、心の安定につながると理解していたのである。
この頃、義則の心には「平凡な人生」という現実を直視する感覚が定着していた。成功や認知、愛情や情熱に彩られた人生ではないという自覚は、彼に一種の諦念を与えた。しかしその諦念は、絶望ではなく、むしろ現実を受け入れ、自己の生活の中で安心感を確保するための指針となった。義則は劇的な出来事や感情の高まりを求めるのではなく、日々の小さな達成や、生活の秩序を維持することに意義を見出していたのである。
義則の晩年は、平穏で静かでありながら、心の奥底には静かな焦燥感が漂う日々であった。孤独は生活の一部として定着し、仕事や趣味を通じて日常のリズムは保たれていたが、希望や夢に彩られた瞬間は少なかった。夜、自宅の暗がりで一人考えるとき、義則は自分の人生を振り返り、満たされない思いと、淡々と過ごしてきた日々への静かな誇りを同時に感じていた。日々をやり過ごすことに慣れていたものの、心の奥には「何かが足りない」という感覚がくすぶり続けていたのである。
結局、義則の晩年は、外から見れば地味で静か、劇的な変化や出来事には乏しい生活であった。しかしその静けさの中で、義則は自分の生活の秩序を守り、孤独を受け入れ、淡々と日々を積み重ねる術を身につけていた。安定した生活の中に、彼なりの満足感と心の落ち着きを見つけ、劇的ではないものの確かな生き方を全うしていたのである。義則にとって、晩年の静かな日々は、人生の終盤における平穏と自己受容の象徴であり、彼自身が積み上げてきた日常の延長線上に位置するものであった。
---




