第41話 変わった私、変わらない優しさ
大学のキャンパスは、春の陽光に満ちていた。桜の花びらが軽く舞い、歩道を淡く彩る。美奈とのトレーニングを重ね、私は少しずつ外向的な自分を体に馴染ませていた。鏡の前で練習した笑顔は、まだわずかに硬いが、確実に人に伝わる光を帯びている。
そんな午後、駅前の歩道で偶然、悠斗と再会した。
——悠斗くん。
その瞬間、私の胸がわずかに跳ねた。高校の頃と同じ空気が流れているようで、同時に全く違う時間が経過したことを感じさせた。
「……遥?」
悠斗の声が低く、驚き混じりに響いた。私は振り返り、彼の視線を受け止める。
——その視線が、私を見つめる目が、まるで初めて私を理解したかのようで、しかし同時に何かを責めるような色を帯びている。
私はゆっくりと微笑む。今日は演技ではなく、これが今の私自身の微笑みだと自覚していた。服装も髪型も、化粧も、鏡の中で確認した自信を纏っている。
「……すごいな、遥……変わったね」
悠斗は、言葉を探すように口を開く。しかしその声の裏には、微妙な嫉妬と独占欲が含まれていた。私はその微細な感情の揺れを、まるで空気の振動で感じ取った。
——彼の驚きが、私の三ヶ月の努力を証明した。
「ありがとう……悠斗くん」
私は静かに答える。微笑みは絶やさない。しかし心の奥では、悠斗の視線がいつも通りの優しさを装っていることに、微かな緊張が走った。
——悠斗くんの優しさは、いつの間にか私を縛る鎖になった。
彼は、私が変わったことを喜んでいるように見せつつ、その変化の理由に無言で問いかけている。Kakeruの存在、そして私の努力——全てが彼の心に小さな棘を残しているのだと、私は感じた。
「君は……僕のためには変わってくれなかった」
その言葉は口にされずとも、彼の目が語っていた。私は読み取る。悠斗の視線に、少しの痛みと、少しの苛立ちと、そして変わらない優しさ——それが混じり合った感情が、私を静かに責めていた。
私は深く息を吸う。胸の奥が締め付けられるような感覚。罪悪感が、再び心に忍び込む。
——私は変わった。でも、彼の愛は、私を過去の春日遥に引き戻そうとする。
「もう、無理じゃない」
心の中で呟く。これは単なる口癖ではなく、私の決意の呪文だ。悠斗の独占欲に静かに抵抗するための、冷静で鋭い宣言。
私は、彼にとっての「私のままの遥」ではない自分を見せる覚悟を決めた。だからといって、悠斗の優しさを拒絶するわけではない。彼の優しさは、私にとっての安堵であり、しかし同時に自由への枷でもある。
「でも……、悠斗くん、私、変わったんだよ」
小さな声で言う。彼は一瞬だけ目を細め、何かを悟ったように黙る。言葉は出さない。出せない。私の変化の理由を完全に言語化できる人は、まだ誰もいない。
歩道を歩きながら、私は鏡に映る自分の姿を思い出す。笑顔は自然に見えるが、内側には揺れる感情がある。悠斗への罪悪感、新しい自分への期待、過去との決別——全てが重なっている。
悠斗は、私が歩く後ろを少し距離を置きながらついてくる。その無言の支えは、過去の優しさそのまま。しかし、今の私には、その優しさが安全地帯であると同時に、自由を試す壁でもあることを理解していた。
——私は、自分の光を持った。でも、悠斗くんの愛は、まだ私の歩幅を制御しようとしている。
「……変わったな、本当に」
悠斗は小さく笑う。褒めているのか、それとも自分の嫉妬に抗うための言葉なのか、判断できない。だが、その無言の圧力に、私は微かに息を詰める。
——この優しさに甘えてはいけない。私は、自分の道を歩く。
「うん……でも、私はもう、無理じゃない」
私は強く言い切る。心の奥底から絞り出した声は、悠斗に届くかどうかは分からない。ただ、私自身のための宣言だ。
歩き続ける間、陽光が私の髪を照らし、遠くのビルに反射する光が私の目に映る。三ヶ月の努力、変わった自分、そして悠斗の不変の優しさ——全てが、私の胸の中で交錯する。
——変わった私。変わらない優しさ。
私は深く息を吸い込み、視線を前に向けた。悠斗の目が、もう追わなくてもいい自由を私に与える。その自由を手に、私は新しい光の方向へ歩き出す。
胸の奥の呪文が、再び私を支える。
——もう、無理じゃない。
それは、過去の影から解放され、未来への一歩を踏み出すための呪文。悠斗の無言の視線が、私の背中を押す。そして私は、変わった自分として、この大学で生きていく決意を胸に刻んだ。




