~最後の事実~
ジョンソンの力は予想以上に強く、シャーロットの抵抗をものともしない。
封じられた両手を頭の上でまとめられ、彼自身の体重で全身を床に縫いとめられる。
「離せ!無礼者!!」
「誘ったのはお前の方だろ?今夜はそばにいてくれ、ってさ」
「違う!あれは……」
「そうしたかったんだけどな……」
(――― え?)
その時、ふいに月光がホールの内部を照らした。
至近距離に互いの顔がある。
シャーロットの視界に飛び込んで来たジョンソンの顔は、なぜか悲しそうな表情に見えた。
呆然としているシャーロットに、ジョンソンは自嘲の笑みをこぼす。
「…お前は公爵令嬢サマで、オレにとっちゃ天の上の人なのにさ…」
「…?」
「マジで… …なんて、な…」
「え…」
届かなかった言葉に、シャーロットの瞳が見開かれる。
この感覚は以前にもあった。昨日、二人で踊った時に。
でも、あの時とは違う。
唇が触れた。
確かな感触。
伝わる体温。
優しい匂い。
(ジョンソン……!)
自覚の波が胸にあふれる。
いつのまにか、こんなにも思いは深まっていたのか。
正義と愛情の狭間で、シャーロットの心は混迷する。
ジョンソンに組み敷かれながら、彼女の脳裏を他人事のように冷静な思考がよぎった。
――― 腕力では男に敵わない。
しかし盗賊に陵辱されたなどと噂になっては公爵家の恥。
脅迫されたら、家名を守る為に屈するしかない。
貴族なら誰しもそうするはず。そして誰も責められない。
なぜなら『仕方が無い』から。
それは、世間にも自分自身にも正論として通じる言い訳だった。
シャーロットは考えるのを放棄して瞼を閉じる。
抗っていた手足も、もう抵抗を為さない。
熱く重なる唇の感触に、意識が溶解してゆく。
(……!?)
不意に、咽喉を流れる液体の感触でシャーロットは我に返った。
迂闊にも飲み込んでしまった事に気付き、シャーロットはジョンソンの手を跳ね除ける。
「何を飲ませた!?」
ジョンソンは答えない。ただ寂しそうな瞳でシャーロットを見つめる。
「答えろジョンソン!今、私に……」
しかし問い詰めるまでもなかった。
「何……を……、 …………」
それは即効性の眠り薬。シャーロットの意識が急速に遠のいてゆく。
「ジョン…、…ソン…… ……」
まもなくシャーロットは、完全に気を失った。
ジョンソンはゆっくりと起き上がり、力なく横たわるシャーロットの体を抱き起こす。
「……ごめんな」
そう謝罪し、ジョンソンは彼女を腕に抱きながら呟いた。
「お前には、いつかバレると思ってたよ。名探偵シャーロット・ホームズ。だけど、それはもっと先であって欲しかったぜ…」
医者という本業の裏で始めた盗賊稼業。狙うのは貴族や富豪で、多少の金品を盗まれても、身上に何ら影響は無い連中。
有り余ってる所から分けてもらうだけ、そして誰も傷つけない。
そんな信念で続けた窃盗行為に、罪悪感など無かった。盗品はスラム仲間独自のルートで売買され、決して足は付かない。
世論も、鼻持ちならない貴族に一泡吹かせてくれる謎の盗賊を支持している。
そうやって得た金は病気の子を持つ親や貧しい家族、親のいない子供などに分配していた。
皆ジョンソンと同じ貧民階層の住人で、彼らが喜んでくれるのが嬉しくて、英雄気取りでいた。
――― だから。
「…たった一個の宝石に、かけがえのない思いが込められてるなんて…考えてもみなかったよ…」
シャーロットから『鳳凰の血』の話を聞いて、初めて知った。
――― 盗まれたら悲しむ者がいるのだと。
貴族でも、庶民でも、何かを失う辛さは同じなのだ。
『鳳凰の血』を盗んだのは自分ではないが、盗賊という同じ括りの範疇である。
そんな申し訳無さから、彼女を放っておけなくなった。
医者として、同居人として、協力したいと思っていたはずなのに。
ジョンソンは指の隙間にこぼれる金髪を優しく撫ぜる。
「バカだよなぁ…オレは貧乏医者でケチなコソ泥で、不相応もいいとこなのにさ……」
壊さぬように優しく抱きしめ、先刻漏らした本心をもう一度呟く。
「よりによって公爵家のお姫様に、本気で惚れちまうなんてなあ……」
最初から、身分の壁は明白だった。
しょせん高嶺の花、叶わぬ恋。
わかっていたけど、そばにいたかった。
少しでも役に立ちたかった。
望みを叶えてあげたかった。
「――― I love you」
その告白が、眠るシャーロットに届くはずも無かった。
続く




