片山義則の一回目の人生 幼少期〜学童期
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学童期の義則は、友人関係も限られていた。学級内では、明るく活発な子どもたちが、集団で遊び回り、笑い声を響かせる光景が日常的に見られた。しかし、その輪の中に義則の姿はほとんどなかった。彼は誰かに誘われることもなく、自然に自分ひとりの場所を見つけては、静かに時間を過ごしていた。運動やゲームに秀でたわけではなく、また言葉のやり取りでも際立った才能を見せることはなかったため、同年代の子どもたちの間では目立たない存在だったのである。
それでも、義則は孤立感に押し潰されることはなかった。もちろん時折、周囲の笑い声や遊ぶ声に耳を澄ませながら、自分が取り残されていることに胸を痛めることもあった。しかし、その痛みは彼にとって「耐え難い孤独」としてではなく、むしろ内面を豊かにする契機となっていた。義則は読書や絵を描くことに没頭することで、自分の世界を静かに、しかし確実に広げていった。教室の片隅や自宅の机の前で、彼はページをめくり、色鉛筆や絵の具を手に取り、現実では得られない経験や感情を吸収していったのである。物語の中の英雄の冒険や、風景画の細やかな描写に触れるたび、義則の心は少しずつ拡張され、孤独の中に安定した居場所を築いていった。
義則にとって、この時期は「自分は周囲よりも劣っている」という自覚と、「それでも日常をやり過ごす」という連続であった。クラスメートが休み時間に元気に駆け回る姿を見るたび、義則は自分の身体的な不器用さや、社交面での消極性を意識せざるを得なかった。しかし、その自覚は彼を卑下させるだけのものではなく、むしろ自己理解の一環として受け止められていた。自分の限界を知ることで、義則は無理に周囲に合わせる必要はないと悟り、自分なりの過ごし方を模索する力を身につけていったのである。
また、義則の孤独な時間は、想像力を育む貴重な土壌でもあった。教室の片隅でページをめくりながら、彼は登場人物の感情や状況を詳細に想像し、自分ならどう行動するかを思い巡らせた。絵を描く時間も同様で、目の前の紙の上に風景や人物を描くことで、現実世界では経験できない冒険や交流を再現した。これらの行為は、義則にとって単なる趣味ではなく、自己肯定感を支える不可欠な手段となった。ひとりでいることの不安や寂しさを埋めるのではなく、むしろそれを利用して自分の世界を広げるという、静かだが力強い工夫であった。
家に帰れば、義則はさらに自由な時間を持てた。家族と話す時間もあったが、義則は自分の思考や創造を外部に依存することなく、ひとりで紡ぐことを好んだ。本棚から選んだ本を読み、ノートに自分の考えや日々の観察を書き留め、時には絵日記としてその日の風景や心情を描き残す。そうした行為を通して、義則は「孤独」という言葉を否定的にだけ捉えるのではなく、自己形成のための貴重な時間と位置づけていた。
とはいえ、義則の心の奥底には、常に「周囲の子どもたちと同じように、自然に友達と関われない自分」という意識が存在した。時折、仲間たちの笑顔や、楽しげな声が胸に刺さり、羨望や焦燥感を呼び起こすこともあった。しかし、その感情は、彼にとっての成長の糧となった。義則は孤立している自分を責めるのではなく、むしろ観察者として周囲を眺め、自分に合った関わり方を見つける努力を続けたのである。教室の一角で静かに過ごす時間は、彼にとって「耐え忍ぶ時間」ではなく、「自分を知り、自分のペースで生きるための学びの時間」であった。
学童期の義則は、孤独を避けることなく、自らの内面に向き合う術を身につけていった。その姿勢は、後の人生においても重要な基盤となる。周囲と同じようにふるまえない自分を受け入れ、しかしそれによって立ち止まるのではなく、自己の世界を深める努力を惜しまない。義則は、孤独であることを恥ずかしさや悲しみとしてではなく、自分の力を育む契機として捉え、その時期をしなやかに生き抜いていたのである。
こうした日々は、外から見れば平凡で退屈に見えるかもしれない。しかし、義則にとっては、他者との比較や孤立感を通じて自己理解を深め、創造力を磨き、内面的な自由を確立する重要な時間であった。教室の片隅で本をめくり、紙の上に世界を描きながら、彼はひそかに「自分はこれからも、自分のペースで生きていける」と信じる力を培っていったのである。孤立は孤独ではなく、学びであり、遊びであり、そして成長の糧となった。義則にとって、この学童期の時間こそが、後の人生を形作る礎となったのである。
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