第39話 偽りの光を理解する人:美奈の登場
サークル棟の廊下の片隅に、私は静かに座り込んでいた。
手にはまだ、今日交わした会話の残響が残っている。笑顔を作り、相手の目を見て話す——
それは確かに、私の新しい光を演出する行為だった。しかし、胸の奥の疲労は予想以上に重く、足の裏から頭の先まで、まるで鉛を抱えているかのようだった。
——このままでは、倒れてしまう。
誰もいない隅で深呼吸を繰り返していると、突然、軽い足音が廊下に響く。
「疲れてるね、その笑顔、無理してるでしょ?」
振り向くと、明るい茶色の髪を肩に流した少女が立っていた。大学のサークル棟で初めて見る顔だ。彼女の目は、私の表情の裏側をまっすぐに射抜いていた。
——見抜かれた。
「え……?」私は声が詰まる。演技の鎧を一瞬で剥がされたような感覚。
「ちょっと休みなよ」と、彼女はにっこり笑った。その笑顔は威圧的でもなく、嘲りでもない。自然で、温かい。
私は、自分の胸の奥の緊張がすっと解けていくのを感じた。
——偽りの光が、初めて誰かに理解された。
「私、美奈。新入生歓迎サークルの手伝いをしてるんだけど……あなた、結構疲れてるでしょ?」
声は明るいが、鋭く私の心に触れる。無理に明るく振る舞う私の行動を、彼女は一目で見抜いた。
「え……あ、はい……ちょっと、そうかも……」
言葉が震える。なぜなら、誰も私の“演技”の内側に触れたことがなかった。悠斗くんは優しいけれど、無条件に受け止めるだけで、演技を理解してくれたわけではない。
「そうだと思った。無理してるの、私にもわかるもん」と、美奈は笑う。
その瞬間、胸の奥に冷たい光が差し込む。孤独だった戦い——自分の光を作り上げるための孤独——が、誰かに理解される喜びに変わる。
「私、知ってるよ。自分を変えたいって思ってるんでしょ?人に好かれたい、光を持ちたい。でも、本当はもっと内向的で、目立ちたくないって自分もいる……」
彼女の言葉は、私の心の奥の非常ベルを止めた。
「そ、そう……かも……」
声が小さくなる。目を伏せると、頬が熱くなるのを感じた。しかし、恥ずかしいというよりも、安堵に近い。
「わかるよ、その気持ち。私も似たようなものだったから。でもね、無理に光を作ろうとしても、無理じゃない形で光は出せるんだよ」
美奈は立ち上がり、軽く手を差し出した。
「私、手伝う。あなたの演技の光を、本物の光に変える方法、いくつか知ってるから」
——手を差し伸べてくれる。
私は一瞬、手が震えるのを感じた。これまで、自分の光を作るために孤独な戦いを続けてきた。誰かと共有することなど考えもしなかった。
でも、彼女は否定しない。私の影を見て、受け止め、光に変えようと提案してくれる。
「ファッション、メイク、会話のコツ……少しずつでいい。私と一緒にやってみよう」
その言葉に、胸の奥に熱いものが広がる。演技ではなく、信頼。孤独ではなく、盟友。
——美奈ちゃんは、私の影を見て、私を否定しなかった。
私の目に涙が浮かぶ。静かに、音もなく。
「ありがとう……」とだけ呟く。声は震えているが、演技ではない。
「うん、いいんだよ。無理してるんじゃないって知ってるから、安心して」
美奈はにっこり微笑み、軽く肩を叩く。
私は深呼吸をひとつして、心の奥に溜まっていた疲れと孤独を吐き出す。
——この孤独な戦いを、もう一人で続けなくていいのかもしれない。
廊下の窓から差し込む光が、私たち二人を淡く包む。
その光の中で、私は小さく笑った。演技の鎧をまだ着ているけれど、もう怖くはない。
——偽りの光が、初めて理解された。その瞬間、光はほんの少しだけ、本物に近づいたのだ。
「ねぇ、明日から一緒に練習してみない?」美奈が楽しそうに言う。
「……うん、よろしくお願いします」
私は心の中で強く頷く。これが、私の新しいスタート。孤独ではない、盟友と共に進む光の第一歩。
サークル棟の廊下で、私の心に温かな感覚が広がる。
——この光を失わないために、私はもう一度、強く生きよう。




