2.変わらないはずの通学路
高校へ向かう茜。
いつも正門を掃除してくれている高齢のお爺さんが、ほうきを止めて挨拶をしてくれた。
「おはようございます」
「おはようございます」
その声はいつも通り、どこか温かい。通学路にも同じ制服を着た高校生たちがいつものように歩いていて、笑い声さえ聞こえた。
(あれ……やっぱり全部、夢だったのかな)
そう思いながら茜は教室のドアを開けた。
しかし、教室の空気はざわついていた。みんなが一斉に話している。
「お母さんがおかしくなった」
「うちのお父さん、仕事行かないでずっと泣いてる」
異常現象の話題で持ちきりだった。
茜が自分の席に座ると、友達の芽衣がすぐに話しかけてきた。
「茜の家はどんな感じ?」
「え、お母さんがソファで子供みたいに泣いてて、お父さんはずっと寝てた。逆に大輝が一番冷静だったかも」
「やっぱり……うちも同じ。お母さんもお父さんも、まるで子供みたいだった。中学生の妹はいつも通りだけど。周りの友達の家も、みんな親が変になってる」
話しているうちに、チャイムが鳴った。
みんながザワザワしながら席につく。しかし、いつも遅刻なんて絶対にしない担任の酒井先生が現れない。
数分後、校内放送が鳴った。
『みなさん、おはようございます。長谷川です。すでにニュースでも知っていると思いますが、大人が子供のようになる謎の現象が全国で起きています。国からの指令で、小中高のみなさんは一旦学校で待機することになりました。これから体育館に集まってください』
「酒井先生も……そうなんかな」
誰かが小さくつぶやく。
生徒たちは不安そうに顔を見合わせながら、体育館へ向かった。
体育館のステージ上には、放送をしていた体育の新任教師・長谷川が立っていた。
「みなさん、前から一年・二年・三年、左から一組という感じで出席番号順二列で並んでください。パニックになってる人も多いと思いますが、落ち着いて」
体育館はザワザワとした空気に包まれていたが、みんな指示に従い列を作っていく。
「校長先生を含め、たくさんの先生方と今は連絡が取れない状況です。国家を挙げて原因を調べているようですが、その専門家の方々も人手が足りないらしく、解明には時間がかかる見込みです。怖いと思いますが、しばらくはここで新しい情報を待ちましょう」
体育館の中はざわめきが止まらなかった。
不安や混乱、そしてどこか他人事のような笑い声が混ざっている。
「マジでウケるんだけど、親が子供になんの?」
「うちの母親、朝からアイス食ってたんだけど」
笑いながら話す人もいれば、涙目でスマホを握りしめる女子もいた。
クラスごとに並んでいるはずなのに、すでに秩序は崩れはじめていた。
そのとき、列の中から一人の男子生徒が手を挙げた。
「じゃあ、先生……」と少し声を震わせながら言う。
「大人が子供になるっていう現象なら……長谷川先生とか、大人なのに普段通りの人も少しいるのはどうしてなんですか? 我慢してるとか、そういうことなんですか?」
ざわ…と周囲の空気が揺れる。
みんなが一斉に長谷川の方を見た。
長谷川はマイクを握りしめたまま、数秒黙り込んだ。
「……それは、僕にもわかりません」
少し間を置いて、静かに言葉を落とす。
「でも、僕自身は今のところ何も変わっていません。いつも通りです。ただ、この現象には一定の傾向や条件があるのかもしれません。僕たちも情報を整理しているところです」
その言葉に、生徒たちはさらに不安そうに顔を見合わせる。
「傾向って……」「条件って何……?」と、小さな声があちこちから漏れた。




