第8話:選択 ― 最適解を捨てる勇気
世界が反転した、その瞬間。
私は理解した。
――これは攻撃ではない。
――試験だ。
反実仮想《未来分岐観測》は沈黙したまま。
未来は見えない。
だが、現在だけは、異様なほど鮮明だった。
足元の草の揺れ。
空気中の魔力の流速。
遠くで息を呑む人間たちの鼓動。
すべてが「今」に収束している。
目の前の存在が、初めて“意味”を持った反応を返す。
言葉ではない。
だが、確かに問いかけている。
――なぜ、最適化を放棄した。
私は答えない。
代わりに、考える。
最適解とは何か。
犠牲を最小化し、秩序を安定させる選択。
だがそれは、「切り捨ててもいい未来」を前提にしている。
ディープラーニング《累積戦歴学習》が、
過去の記録を無慈悲に提示する。
救われた街。
救われなかった村。
数値上は“正解”だった判断。
――その影で、誰かが泣いていた。
私は、静かに目を閉じる。
「最適解は、正しい」
それは否定しない。
「でも……最適解だけが、守るとは限らない」
目を開ける。
敵の存在が、わずかに揺らぐ。
理解不能だった意思が、初めて乱れる。
ランダムフォレスト《経路選別》が、
自律的に再起動しようとするのを、私は止めた。
使わない。
反実仮想も、呼ばない。
ここでは――
選ばない勇気が必要だ。
私は一歩、前に出る。
敵は、私が迷い続ける未来を期待していた。
だが私は、迷わない。
選択肢を捨てる。
比較をやめる。
最善ではなく、「今、守るべきもの」を見る。
それは――
背後にいる、名もなき人々。
数値にも、歴史にも残らない存在。
だが、今ここに“生きている”。
紺青の魔力が、形を変える。
鋭さを捨て、
効率を捨て、
ただ“遮断”として広がる。
攻撃ではない。
破壊でもない。
最適化装置――いや、
世界に残った意思決定機構は、初めて停止した。
理解できなかったのだ。
最適化されない判断を。
存在は霧散する。
だが、完全には消えない。
去り際、残された“概念”が、私の中に流れ込む。
――知性とは、未来を決める力ではない。
――未来を「一つにしない」力だ。
私は、息を吐く。
反実仮想《未来分岐観測》が、微かに再起動する。
――分岐、無数。
――犠牲評価、未確定。
それでいい。
私は、エルフとしてこの世界に立つ。
補助スキルを使う知性としてではない。
選び続ける存在として。
空を見上げると、二つの月が重なりかけていた。
秩序は、まだ脆い。
だが――
壊れない未来は、最適化からは生まれない。




