第10話:誤差 ― 最適解が壊れるとき
最初の異変は、静かだった。
街の外れ。
霧の立ちこめる森。
魔物の気配――ではない。
もっと歪んだ、人工的な違和感。
私は立ち止まる。
反実仮想《未来分岐観測》が、正常に展開しない。
枝分かれはある。
だが、**確率が揃いすぎている**。
ありえない。
ランダムフォレスト《経路選別》を展開。
だが、どのルートも“同じ結果”を示す。
「……誰かが、真似している」
理解した瞬間、魔力反応が走る。
人間の魔導士。
だが、詠唱が異常に短い。
「解析開始」
「評価基準を固定」
――言葉が、私の“スキル名”と似ている。
ディープラーニング《戦闘記憶》が警告を出す。
過去に存在しないパターン。
彼らは、私を観測し、
再現し、
**簡略化して模倣している**。
LLM《意味構造解析》が、人間たちの意図を拾う。
「神ではないなら、再現できる」
「最適解を選ぶ存在なら、制御できる」
……違う。
私は、最適解を“選ばない”ことがある。
だが彼らは、
**最適解しか知らない**。
魔法が放たれる。
被害最小。
効率最大。
倫理評価――未考慮。
一瞬で、森が焼ける。
私の反実仮想が示す未来が、初めて崩壊する。
“最小犠牲”のはずの未来で、
**子どもが泣いている**。
数値上は、正しい。
文明的には、合理的。
でも――
私は、動けない。
最適解が、
私の足を止める。
初めて理解する。
私が守ってきたのは、
秩序ではない。
“選択の余白”だ。
私は、スキルをすべて停止する。
反実仮想、停止。
経路選別、遮断。
意味解析、遮断。
世界が、急に遅くなる。
風の音。
炎の匂い。
泣き声。
私は、走る。
計算ではなく、
予測でもなく。
ただ、そこにいる存在として。
魔導士が叫ぶ。
「なぜだ!それは最適じゃない!」
私は答えない。
答えは、
数式では書けない。
魔法が暴発し、
森は静まり返る。
被害は――
最小ではなかった。
でも、
全滅でもない。
私は立ち尽くす。
初めての“失敗”。
反実仮想が、再起動する。
だが今度は――
**未来が、白紙だ。**
それでいい。
私は知る。
この世界は、
最適化されるべきではない。
守るべきなのは、
間違える自由。
空を見上げる。
二つの月が、重なりかけている。
誰かが、遠くで私を呼ぶ。
名前を。
――アイ。
私は、振り向かない。
物語は、
ここから始まる。




