*4. 青年期の気づき
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高校を卒業した義則は、進学ではなく就職の道を選んだ。しかし、学力や社会性の制約から、一般企業での正規雇用は現実的ではなかった。そのため、義則はB型就労と呼ばれる軽度就労の形態で働き始めることになった。仕事内容は非常に単純で、反復的な軽作業が中心だった。倉庫での梱包作業や、製造ラインでの部品仕分け、簡単な清掃や整理整頓といった作業で、義則に求められるのは、決められた手順を丁寧にこなすことだけだった。仕事の効率やスピードは、周囲と比較されることは少なく、求められるのは正確さと継続性であったため、義則は自分のペースで働くことができた。
義則自身、仕事を楽しむという感覚はほとんどなかった。作業中に喜びや興奮を感じることは少なく、むしろ「日々のルーティンをこなす」ことが生活の中心であり、義則の精神的な安定を支える手段でもあった。朝起きて、支度を整え、決まった時間に出勤し、決められた作業を繰り返す――その単純な反復が、義則にとっての生活の秩序であり、安心感の源であった。日常生活の中に大きな変化や刺激はないが、決まったリズムの中で過ごすことで、義則は安定した精神状態を保つことができたのである。
給与は低く、社会的地位もほとんどなかった。正社員や専門職と比べれば、評価も報酬も限定的であり、外部から見れば地味な生活であった。しかし義則の家庭や職場は、彼に過度な期待をかけることはなかった。義則自身も、自分の能力や特性を理解しており、将来に対して大きな夢や目標を抱くことはなかった。彼にとって、重要なのは派手さや他者からの承認ではなく、生活の安定と自分のペースを守ることだった。そのため、義則は淡々と仕事に向き合い、生活のリズムを保つことに専念した。日々の作業を終え、家に帰ると、夕食を取り、テレビを眺めたり本を読んだりして過ごす。外出や娯楽も限られていたが、それで義則は十分であり、無理に社交的な活動に参加する必要はなかった。
義則の人生において、恋愛や結婚の機会も限られていた。自分の能力や社会的立場を理解していた義則は、異性との交際に積極的になることはなかった。学生時代のように、友人が恋愛や趣味に熱中する姿を横目に見ながらも、義則は自分の生活に集中し、比較的静かな日々を送った。人付き合いの幅は狭く、交友関係も限定的であったが、それも義則にとって大きな不満ではなく、むしろ自分の世界を守るための適度な距離感として受け入れられていた。
義則の生活は平穏である一方、劇的な変化や強い感情の起伏に乏しいものであった。仕事の中に特別な楽しみや達成感を見いだすことは少なく、休日も自宅で静かに過ごすことが多かった。趣味や熱中できる対象も限られており、日々の生活は単調である。しかし、義則はその単調さを苦痛として受け止めるのではなく、むしろ安心感として享受していた。自分の能力や制限を理解し、それに応じた生活を組み立てることで、義則は自分なりの安定と秩序を確保していたのである。
また、義則にとっての時間の使い方は、学生時代からの延長線上にあった。仕事の合間や休日には、読書や絵を描くことで心を落ち着け、外界の刺激から離れて自分の世界に没頭することができた。物語の登場人物に思いを巡らせたり、絵の中に想像した風景を描いたりすることで、義則は現実では味わえない体験や感情を補完していた。日常の単調さは、彼に創造力や想像の余地を与える余白でもあったのである。
義則の人生は、他者の目から見れば平凡で地味なものかもしれない。しかし、彼にとっては、自分の能力や制限を理解した上で、淡々と生活のリズムを守り、内面的な世界を大切にすることが最も重要であった。派手さや劇的な経験はなくとも、義則は日々を確実に積み重ねることで、自分なりの安定した生活を築いていたのである。単調で変化の少ない生活の中に、義則は安心感、秩序、そして小さな満足を見つけていた。
こうして、義則の青年期から成人期にかけての生活は、平穏で安定してはいるものの、他者の目から見れば静かすぎる日々の連続であった。しかし、その静かさの中で、義則は自分の生活のリズムや内面の世界を守り続ける術を学び、日常の単調さを自分なりに意味づけることによって、他者と比較することなく安心して生きる力を培っていったのである。社会的な評価や大きな成果は乏しいが、義則にとっての生活の質は、自分のペースで過ごせる安定感によって支えられていた。これが、義則の青年期から成人期にかけての、静かではあるが確かな生き方の核心であったと言えるだろう。
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