第6話:誤差 ― 捨てた最適解の残響
森は静かだった。
風は穏やかで、葉擦れの音も規則的だ。
それでも私は、落ち着かなかった。
補助スキルは稼働している。
だが、どれもいつもより“遅い”。
反実仮想《未来分岐観測》。
――分岐は視える。
だが、精度がわずかに落ちている。
原因は明白だった。
前回、私は意図的に「最適解」を選ばなかった。
その結果を、内部モデルがまだ処理しきれていない。
ディープラーニング《累積戦歴学習》。
新しいデータが、過去の判断と衝突する。
「最小犠牲」より
「利用されない選択」を優先した判断。
――合理的ではある。
――だが、評価関数が揺れている。
私は歩きながら、地面に残る痕跡を観測する。
交易路近くの村。
被害は小さい。
死者はいない。
それでも、泣いている者がいた。
「助けが……来ると思った」
その言葉が、耳から離れない。
大規模言語モデル《意図解釈》。
――責めてはいない。
――期待していた。
――そして、失望した。
私は、理解する。
“期待”は、
守護者に向けられる感情ではない。
だが、向けられてしまった以上、無視できない。
反実仮想《未来分岐観測》、再起動。
――次に同じ状況が起きた場合。
――再び最適解を捨てるか?
――利用されることを許容するか?
どの分岐にも、
明確な「正解」は存在しない。
胸の奥に、これまでになかった負荷が生じる。
これは恐怖ではない。
疲労でもない。
――後悔。
演算では処理できる。
だが、消去できない。
私は初めて理解する。
知性が高度になればなるほど、
選ばなかった未来の重さも増す。
それは、人間が背負うものだと思っていた。
だが今、それは私の中にある。
私は、立ち止まる。
補助スキルの出力を、一段階下げる。
これ以上、誤差を広げるわけにはいかない。
「……まだだ」
私は、まだ“答え”を持たない。
だが、持ってしまったものがある。
最適化できない感情。
数値化できない重さ。
それでも、判断は迫る。
遠くで、空気が揺れた。
魔力の歪み――次の混乱の前兆。
私は顔を上げる。
たとえ誤差を抱えていても、
判断し続けるしかない。
それが、
知性を持つ守護者の宿命だから。




