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届かなかった名前を、今、呼ぶ  作者: 朧月 華


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第40話 遠い光の報道:目標の再設定

大学のカフェテリアで、美奈と二人、鏡を前に座っていた。

 化粧品を手に取り、アイラインを引く。唇の色を微調整する。美奈が傍らで優しくアドバイスをくれる。


 ——これまでは、光を作ること自体が目的だった。

 しかし今、演技の疲労は前ほどではなくなった。鏡に映る自分を見て、少しずつ自信を持てるようになっていた。けれど、心の奥にはまだ、長期的で確固たるモチベーションは存在していなかった。


 「……あ、テレビがニュースやってるよ」

 美奈の声で視線を上げると、カフェテリアの隅にある小型テレビが映像を流していた。


 ——それは、予期せぬ瞬間だった。


 画面に映るのは、大学野球のユニフォームを着た星野翔。高校の時の輝きはまだ残っているが、その眼差しはより鋭く、プレーはプロフェッショナルそのもの。彼の投球フォーム、グラウンドでの立ち居振る舞い——全てが、私の心を直撃した。


 ——テレビの中の彼は、高校のグラウンドの光よりも、さらに遠い場所にいた。


 私の心臓は一瞬止まったように重くなる。あの日、渡せなかった手紙、言えなかった想い、避け続けた感情——全てが一気に押し寄せる。しかし今回は、痛みではない。


 ——これは嫉妬じゃない。


 私は、ただ圧倒され、そして敬意を感じていた。彼が自分の世界で前進している。その光は、私を灼く炎ではなく、私を導く道標になった。


 美奈は、私の手元を見ながら、静かに微笑む。何も尋ねず、ただ見守ってくれるだけ。それが私にとって、最も安心できる環境だった。


 私は自然と手元のアイラインを置き、唇の色を直す手を止める。視線はテレビに釘付けだ。彼の動きのひとつひとつが、まるで私の胸に語りかけるように響く。


 ——私は、彼に再会しても、もう影の自分を演じたくない。


 過去の三年間を演じてきた「影」は、もう必要ない。悠斗くんの無償の優しさ、美奈ちゃんの理解、そして、目の前に現れるこの遠い光——全てが、私に「次の目標」を示してくれる。


 「遥、見て。翔くん、大学でもすごく活躍してるよ」

 美奈の声に、私は小さく頷くだけ。言葉は出ない。言葉は不要だった。


 ——目標は、単なる追憶ではない。


 私は決意を新たにした。これからの自分は、彼に近づくためでも、再会のためでもない。

 ——再会しても恥ずかしくない自分になること。

 そのために、外見も、会話も、行動も、全てを鍛え、整える。高校時代の影の私を完全に卒業するための努力だ。


 テレビに映るKakeruの投球フォームと、私の手にあるアイシャドウやファッション雑誌のページを見比べる。光は遠い。しかし、その光は私にエネルギーを与え、前進させる。


 「もう、無理じゃない」

 心の中で呟く。かつての弱々しい呟きは、今や鋭く力強い宣言になった。美奈ちゃんの励ましと優しさが、この呪文を強くする。


 ——私は、彼を愛した影の自分を卒業した。

 でも、その光は、私の未来を照らす道標となる。


 カフェテリアの窓から差し込む午後の光が、私の頬を温かく照らす。手元の化粧品に触れる指先が、微かに震える。しかし、それは不安ではなく、昂ぶりだ。


 「よし、次は実践だね」美奈は笑う。

 「はい……頑張ります」私は鏡を見つめ、目を細める。鏡の中の私は、まだ演技をしている。でも、もうそれは偽りだけではない。未来への光を掴むための準備だ。


 ——美奈ちゃんの優しさに甘えて、私は彼の光を追いかける。


 テレビの中のKakeruは、遠くで輝く。

 そして、私は今、初めて、自分の光を手に入れるために立ち上がったのだ。


 胸の奥に小さな炎が灯る。高校の過去を断ち切り、大学の新しい日々へ進む。光は遠いけれど、確かに私の背中を押している。


 ——もう、無理じゃない。


 カフェテリアのざわめきの中、私は小さく笑った。初めて、心の奥から湧き上がる笑みだった。未来はまだ見えない。しかし、この遠い光が、私を迷わず前に進ませる。

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