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届かなかった名前を、今、呼ぶ  作者: 朧月 華


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第45話 独占欲の境界線:冷たい画面の向こう側

図書館の隅に座り、私は教科書を開いているふりをしていた。机の上にはノートとペンが散らばり、静寂に包まれた空間。だけど、私の注意は教科書にはまったく向いていない。


 スマホを手に取り、画面を開く。昨日交換した翔のLineの画面。画面上の短い文字列はシンプルだ——


 「今日はありがとう、また話そう」


 それだけなのに、胸の奥が小刻みに震える。何度もスクロールし、送り主の名前を目で追い、指先で画面を撫でる。幸せの余韻に浸りながらも、どこか罪悪感がくすぶる。悠斗のことを思い出す——彼は私の幸福の影に常にいた。


 そのとき、視界の隅に違和感を感じる。


 ——悠斗。


 冷静に顔を上げると、彼は私の隣の机に座っていた。目が合う。彼の瞳には、いつもの優しさに混じる、鋭く冷たい光がある。私がスマホを握る指先、画面の淡い光が顔に映る。悠斗はそれを見逃さない。


 「……何してるの?」


 声には含みがある。名前を出さず、しかし私の胸の奥を見透かすような鋭さ。私は一瞬、手を止める。スマホの画面の向こう側で、私の幸福が見られている——悠斗の視線に侵入されるような感覚。


 「えっと……勉強、してるだけ」


 つい、言い訳が口をつく。でも、悠斗の目は言葉を待っていない。視線だけで、私の嘘と裏切りをすべて指摘している。昨日のLine交換、翔への心の傾き——それが、悠斗には全て見えているのだ。


 「君の幸福は、いつも誰かの痛みを踏み台にするのか」


 静かな声だ。だけど、図書館の空気の中で、その冷たさは骨まで届く。悠斗は私のスマホの光をじっと見つめ、そこにある秘密と私の心の動揺を完全に把握している。


 ——この瞬間、Lineという現代的な道具が、私たちの間に新しい境界線を作った。


 画面の光と悠斗の視線。二つの光は交わらない。悠斗の光は冷たく、重く、私の内面に直接圧をかける。スマホの光は柔らかく、私だけが触れることのできる幸福の象徴。


 私は息を飲み、指先を画面から離さない。心の奥では微かな抵抗が湧く——「この画面の中だけは、私のものだ」と。悠斗の視線から逃れられないけれど、この小さな光の中で、私はまだ自由なのだと。


 「……もう、無理じゃない」


 心の中で呟く。これは私の呪文。悠斗の独占欲に、そして私自身の罪悪感に対する静かな抵抗。三ヶ月間の努力で作り上げた新しい私、そして翔との小さな絆——それを守るための呪文。


 悠斗は何も言わず、じっと私を見つめている。言葉ではなく、視線で、私の心のすべてを押し測る。その視線の重さに、罪悪感はさらに増す。しかし、それと同時に、私は自分の幸福に責任を持つことの意味を理解する。


 ——私は悠斗くんの視線から逃れられない。でも、この画面の光だけは、私のものだ。


 指先でスクロールし、昨日のメッセージをもう一度読む。短い一行が、胸の奥で大きな火を灯す。悠斗の冷たく鋭い視線を背に受けながら、私は微かに笑みを浮かべる。


 「この画面の光だけは、守る」


 私の心の中で、新しい決意が生まれる。悠斗の独占欲に押されながらも、私は自分の幸福と未来のために立ち上がる。スマホの画面の小さな光は、悠斗の眼差しを跳ね返す盾となる。


 図書館の静寂は、私と悠斗の間に緊張の膜を作ったまま、変わらずに続いている。だけど、私はもう震えていない。心の中の呪文を、何度も繰り返す——


 ——もう、無理じゃない。


 冷たいガラスの画面が、私と悠斗くんの間に境界線を作った。それは新しい時代の三角関係の始まりでもある。過去の罪悪感も、悠斗の独占欲も、この小さな光の中では届かない。私は、自分の幸福を、この画面と共に守る。


 スマホの淡い光が、図書館の静けさの中で確かに揺れる。悠斗の視線は冷たいまま、しかし私はその光に背を向けず、胸を張る。


 ——この瞬間、私の世界は少しだけ、自由になった。

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