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回想録  作者: 高橋まやむ
3/12

~緋色の探求~

大騒ぎの引越しからしばらく経ったある日。

明け方近くに帰宅したジョンソンは昼近くになっても起きて来ず、ハドソン夫人は昼食の支度を整えた後に彼の部屋のドアを叩いた。

「ジョンソン先生、もうお昼ですよ」

幾度か呼びかけられ、ようやく目を覚ましたジョンソンだが、寝崩れた姿を女性の前に晒すのは紳士にあるまじき行為。

急いでガウンをまとい、とりあえず鏡を覗いてからドアを開けた。

「おはようジョンソン先生。ごゆっくりのお目覚めね」

「スンマセン。昨夜、往診に時間かかっちまって。食事、いただきます」

「お待ちしてるわ」

夫人はクスクスと笑いながら階下へ下りてゆく。

少々睡眠不足のジョンソンは、一つ欠伸をして背を伸ばし、改めて身繕いを始めた。


一階のダイニングルームに下りると、夫人の手料理が湯気をたてて並んでいる。

思わず舌なめずりしそうになるのを抑えながらテーブルについたジョンソンは、隣の椅子が空いている事に気付いた。

「夫人、あいつ……じゃなくてホームズは?」

「警視庁から使いの方がいらして、出かけて行ったわ。何か事件が起きたのじゃないかしら?」

夫人は淹れたてのお茶を差し出しながら説明する。

「事件の捜査、ですか」

本来なら、そんな世俗に関わるような身分ではなかろうに。

そう思いながら、ジョンソンは朝食を戴いた。


その日からシャーロットは、日に一度、着替えと入浴に戻るだけで一時間と休まずに飛び出して行くようになる。

探偵という職はこんなに激務なのかとジョンソンは驚いたが、あの歳頃の少女には度が過ぎており、医者として放っておけるものではなかった。


3日後、事件は一段落したらしく、シャーロットは重い足取りで帰宅し、半日ほど休息を取る。

ジョンソンは彼女が目覚めた頃を見計らって忠告に出向いた。


「いくら何でも、あんな無茶は医者として見過ごせないぞ。その上、若い娘が夜遅くまでウロウロ出歩きやがって」

「また女性蔑視ですか?私は無茶などした覚えはありません」

シャーロットは愛用の肘掛け椅子に腰掛け、相変らずツンとした態度で応える。

ジョンソンも負けずに言い返した。

「男装してても危険だって言ってんだよ。それに3日も寝食削ってどこが無茶じゃないって? 第一、そうまでするほどの大事件かよ。噂じゃあ宝石泥棒だって話じゃないか、珍しくもない。しかも、店の品がそもそも盗品で、店主が逮捕されたって聞いたぞ」

「窃盗の主犯は、盗んだ宝石と共にまだ逃走中ですから」

「犯人捕まえる前にお前が倒れちまうじゃないか」

「君に何の関係がありますか」

「関係ある!オレは医者で、お前の同居人だからな!」

頑強に主張するジョンソンに、シャーロットは無視を決め込む。

ジョンソンはそんな彼女をしばし睨みつけていたが、やがて息をつき、再度口を開いた。

「――オレの幼馴染も、ガキの頃から寝食を削って働いてた。朝から晩まで身を粉にして家にもほとんど帰らずに」

「?」

低く重い口調に変わった彼に、シャーロットは訝しむような視線を向けた。

ジョンソンは更に続ける。

「ずっと貧乏で苦労してたから、金かせぐ為に必死だったんだ。そうやって無理に無理を重ねた結果、ある日突然倒れて死んじまったよ。オレが医者になるずっと前にな」

「…!」

辛そうに唇を噛むジョンソンに、シャーロットは言葉を失った。

冷たい空気が机を挟んで向かい合う二人の間を流れる。

「オレは身近な人間を病気になんか二度と―――絶対にさせない。医者として断言するが、あんな無茶な真似を続けてたらお前は確実に体を壊す。そうなってからじゃ遅いんだ!」

なかば宣言するジョンソンは真剣で、本気だった。

この時代、些細な怪我や病気でも死亡率は高く、正当な意見であろう。

頑固に拒絶していたシャーロットにも、彼の心底からの思いが伝わった。

だが―――

「……それでも、私はやめるわけにはゆかない」

シャーロットは言い切り、詰め寄ろうとするジョンソンに、懐から年代物の懐中時計を取り出し、蓋を開けて見せる。

蓋の裏側には一枚の写真が納められていた。

映っているのは知的で温厚そうな紳士と、優美な淑女。そしてもう一人、人形を抱いた愛らしい少女。

「……これって」

聞くまでもなく、数年前のシャーロットであろう。

長い金髪をリボンで飾り、人形と揃いの可憐なドレスをまとった幼い姿で、現在とはだいぶ印象が違うが、面影は明確に存在している。

「…5年前の私と両親だ」

それも察しはついていた。母親らしき婦人は、今のシャーロットとよく似ていたから。

気品と優しさの中にも誇り高さを秘めた婦人は一目で上質とわかる品の良いドレスを着用し、その胸元では華麗な首飾りがいっそう美しさを引き立てている。

「母が付けている首飾りの中央には、赤い宝石が嵌め込まれているだろう。それはピジョン・ブラッドにも勝る深い緋色から『鳳凰の血』と異名を持つ貴重な宝石で、この世に二つと無い。我がストラスフォード公爵家に代々伝わる家宝だ」

(小公女サマかよ)

予想はしていたが、シャーロットは正真正銘、本物の『レディ』だった。血筋によっては王家とも縁があるかも知れない。

ならば漂う高貴さや身についた貴族的な態度・仕草も、さもあらんとジョンソンは納得する。

「私はその首飾りを探している。…解体されているかも知れないから、正確には『鳳凰の血』を」

「家宝を手放したのか? …破産か?それとも盗まれたのか?」

問い返すジョンソンに、シャーロットは一瞬口をつぐむ。

そして言った。

「盗まれた。……5年前、両親を殺害した盗賊に」

氷のような沈黙が部屋を包んだ。

止まった時間を動かすように、シャーロットは話を続ける。

「私が…久しぶりに両親と休暇を過ごして、修道院の寄宿舎へ戻った直後だ。屋敷に押し入った賊が首飾りを盗み、家族全員を……殺害した……」

唇を噛み締めるシャーロットの表情は、悲しみというより怒りを感じさせた。

「執事も、乳母も、使用人も、………母の胎内にいた、私の弟か妹も…」

内蓋に秘められた写真は、おそらく最後に撮影された家族の集合写真。

握り締める手が震えているように見えるのは気のせいではないだろう。

「……だから私は探偵になった。この手で両親の仇を捕らえ、奪われた家宝『鳳凰の血』を取り戻す為に!…それを果たす為なら、どのような苦労もいとわない…!!」

常に毅然としたポーカーフェイスだったシャーロットが、初めて感情をあらわにしている。

ジョンソンは納得した。

深窓の公爵令嬢では、失ったものを取り返す事はできない。

しかし探偵として俗社会に身を置き、事件に携わっていればいつか目指すものに当たる事もあるだろう。

憎い仇、そして幸福と嘆きの象徴である『鳳凰の血』の宝石に――― 。


(……痛々しいな)

そう思ったが、ジョンソンは口にはしなかった。

シャーロットは懇意の警視に頼んで宝石に関わる事件の捜査には必ず加えてもらっているが、いまだ『鳳凰の血』は発見されない。

今回盗まれた宝石も年代の新しい物と判明し、彼女の目的とは違っていた。

今までも何度となく期待を掛けては空振りしているが、決して諦める気は無いと言うシャーロットの横顔を見つめ、ジョンソンは決意した。

「――― じゃあ、オレが主治医になってやるよ」

「…え?」

不意の言葉に、シャーロットは目を丸くする。

「お前が無茶しても倒れないように健康管理してやる」

「どういうつもりだ?」

戸惑いながら問うシャーロットに、ジョンソンはいとも自然な口調で笑いかけた。

「お前が自分の意志を通すように、オレも医師の責任を果たす。どっちも引く気は無いから、折衷案ってわけだ」

「…………」

「さて、そろそろアフタヌーンティーの時間だな」

唖然としているシャーロットをよそに、ジョンソンはさっさと話題を切り上げてしまう。

「行こう、シャーロット」

ジョンソンはドアを開けたが部屋を出ず、その場に立ってシャーロットを待っている。

それは紳士の基本、レディファーストの仕草。

しばし目をまたたいていたシャーロットだが、次第に微笑が浮かんだ。

甘い慰めも、安っぽい同情も見せなかったジョンソン。その心遣いを嬉しく思う。


以来、シャーロットが事件で外出する際には、ジョンソンも随行するようになったのである。

共に、『鳳凰の血』の宝石を探し出す為に―――



続く

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