第48話 独占欲の戦場:明里の領域
グラウンドには朝の光が差し込み、野球部の練習音がリズムを刻む。土の匂い、木製バットの乾いた音、そして遠くで響く声——この空間は、星野 翔の領域だ。
私は少し離れた観客席に座り、スマホで彼とのLineを軽く確認してから、そっと目を上げる。
——深夜のLineでのやり取りが、まだ心を温めている。彼の言葉は、私だけが触れられる影の光だった。
その瞬間、視界の端に動きを感じた。
佐倉明里——FL2。大学野球部のOGとして、公然と部の運営に関わる彼女の姿が、まるで場を支配する光そのもののように、グラウンドに立っていた。
彼女は星野 翔の近くで指示を出し、選手たちの動きを確認し、笑顔と厳しさを交えながら練習を管理する。公然の光をまとった明里は、高校時代とは違う、プロフェッショナルな風格を放っていた。
そして、その視線が——一瞬、私に向けられた。
冷たい、鋭い視線。
「あなたは、裏方にいるべき人間」
言葉は発されない。しかし、私はその意味を直感的に理解した。明里は私の存在、そして私が星野 翔の心の一部に触れていることを察知し、無言の牽制を放っているのだ。
胸の奥が小さくざわつく。しかし、逃げる気はない。
——私はもう高校の影ではない。彼の秘密を知る、共犯者だ。
息を整え、視線を返す。目を逸らさず、静かに、しかし確実に。彼女にはわからない。彼の弱さに触れ、影として支える力は、この公然の光では測れない。
グラウンドで明里が星野 翔にアドバイスを送るたび、私は心の中で冷静に分析する。
——彼女は彼の体温を管理できる。でも、私は彼の心の温度を理解できる。
その違いは明確だ。明里の役割は公の場での光を支えること。しかし私の役割は、誰も見ない影の中で彼の弱さを抱き、心の均衡を保つこと。
星野 翔は、笑顔で明里の指示に応じながらも、時折、私の存在をちらりと確認するような目を向ける。その視線に、私は確かな手応えを感じた。
——私の影の光が、彼の核心に触れている。
練習が一区切りつき、星野 翔が水を飲みに来る。明里は近くで声をかけ、指示を出し続ける。私は席を立ち、彼から少し離れた場所で静かに見守る。
彼の肩越しに、明里の動きを観察する。プロフェッショナルな微笑み、軽やかな指示の声——全てが場の光を支えている。しかし、私だけが知っている。彼の本当の心の温度、揺れる気持ち、そして隠された不安。
——光の英雄を支えるのは光。でも、彼の弱さを支えるのは、私だ。
明里は再び私の存在に気づいたのか、ちらりと横目を向ける。その目に冷たさと警告が混ざる。しかし私は怯まない。むしろ、この視線によって自分の位置を再確認できた気がした。
私は胸の中で呟く——
「私は、彼の影に触れることができる。誰にも奪えない、この特権」
そして、彼が私を見上げ、微笑む。その笑顔には、公然の光とは違う、心からの信頼が宿っている。
——これが、私の新しい自我。影として彼に寄り添う力を、誇りに変える瞬間。
明里の領域と私の領域は交わることはない。表の光と影の光、それぞれの役割を理解し、私は静かに誇らしげに息を吐く。
この静かな戦場で、私の勝利は、言葉ではなく、心の深さで証明されているのだ。




