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届かなかった名前を、今、呼ぶ  作者: 朧月 華


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第44話 意図された偶然:Lineの小さな振動

合同交流会が終わった数時間後、私は自室のベッドの上でごろりと横になっていた。肩の力を抜いて目を閉じると、昼間の光景が浮かんでくる。


 ——翔が、私を見つめ、足を止め、笑ったこと。

 ——私の変化に、心から驚きと好意を示したこと。

 ——そして、明里や周囲のざわめきよりも、私だけを選んだその視線。


 胸の奥で、喜びが小さく、しかし確かに波紋のように広がる。その余韻に身を委ねていると、思わず手がスマホに伸びる。画面は暗く、通知はない。けれど、胸の鼓動は早い。


 あの瞬間、翔が交流会の解散時にためらいながら私に尋ねた言葉が、頭の中で繰り返される。


 「……よかったら、Line、教えてもらえる?」


 その一言に、私は一瞬躊躇した。内向的な恐怖が胸を締め付ける——でも、過去の影に怯える自分ではない。三ヶ月間の努力と、自分の変化の確信が、冷静さをもたらす。


 「……はい」

 私はスマホを手渡し、連絡先を交換した。


 それだけの出来事なのに、胸の奥で火花が散るような感覚があった。公然と、彼とつながる“鍵”を握った瞬間——それが、これまでの孤独な努力をすべて肯定してくれた気がした。


 ベッドに横たわり、天井を見上げながら、私は心の中で反芻する。


 ——翔の光が、私の世界への入り口に触れた。

 ——彼は、私の連絡先という『鍵』を、私の世界に差し込したのだ。


 スマホを何度も手に取り、画面をチェックする。未読の通知はない。心臓が早鐘を打つ。私は瞬間ごとに、翔が送るかもしれない第一条メッセージを想像する。


 「どんな言葉がくるだろう……」

 「『今日は楽しかった、また話そう』かな……」

 「でも、もっと直接的かもしれない」


 思考は無限にループし、時間の感覚が歪む。心の中で、期待と焦燥、緊張が渦巻く。ベッドの上で体を起こし、枕に顔を埋め、再びスマホを手に取る。画面は相変わらず暗い。


 ——この瞬間、スマホの振動は、世界で一番小さな爆弾だった。


 夜が更け、時計の針がゆっくりと進む。心の中で、私は無数のシナリオを描きながら、微かに震える手でスマホを握る。翔が送るメッセージ、それは単なる一行かもしれない。でも、私の世界を一変させるかもしれない。


 やがて、深夜。ベッドの上でうとうとしていた私は、突然、スマホの小さな振動を感じた。


 ——通知音ではなく、ほんの一瞬の微かな震え。


 指先が反応し、画面を点灯させると、そこにあったのは翔からのメッセージだった。


 「今日はありがとう。 また話そう」


 文字は簡潔で、余白の中に確かな温度を持っている。私は一瞬息を飲む。画面を何度も指でなぞり、文字を目で追い、そして心の中で繰り返す。


 ——彼は、私に向かってこの一行を書いたのだ。

 ——これが、私の世界への扉を完全に開く一歩になるのだ。


 興奮が体を駆け抜け、手が小さく震える。ベッドの上で軽く跳ねるように座り直し、画面を握りしめる。文字通り、この小さな振動が、私の世界の重力を変えた瞬間だった。


 同時に、心の奥底に微かな罪悪感がよぎる。悠斗の優しさ、彼が残してくれた安定と愛——その犠牲の上で、私は翔との新たな一歩を踏み出す。しかし、その罪悪感もまた、今の高揚感によって柔らかく包まれる。


 ——もう、無理じゃない。


 心の中で呟くその言葉が、現実のものとなった。翔の一行のメッセージが、私の新しい呪文に力を与えた瞬間。過去の影は遠く、未来は光で満ちている。


 夜の静寂の中、私は何度もスマホを手に取り、再びメッセージを読み返す。文字通りの一行に、無限の可能性を感じる。ベッドの上で体を丸めながら、私は小さく笑う。


 ——一日の終わりは、彼からのLineを待つという、新しい儀式に変わったのだ。


 窓の外には、静かな夜風が吹き、街灯がゆらめく。私の心の奥では、未来への扉が静かに、しかし確実に開かれている。翔という遠い光が、今、私の世界に触れた。


 ——もう、無理じゃない。この言葉は、現実になった。

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