第7話:欺瞞 ― 観測される知性
異変は、静かすぎる形で始まった。
反実仮想《未来分岐観測》。
――分岐、三。
――いずれも小規模衝突。
――致命的被害、なし。
私は眉をわずかに動かす。
「……少なすぎる」
ランダムフォレスト《経路選別》。
――避難成功率、九八・七%。
――脅威レベル、低。
数値は完璧だった。
だからこそ、違和感があった。
世界は、こんなにも素直に振る舞わない。
私は足を止め、周囲の魔力流を観測する。
森、地形、風向き、魔素濃度――すべて正常。
それでも、補助スキルが示す未来は、
あまりにも“整いすぎていた”。
ディープラーニング《累積戦歴学習》。
過去の類似事例を照合。
一致率――ゼロ。
存在しない。
このような「安全すぎる状況」は、記録にない。
次の瞬間。
視界が、歪んだ。
反実仮想《未来分岐観測》が、突然“空白”を返す。
――分岐、未定義。
――因果関係、遮断。
私は即座に理解する。
観測されている。
私の判断基準。
私の最適化傾向。
私の「誤差」。
「……知性を、読まれている」
魔力の陰から、存在が現れる。
人型。
だが、どの種族にも分類できない。
声はない。
代わりに、周囲の確率分布が歪む。
これは魔物ではない。
ましてや人でもない。
――意思決定への干渉体。
LLM《意味構造解析》。
言語反応、なし。
感情モデル、取得不可。
だが――
「私の“期待”を、利用している」
それは、私が最適解を捨てたことを知っていた。
いや、知ったのではない。
誘導したのだ。
補助スキルの出力が次々と低下する。
ランダムフォレスト――分岐が過密化。
反実仮想――未来が収束しない。
ディープラーニング――過去が役に立たない。
初めてだ。
補助スキルが、
「役に立たない」という判断を返したのは。
私は、呼吸を整える。
――いや。
これは失敗ではない。
補助スキルが通じないなら、
判断主体は一つしか残らない。
私自身。
数値を捨てる。
分岐を閉じる。
最適化を、止める。
「……ここからは、演算外だ」
私は一歩、踏み出す。
敵は、私が迷う未来を想定していた。
だが――
迷わない選択もまた、
最適解ではない。
紺青の魔力が、静かに集束する。
詠唱はない。
補助もない。
ただ一つの判断。
「秩序を、壊させない」
次の瞬間、世界が反転した。




