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届かなかった名前を、今、呼ぶ  作者: 朧月 華


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第54話 逆襲の光:美奈の戦略

カフェの窓際に座ると、午後の光がグラスの縁を滑って、ゆらゆらと揺れた。

 それがまるで、私の心の底に残っていた氷をとかしていくみたいで、少しだけ息がしやすかった。


 ――あの日、図書館で悠斗くんと過ごした静かな時間。

 あの沈黙の優しさが、私の中の何かをやわらかく支えてくれた。

 けれど今日は、違う種類の温度が欲しかった。


 動き出すための、熱。

 逃げる影ではなく、挑む光の中に立つための――。


 「……で、結局、その後どうしたの?」


 美奈ちゃんは、ミルクティーをかき混ぜながら、鋭くも楽しげな視線を私に向けた。

 彼女のネイルは淡いピンクで、陽光を受けてきらきら光っている。

 どこか戦場に出る前の司令官のような目だ。


 私は、少し迷ってから、正直に口を開いた。


 「……翔くんに、拒絶された。

  “今は、やめてくれ”って。みんなの前で。」


 カップの縁を指でなぞりながら、その言葉を吐き出す。

 まだ胸の奥が痛む。

 でも、もう泣きたくはなかった。



 美奈ちゃんは少しも驚かなかった。

 ただ、口元に冷たい笑みを浮かべて言った。


 「……そう。じゃあ、あの人、完全に“支配者モード”ね。」


 「支配者……?」


 「うん。翔ってさ、自分がエースであることに慣れすぎてる。

  誰かに“想われる”のは好きだけど、“乱される”のは嫌いなの。」


 その一言が、私の中の記憶を突き刺した。

 あの日のグラウンド、光の中で笑っていた彼。

 あの背中を見上げながら、私がどれほど息を潜めていたか。


 ――そうだ、私はずっと、彼の世界を“壊さない”ように存在してきた。



 「でもね、遥。」

 美奈ちゃんは、ストローを抜いて、まっすぐに私を見た。

 その瞳は、まるで鏡みたいに、私の決意の強さを試すようだった。


 「彼にもう一度あなたを意識させたいなら、“影”で泣いてても無駄。

  光の中で笑って、“彼のコントロールの外側”で輝くこと。

  それが、一番効くのよ。」


 私は、息を呑んだ。


 「……光の中で、輝く?」


 「そう。“私的な影で満たされるだけでなく、公の光でも彼を刺激する”。

  翔はね、周囲の目があるほど、支配欲が疼くタイプ。

  だったら、見せつけてやればいいじゃない。

  “お前が拒んだ女は、今こんなに堂々と輝いてる”って。」



 その言葉が、胸の奥に火をつけた。

 図書館の静寂とはまったく違う、鋭く燃えるような感覚。


 「……どうすればいいの?」


 「学園祭。もうすぐでしょ?」

 美奈ちゃんは手帳を開きながら、さらりと言った。

 「実行委員、まだ人手足りないって聞いた。

  それに、新しいサークルも作れる時期だし。

  あなた、そういう場に立つべきよ。目立って。笑って。

  “春日遥”って名前を、あの人の視界から消させないように。」


 その提案は、私にとってあまりにも大胆だった。

 でも――胸のどこかが、確かに震えた。



 「……そんなことして、もしまた恥をかいたら?」


 私が呟くと、美奈ちゃんはすぐに笑った。

 その笑いは、挑発的で、少しだけ優しかった。


 「恥って何? 失敗も全部、物語にしちゃえばいいの。

  “彼のために壊れた女”から、“自分のために立ち上がる女”へ。

  その過程を見せてあげなさい。

  翔は、そういう“変化”に弱いから。」


 ――変化。


 その言葉が、心に深く残った。



 美奈ちゃんは、バッグから小さなポーチを取り出した。

 中には、いくつものリップ、アイシャドウ、アクセサリー。


 「あなたの顔、もったいないのよ。」


 そう言いながら、彼女は私の頬を軽く指で触れた。

 「控えめな美しさ」は、彼女にとって「眠ってる武器」に過ぎない。


 「これからは、“隠さない美しさ”を選んで。

  戦うための顔を、つくろう。」


 私は、鏡越しに映る自分の姿を見た。

 今までよりも少し強く、少しだけ挑むような眼差し。


 ……悪くない、と思った。



 カフェを出る頃には、風が少し冷たくなっていた。

 でもその冷たささえも、私の背中を押すように感じた。


 ふと、スマホの画面に映る自分の影を見る。

 悠斗くんの「影の避難場所」は、たしかに私を救ってくれた。

 けれど今、私はその影から歩き出そうとしている。


 ――安寧は、もういい。

  私は、彼の支配を揺るがす挑戦がしたい。



 美奈ちゃんの声が、耳の奥に残っている。


 > 「彼の光の中で、あなた自身の光をぶつけなさい。」


 それは、宣戦布告だった。

 同時に、私への再生の宣言でもあった。


 私は、もう一度だけ心の中でつぶやいた。


 > 「私の光は、彼の許可なく、公の場でも輝く。」


 そして――

 美奈ちゃんの声は、私の心に新たな戦闘のチャイムを鳴らした。

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